第7話 魔法の時間、現実の時間~五体投地のシンデレラ~
「で、結局先生は何がしたかったんです?」
私は床に倒れ込んだままの椎名に問いかける。
椎名は床に完全に体を投げ出して、警察が道路にチョークで書いた人体図みたいになっている。
五体投地。
不意に私の頭にそんな言葉が浮かんだ。
まずい。真剣な場面なはずなのに笑える。
こらえろ、こらえろ六花。さすがにこの椎名を笑うのはかわいそうだ。
「……シンデレラ……」
「え?」
椎名がぼそぼそといきなりロマンチックな名前を口にしたので、私は思わず聞き返した。
ダメだもう。椎名の思考回路がさっぱりわからない。
宇宙人だって、地球侵略にでも来ない限り、もっと友好的な態度を取ってくれるんじゃないかという気がする。
「12時の鐘が鳴り、僕は魔法の世界から現実へと帰ります……」
「すみません、ちょっと言ってることの意味がわからないんですが」
「タイマーが……」
「はい。さっき鳴りましたね、タイマー」
「夜12時のタイマー……魔法は……消えるもの……です」
瀕死の人間みたいに、床に横たわったまま、ぽつん、ぽつん、と椎名は単語を口にする。
「いやお願いですから私にもわかるように話してください。とりあえず、いまは何を言っても怒りませんから」
「僕は……きみが……好きで……」
「大丈夫。それはわかってますよ」
すこし優しいトーンで答えてあげたから、さっきまでみたいに椎名がまた元気に演説を始めるんじゃないかと思った私の予想は裏切られた。
椎名は相変わらず床に倒れたまま動かない。顔も床にくっつけてるから表情もわからない。
「でも……」
椎名がのろのろと体を起こす。
そして、自分の薬指に巻かれた赤い糸を絶望的な目で見つめた。
「僕はきみが本当に好きで……でも、きみがそう思ってくれないのはわかってくれていました。
だから、決めたんです。きみを監禁して、12時の鐘がなるまでは魔法の時間にしようと。それで……その間にきみとしたかったことを全部しようと。きみに好きだと告げて、一緒に食事をして、雑談をして、最後は嘘でもいいから赤い糸をきみと結ぶ。全部、僕の夢でした」
ちょっと待て。
コイツはどれだけ真面目ストーカー監禁犯なの?!
好きな子を監禁してまでしたかったことって普通キスとかそれ以上じゃないの?!
私は髪をかきあげながらため息をつく。
ほんと、どうしよう、この男。
たぶん私が100万回ツッコんでもコイツのボケには追いつけない。
言葉に困った私が黙っていると、椎名は軽く唇を噛んだ後、微笑った。
無理やりだっていうのがよくわかる笑い方だった。
「でももう魔法の時間は終わりです。僕は現実に戻り、現実の裁きを受けます」
立ち上がった椎名がゆっくりと私に近づいてくる。
「あ、心配しないでください。いま、全部の鍵を外しますから。暴れたりしないでくださいね。
神部さんには髪一筋も傷をつけたくないんです」
そう言いながら、美術教師らしい繊細な椎名の指が私の首輪に向かった。
カチャリと軽い音がして、まず、私の首を拘束していたものが床に落ちる。
それから、足の鎖、最後に、手錠。
体がふわりと軽くなった気がした。
あ、私、自由になったんだ。
間近に相変わらず生真面目な眼鏡の椎名の顔があった。
ずっとぶん殴りたいと思っていたはずなのに、どうしてか、手が動かなかった。
「さあ、通報してください、神部さん。僕は犯罪者です」
「いいんですか?学校クビですよ?それ以前に逮捕ですよ?」
「いいんです。___愛しているから」
今度の椎名の笑みは無理やりのじゃなかった。
本当に、本当に、幸せそうだった。
なんで?
意味がわからないよ。
監禁犯だってニュースになって、後ろ指さされて、刑務所に行くかもしれないんだよ?
それをただ、そんな理由で?
椎名の手から私の通学鞄が差し出される。
あの中には私のスマホが入ってる。
110番なんか簡単だ。数字を3つタッチするだけでいい。
私は椎名の手から鞄を受け取って___。
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