第9話 大丈夫。新聞紙って食べられるんですよ?

 椎名はハンカチを新聞紙を長くつなげたものに乗せて、私へと渡そうとしてくる。


 ち。宇宙人でも獲物には近づかないくらいの知恵はあるのか。

 しかも私にとられても武器にできなさそうなものを選ぶとか、バカ椎名。

 

 いや、バカじゃないから新聞紙を選んだんだろうけど、でも椎名はバカ。


「なんですかこの扱い。私は汚い野良猫ですか」


 とりあえず今すぐ殺す気はないようだとわかった私は好きなことを言ってやる。


「あーもう。腹が立つからとりあえずその新聞紙全部食べて死んでやる」


「死にませんよ」


「そんなの試さなきゃわからないじゃないですか。ほら、その赤いインクのとことかすごく体に悪そうだし、紙とか消化できなさそうだし。死因は新聞紙を食べたこと、なんて新聞に書かれる体を張ったギャグもできますよ」


「だから死にませんて」


「じゃあ試します」


「もう試しました」


 さらりと椎名が口にした言葉が私の脳に伝わるまでかなりの時間がかかった。

 人間って、あまりにも自分の常識から外れたことに出会うといろいろシャットダウンするんだなーとしみじみ思う。


「……え?!試した?!」

「はい」


 椎名がにっこりと笑ってうなずいた。


 ちょっと待って。今の会話のどこに笑う要素があるの?!

 試したってどういうこと?!

 新聞紙でハリセンを作って自分の頭を殴って武器にならないことを試したとかそういうことだよね?!


 あわあわしている頭の中が顔に出ないように頑張ってるけど、いま、絶対、私の顔はひきつってる。

 でも椎名は相変わらず笑って、私を見つめている。


「大事な神部さんの手に触れる物ですよ?安全でなければ。

 それに神部さんの行動を分析したところ、そのような発言、行動をする可能性が高いという結論に達したんです」


「その一言だけでツッコミたい部分はいっぱいあるんですけど、とりあえず絶対に答えてほしい質問が一つあります」


「なんでしょう。神部さんの質問ならぼくはなんでも答えます。百億でも千億でもいいですよ。いっそ千夜一夜語り合いたいくらいです」


「私は語り合いたくありません」


「それは残念です」


「当たり前でしょう。残念なのは先生の頭です。で、質問なんですけど、試したって……それ……食べたんですか?」


 嘘だと言って!と私は心の中で祈る。


 お釈迦様、イエス・キリスト、空飛ぶスパゲティ・モンスター、もうどんな神様でもいいからどうかお願いします!


 でも、椎名は相変わらず満面の笑みのまま、またうなずいた。


「はい。食べました。その量ならば健康被害はありませんでした。

 あ、安心してください。それについては僕の主観ではありません。しかるべき医療機関で食前と食後に数度各種検査を受け、数値に異常がないことを確認しています」


 神様……。


 私はどうしたらいいのでしょう。目の前にいる男は想像以上のアホでした。

 賢そうなメガネ顔をしているのが余計腹が立ちます。

 どうか奇跡を起こしていますぐあのメガネを割ってくれませんか。


 私の沈黙をどうとったのか、椎名は嬉しそうに目を細めた。


「大丈夫ですよ。保険がきかず自費での検査になりましたが、神部さんの無事のためならばたいした出費ではありませんから」


 いやそんなことを心配して黙ってるんじゃありません。


 てゆーか『無事のためなら』って監禁犯がなに言ってるの?

 すでに全然無事じゃないんですけど。


 ああもうダメだこの人……。


 宇宙人と地球環境汚染について議論したらこれくらい不毛な会話になるんだろうな……。


 私はもう諦めて、椎名のハンカチを手に取った。

 とりあえず、濡れた顔を拭いて落ち着こう。椎名のハンカチなんかイヤだけど。


 でないと椎名にはどんな手を使っても勝てない気がする。


 私のそんな姿を、椎名は相変わらず嬉しそうにニコニコと笑って見ていた。

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