第5話 きみが100歳になってもきみは僕のお姫様なのです、と宇宙人は言った

「あの、スナフキンて白くてぷにぷにした生き物と仲良しな旅人ですよね?

 同名のバンドの人がいるとかじゃないですよね?」


 念のため、もさもさとササミを口に運んでいる椎名にそう尋ねてみる。

 椎名は行儀よく噛んでいたササミを飲みこんだあと、きょとんと答えた。


「洋楽は聴きません」

「……じゃあなんなら聴くんですか?」


 予想通りのような、そうでもないような回答が返ってきて、なんかいろいろどうでもよくなってきた私はデザートの皿に手を付けた。

 あー、これもおいしいなあ。なんだろう、これ。シュークリームの皮みたいだけどカリカリしたお砂糖でコーティングされてるし、中のクリームもキャラメル味でいい感じ。うん。このお店、あとで椎名に名前聞いとこう。


「そうですね、滝廉太郎や林こうさ……」

「あ、もういいです。スナフキンに話を戻してください」

「はい。そのスナフキンです。他のスナフキンのことは知りませんが、チビでタマネギ頭の異父妹がいる方のスナフキンです」

「えーと、なんでスナフキンなんですか?」


 そもそもスナフキンは人類じゃないですよ?とはさすがに言えなかった。


「こどものころの僕はなぜかスナフキンを流浪の画家だと思い込んでいて……あんな風に自由に世界を旅しながら絵を描くことに憧れました」

「あの……それ、画家になるのが夢というわけではなくて?画家プラスあえてのスナフキンなんですか?」

「そうです。椎名廉としての人生は官僚であることを父母が決定していたので、その人生から外れるためには、僕はまず『椎名廉』であることを捨てなければいけなかったんです。だから僕は『椎名廉』でなくてスナフキンになりたかったんですよ」


 椎名がお箸を置いて私を見つめる。

 その顔はさっきまでの穏やかな笑顔に戻っていた。


 ……それを見てちょっとほっとしたなんて……絶対!絶対!気の迷いだから!


 拉致監禁犯でストーカーで宇宙人でしかもスナフキン候補生なんてわけのわからない属性の付きまくった変態が一瞬でもかわいそうに思えたなんて嘘だから!!!


「すみません、自分の将来のこととかそんな風に考えたことないです、私」

「神部さんは神部さんのままでいいんです。そのままの神部さんが僕の女神です。僕は今の神部さんが大好きです」


 椎名の顔がぱあっと明るくなる。


 うん。やめてください。


「ソレハドウモアリガトウゴザイマス」


 わざとロボットみたいな棒読みで返してやったけど、椎名にはそんなの全然通じないみたいだった。

 食べかけのお皿をその辺に置いて、また椎名が演説を始める。


「しかし、もし神部さんが大幅に変わっても、僕は変わらず神部さんを愛します!」


「私がスナフキンになってもですか?」


「か、神部さんが?!」

「えー、まあ、はい」


「うーん……」


 椎名が難しい顔をして腕を組んだ。

 え?!そこ悩むとこなの?!


「さすがにそれは多少の嫉妬は否めませんね……」


 じゃあ解放してください、と言おうとしたとき、突然椎名が立ちあがった。

 私は思わずカラになった紙皿を盾にして身構える。

 

「しかし!僕の愛の前では些少なことです!僕は神部さんがスフィンクスになっても大好きです!」


 ……スフィンクス……。


 力の抜けた私の手の中から紙皿が滑り落ちた。


 こいつ本当は私のこと嫌いなんじゃないの?


「先生の気持ちはわかりました。でも、せめて人間にしてください」

「では自由の女神では?」

「生身の人間にしてください」

「杉村サダメでも好きです」

「それ、誰ですか?」

「日本初の女性死刑囚です」

「なんかわざと私の話の抜け道を探ってませんか?実はさりげなくいやがらせをしてませんか?」

「いいえ。大好きな神部さんにそんなこと。

 では……僕はきみが今すぐ100歳の老婆になっても変わらず愛します」

「100歳ってシワシワでカサカサで白髪ですよ。たぶん別人クラスに顔も変わりますよ」

「それでも神部さんです。僕の好きな神部さんです」

「じゃあ、違う視点から。100歳だとすぐ死にますよ、私、絶対」

「それは悲しいことです。でも、ともにいられる時間が限られている分、僕は僕ができうるすべてのことをするでしょう。僕がしたかったことすべてをさせてもらうでしょう。それに、そうすれば、僕は必ずきみを見送ることができる。これは僕のエゴですが……きみを残して先に死ぬよりは、きみを亡くして生きていく方がいい。

 神部さんがいなくなる痛みと、神部さんに逢えた嬉しさを抱きながら、神部さんの最期を看取りたい。そして、神部さんを……死ぬまで守りたい」

「それ、私、即死ぬの前提じゃないですか」

「あ、そうですね、いえ、そういう意味ではなくて、僕が死ぬまで、です。

 神部さんがいたということを、神部さんとの想い出を、神部さんへの愛を、僕は死ぬまで持ち続けます。僕の中では神部さんが生き続けるように。いつか僕が召されるその時に、神部さんが迎えに来てくれることを夢見ながら」


 想い出って……拉致監禁とかこの鎖じゃらじゃらの意味の分からない食事会とかのことだろうか……。

 椎名のことがさらにわからなくなった私は、立ったままの椎名に正直な感情をぶつけてやる。 


「やです。死んでもストーカー拉致監禁犯のとこには行きません。悪いですけど」

「それでもいいです。僕は夢を見ながら死ぬことができる。神戸さんという夢を」


 そう言って、椎名は世にも幸せそうに笑った。

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