第26話 幕間二 秀吉
『
算砂は冷徹な表情を浮かべる秀吉に胸中怯えを覚えながらも言葉を繰り出す・・・
『又左の奴はのう、居城のある七尾からわざわざお松殿を連れ出し北ノ庄に赴いたんじゃ、お松殿を修理めの人質とするためにな・・・』
『ひ 人質のためと⁈ それはまことにございますか?』
『奴はわしと戦わんがためにお松殿を北ノ庄に連れ立ったんじゃよ。まあ、表立っての理由として居城の七尾城が改修中ということと北ノ庄城にいる娘に会いに来るという口実ではあったがのう・・・』
『・・・姫様にお会いのためとは・・・その当時柴田様の北ノ庄城におわしたと?』
『うむ、そうじゃ。賤ケ岳の合戦前年中に又左は自らの娘である摩阿姫を勝家の臣下の婚約者として遣わしておった。体のいい人質じゃの』
『そのような事実と経緯が・・・ん? お摩阿様といえば、えっ⁈』
『フフフ、うん そうじゃ今はうちの加賀殿よ、カッカッカ・・・』
秀吉はそこで今までの冷酷な表情をゆるめる・・・そう 少しばかり照れ臭そうに
自分の娘ほどの年齢の盟友の娘を側室に迎え寵愛している自分の身が恥ずかしく思えたのであろうか・・・
『まあ、そこでじゃ・・・』
秀吉は表情をあらためると
『勝家はその場でお松殿を伴ってきた利家の意図を寸時に見抜いた上であえてこう言ったという・・・』
「松殿におかれては、ゆるりとこの北ノ庄城にて久しぶりに摩阿姫と過ごされるがよかろうと言いたいが・・・なれどせっかく到着したばかりであるが、
『と・・・な』
『・・・それは、柴田様はどういった理由で
算砂は秀吉に尋ねる
『勝家の奴はな、わしと内通しておるのではないかと疑われておる利家の身を
『なるほど・・・』
『織田家では、何といっても【権六】・・と、当時世間で称されておったほどの男じゃ、度量を見せたとわしは思う・・・』
『・・・』
『府中城への同道への理由付けは、永姫への様子見舞いという事にしておいたようじゃて』
『永姫様?』
『うん? 又左が嫡男利長の奥方よ。信長様の娘じゃて』
『あっ、そうでありましたな・・・』
『永姫はな、当時まだ八歳か・・・九歳であったかの・・・。本来であれば義母になるお松殿が手元で養育するはずが本能寺の変以来の騒ぎでずっと利長の居城である越前府中城に留めおかれたままだったのじゃ・・・』
『そうでございましたか』
『うむ、勝家の奴は於市の方を娶った自分が織田家の家燭に連なる永姫様の事も気にかけていることを旗下の諸将に見せつけたかったのであろうよ・・・織田家を守護するはこのわし、柴田権六勝家じゃとな・・・』
『・・・』
『ふん、全くご苦労なことであったわい、あ奴は・・・』
微妙な雰囲気を感じ取った算砂は黙ったまま視線を盤面に落としていると、秀吉の手が無造作に盤上の天元付近の碁石をじゃらじゃらと隅に押しやり始めたのであった
秀吉は白石をつまむや、ピシっ と碁盤に打ちつける
『まずは、これが玄蕃尾城。うむ勝家の本陣じゃな。それで次はこの辺りか、行市山砦 ここは佐久間玄蕃盛政と柴田勝政・・・して、ここが別所山砦の又左がこと利家の陣 その隣が金森長近の橡谷山砦であったか。そしてここが・・・』
(この方は・・・)
算砂は驚愕の目で盤上につぶやきながら碁石を討ち続ける秀吉の姿を見つめる・・・
(今から十年ぐらい前の賤ケ岳の戦いの布陣図を憶えておられるのか!?)
算砂は恐れにも似た感情に浸されながらも尋ねる
『で 殿下は今でもあの当時の賤ケ岳の戦いの布陣を憶えておられるのでございますな?』
『ん? そうじゃよ。うむ、これが最後じゃな秀長の本陣の田上山砦』
ビシっと黒石を打ちつけた秀吉は事も無げに算砂に答える
『いやはや、殿下の記憶力・・・恐れ入りまする・・・』
『そんな大したことではないぞ、算砂殿ぐらいの名人になればわしが壊した先程の盤面の跡などすぐに再現できるであろうが?』
『今さっきであれば正確に盤面は再現できましょうが、何年も前の盤面を再現せよと言われると自信がございませぬ。されど殿下は十年近く目の戦の布陣図をすらすらと今再現されました。それがしは殿下のなさりようを目の前にして正直驚いておりまする』
『カッカッカ、そうか そうか、算砂殿ほどの碁の名人がそれほどまで言うのであればわしも鼻が高いわい。言うなればわしは戦の名人と、言ったところかのう、カッカッカ・・・』
『げにもって・・・恐れ入りたてまつりまする・・・』
『さて、あの戦の振り返りじゃ』
秀吉は白と黒の碁石が見立てる盤上の布陣図の一番手前にある一目に置かれる白石をちょんちょんと触るや、すーっその石を黒石の布陣図の最前線にあたる一目の前に指を滑らせる
『賤ケ岳の戦いの緒戦はここからじゃ。勝家は玄蕃尾城から我が陣営の強度を測るためにこの陣に攻め寄せた・・・この最前線にある東野山砦は誰の陣であったかな?』
『・・・堀様・・・であったかと?』
『うむ、そうじゃ久太郎の陣よ。フフフ、そこで面白い話があってな』
『面白い・・・話と?』
勝家はそこで合戦の緒を飾るために言上をあげる武者を久太郎の陣前に向かわせたのよ。その武者は久太郎を
「亡き先の右大臣信長様随一の股肱の臣とされる堀久太郎秀政殿が何故に織田家内では同僚の秀吉の臣下のような振る舞いでこの地におられるや、聞くところによると何でも羽柴の姓をいただいたとか、まるで解せぬ! まことにもって解せぬ!! いまだその心に真っ当さがあれば亡き右大臣信長様にその理由を申し開きをこの地で柴田修理亮勝家が名代 坂 源次郎が承ろうぞ!」
とな・・・』
『ほう、それはそれは・・・それでその坂殿? 見識不足で申し訳ございませんが、その武者の方は今もどちらかの御家中にお在すのでございましょうか?』
『おお、そうかそうか算砂殿は存ぜぬか。啖呵を切ったそ奴は今、蒲生侍従(氏郷)のもとで蒲生郷成と名乗っておる』
『あっ! あの九州征伐のおり岩石城攻略戦で武功を挙げた
『いかにも。あの折はまだ蒲生姓は名乗っておらず坂源次郎と名乗っておったが、わしが奴の戦いぶりを称賛したがために侍従より蒲生姓を頂くようになったということだ。今ではあのきかん気が強い侍従殿の下で侍大将を拝命されておる。さて、その郷成こと坂源次郎が久太郎の陣前で口上を切った時の話に戻すが、あ奴の挑戦に応対した男がひと言 ふた言声を掛けるや坂の奴は黙然と首を垂れ、深く辞儀をして踵を返したそうじゃ・・・』
『堀様が自ら応対されたのございましょうか?』
『いや、久太郎ではなく別の者であったのじゃ。何でも坂源次郎という奴は幼少の頃からあの勝家でさえも手に余った暴れん坊だったらしいからのう、そんな男があれほどの啖呵を切った後にすごすごと黙って帰らせた人物に興を覚えいったいそ奴は誰じゃと後で久太郎に尋ねたところ・・・源左であったわい・・・』
『源左・・・殿 とは?』
『柴田源左衛門勝定・・・久太郎のところで侍大将を務めておるやつじゃ・・・』
『・・・』
『坂小判源次郎こと蒲生郷成はどういう
『そ それは・・・』
『まあ、源左の奴は光秀の家臣になる前は勝家のもとで家老職を務めておった男じゃ。その時に幼少からの源次郎こと郷成を見知っておっても不思議ではないからのう、二人の間で何かあったのかもやもしれぬが・・・フフフ そうよのう』
苦笑を漏らした秀吉の気配が変わったことに気づいた算砂は視線を上げると自分を見つめる秀吉の視線に驚く・・・
『わしが面白いと思うたのはな、久太郎のもとに源左が、氏郷のもとに郷成がそれぞれ家老職を務めておるということじゃ・・・そろいもそろってわしに歯向かった者ばかりじゃぞ、面白いではないか、クックック・・・』
『そ それは・・・』
『柴田源左衛門にしても蒲生郷成にせよ世に響いた武者ぞ、部隊を率いさせればかなりの手腕であるはこれまでの合戦での結果が証明しておる。わしの馬廻りの部隊にもあれら並みの者はそうはおらぬ・・・そのような二人が主と仰いだ久太郎や氏郷の器量はいくばくのものかのう・・・うらやましいのう、そうは思わぬか算砂殿?』
『はっ・・・』
『面白いのう、フフフ・・・』
(目が笑っておらぬ・・・)
算砂は、どう答えてよいか困惑しながら秀吉の表情に背筋が凍る・・・
『まあ、よいわ』
秀吉はそう言うと盤上の久太郎の砦に向かわせた白石を基の位置に戻すと
『さて合戦の振り返りの続きじゃ。ご覧なれ算砂殿』
『はっ』
『この白の碁石たちが勝家方の布陣図じゃ。ここが勝家本陣、してここが佐久間盛政、柴田勝政の砦・・・ここまではよいかな?』
『はい』
『この佐久間盛政、柴田勝政の砦の目前にあるこの石は誰の砦であったかのう?』
『・・・確か、前田様・・・かと・・・』
『うむ、そうじゃ。わしはこの布陣図を目にした時に
『・・・それは、いかなるご理由でございましょうか?』
秀吉は黒の碁石をひょいとつまみ、利家の砦とされる城の石と取り換えると
『どうじゃな、算砂殿。これで分かるかな?』
(白石から黒石・・・前田様の寝返りを事前に知っておられたのか柴田様は?)
『うむ、察したようであるな。勝家は又左が寝返った場合をきっちりと予想しておったに違いない・・・又左の陣の背後に一族であり絶対に自分を寝返らない佐久間玄蕃と柴田勝政を陣張りさせて見張らせておったわい・・・』
垣間(かいま)見る ある歴史の情景 繚乱 @kabiryouran
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