第4話 宇宙人はスナフキンの夢を見るのか?

 椎名が私の顔をちらちらと見ている。

 ううー、もう、言いたいことがあるならはっきり言え。


「先生、なんか言いたければ言ってくれませんか?気になるんですけど」


 びくん、と椎名が小動物のように肩を震わせた。

 ちょっと待て。

 そういうリアクションをしたいのは私だ。おまえじゃない。


「その……料理は口にあったかな……と」


 椎名がおずおずと私に私に聞いてくる。初めて彼女とデートした男みたいだ。


 ……この鎖と手錠と首輪にさえ目をつぶれば、だけど!


「おいしいですよ。悔しいことに」

「神部さんはおいしいものを食べると悔しくなるのですか?」

 

 きょとんと首をかしげる椎名に、私は無性に手元の紙皿の上のピラフをぶつけたくなった。

 こいつは致命的に空気が読めない。そんなことここまでのやり取りでわかってたはずなのにー!


「いいえ。監禁されてるのに監禁犯から出された食事をおいしいと思ってしまった自分が悔しいだけです」

「なるほど。納得しました。料理自体に問題はないと」

「まあそうですね。監禁されてるのは問題ですけど」

「その問題については後でにしてくれませんか?僕は神部さんと同じ食卓を囲むのも夢の一つだったんです。どうかその夢を叶えさせてください」


 ちなみにイヤミも通じない。うん。知ってた。知ってましたよ……。


「……勝手にすればいいんじゃないですか?」

「は、はいっ!勝手に食べます!」


 いただきます、と律儀に手を合わせて椎名が自分の膝の上に置いた皿に箸を伸ばす。

 やっぱり鎖の届く範囲には来ないのか。変なところで頭が回る監禁犯め。


 ……て、それ、なんなの?


「先生」

「はい」

「先生の食べてるそれ、なんなんですか?」

「茹でたブロッコリーと鳥のササミと生の豆腐です」

「うん。見た感じそうだろうなーとは思ってたんですけど、なんでそれをただ茹でた原型のまま食べてるのかなーって。味付けとかしないんですか?」

「僕は料理が得意じゃないんです」

「じゃあ、私の食べてるのを買ったところで同じのを買えば……あ、先生、もしかしてお金ないんですか?!

 え、じゃあこれ営利誘拐?!その日の夕食にも困るようだったらいますぐ私のカバンのお財布の中の諭吉さんをあげますから」


 解放してください!と大声で言おうとした私の言葉は、めずらしく椎名に遮られた。


「違いますよ。神部さんが食べているものがおいしいことも僕は理解しています。ただあまり、おいしいと思うものを食べることに慣れていないだけなんです。食べた後に自己嫌悪で壁に頭をぶつけたくなるのなら、いつもの食事でいいんです」


「……先生でも自己嫌悪するときとかあるんですか?」


 この監禁宇宙人が?

 どんなイヤミにも耐える鉄壁フィールドを持つ男が?

 嘘だ、絶対。


「ありますよ、たびたび」


 けど、椎名はきっぱりと肯定した。今までみたいな明るいものではなくて、どうしたらいいかわからないからとりあえず笑っているような、学校で見せている笑顔と一緒に。


「母が、厳しい人でしてね。食品添加物はもちろん、カロリーや塩分まできちんと管理した食事を作ってくれました。ただそうするとどうしても味は二の次で、神部さんが食べているような『おいしいもの』に憧れていたんですが……いざ食べて食べ終わるとなんかこう……『やってしまった』という気分になるんです」


「なんで?」


 私は思わず聞き返していた。

 だって椎名の言うことが、これまでとは違うベクトルでさっぱりわからない。


「え?」


「なんで、『やってしまった』なんて思うんですか?」

うーん……と首をひねってから、椎名がゆっくりと口を開く。


「難しい質問ですね。僕にもよくわかりません。僕が不出来で父と母の期待を全部裏切ったからでしょうか」


 ヤバい。この話題、たぶん地雷だ。いくら椎名でも踏んじゃいけない領域はある。


「……なんか、すみません」

「いえいえ。もうどちらも死んでいますからね。いい加減、吹っ切らねばとは思うのですが」

「なんかデリケートなこと、ほんと、すみませんでした……」

「いやだから神戸さんが謝る必要はないんです。折角おいしく食事をされていた神部さんにこんな消化に悪そうな話を聞かせた僕がいけなかった。さ、つまらないことは忘れて続きをどうぞ」


 そう言われてもなあ……とっくに消化に悪い状態にされてるしなあ……。

 椎名の基準は本当に訳がわからない。


 それからしばらく二人とも黙々と食事を続けて。

 悔しいけど、出された料理全部、本当においしい。

 お肉の焼いたのも、魚の蒸し煮みたいなのも。


 この際、完食してやろう。私がそう決意したとき、唐突に椎名が口を開いた。


「神部さんは将来の夢などはありますか?」

「え、うーん……普通に大学に行って普通にOLになって…くらいですね、まだ」

「僕は」

「はい」

「僕は、スナフキンになりたかったんです」

「えっ?」


 スナフキン?!


 スナフキンってあのスナフキン?!

 すでに人間ですらないじゃん!じゃあ、文集の将来の夢の所に『スナフキン』とか書いちゃったの?!

 マジで?!


 私は超真剣な椎名の顔をまじまじと見る。 


 誰か止めて……くれなかったからこんなトンチキ宇宙人になっちゃったんだろうな……。

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