第2話 宇宙人に好かれて嬉しい人類は果たしているのだろうか。いや、いない。
「ちょっと、先生、ふざけんのやめてほしいんですけど」
「ふざけていないからやめません」
ヤバい。同じ日本語でしゃべってるはずなのに話が通じない。
おまえは宇宙人かよ!
「とりあえず床では体が痛むでしょう。後ろのソファへどうぞ。カッシーナですので使用感はいいと思います」
「そういう問題じゃないです。これ、これ、見えませんか?先生がしたんなら取って下さい」
私は首輪や鎖を指さし、椎名(もう呼び捨てでいいや)を睨み付ける。
もっと巨人みたいな男に誘拐されたんだと思ってたから怖かったけど、椎名ならそんなに怖くない。
この鎖とかがなければぶん殴って逃げてやるのに。
「それは申し訳ない。でもそうすると神部さんは逃げるでしょう。僕を殴って」
「……先生、なんか特殊能力持ってます?」
「いいえ。ただいつもずっと神部さんの行動を見ていたので予測がつきます」
……うわあキモい。どうしようこの変態ストーカー。
とりあえず私は背後に設置されていたソファに座る。椎名が来るまでは怖くて、焦っていて、全然気が付かなかったけど、この部屋は窓がないこと以外は案外マトモだ。テーブルやテレビもある。
あ、しかもこのソファ、すごく座り心地がいい。悔しい。
悔しいから絶対椎名にはそんなこと言ってやんない。
椎名が部屋の電源をつけた。
そして、私の前に体育座りをする。……鎖がぎりぎり届かない範囲で。
姑息!この男マジ姑息!!バールのようなもので殴ってやりたい!
「ようやく……来てくれましたね、神部さん」
「来たんじゃなくて拉致されたんです。いい加減にしろ監禁犯」
「それでもここにきみがいるという結果に変わりはない。……いま、ぼくはとても幸せです」
椎名が微笑った。
う、もしかして椎名の笑顔なんか初めて見たかもしれない。
それもものすごく幸せそうな。
それがちょっと可愛いと思ってしまった自分に腹が立つ。
落ち着け、六花。いくら可愛くても相手は変態拉致監禁犯だ。
「で、先生の目的はなんなんですか?うち、お金持ちとかじゃないし、監禁してもなんもメリットないですよ」
「あります。ぼくはきみが好きだから」
ああ……さっき、なんかそういうイカれたことを言ってた気が……。
私はひたいに手を当ててため息をつく。
「じゃあ最終的な目的を果たしてさっさと帰してくれません?もうこの際、殺さなきゃ何してもいいです。えっちだっていいですよ。無事に帰してくれたら何があったかは誰にも言いませんから」
本当はいやだけど。
なんで初めてをこんなわけのわかんない変態としなきゃいけないんだ。
でも仕方ないよ。今はまだ椎名は穏やかだけど、立場は拘束されてる私が圧倒的に不利だ。
殺されたり一生残る傷をつけられたりされるくらいなら……我慢……するしかない……よね……。
どうしよう。
涙が出てくる。
やだよ。やだ、やだ。椎名とするのもやだし、椎名にこんな顔を見られるのもやだ。
「神部さん?!神部さん?!」
椎名が立ち上がり、おろおろとその場を動き回り始めた。
「どうしたんですか?どこか痛いんですか?ああ、どうしよう、どうしよう、大好きな神部さんを泣かせてしまった……!ぼくはどうすればいい?」
それはこっちの台詞だよ、バカ椎名。てゆーか大好きってなんだよ。じゃあ監禁するな。
椎名はぱちぱちとまばたきをして、困り切った顔で私を見たあとに部屋を出ていく。
私はそれを見届けてから思い切り泣いた。
こんなことをする椎名に弱いところなんか見せたくなかったし……なにより……強がって見せていたけれど、本当はまだとても怖かったから。
私はどうなるんだろう?
部屋を出て行った椎名は口封じに刃物でも持ってくるのかな。
私、死ぬのかな。
こんなことなら朝お母さんとケンカしなきゃよかった。もっといい子にしとけばよかった。ごめんね、みんな。
ちいにゃんもきっとマックに誘わなきゃよかったって責任感じちゃうよね。ちいにゃんのせいじゃないのに。
そのとき、また部屋の扉が開いた。
私は思わず身構える。
普通に殺す気なら私の体に近づくはず。ならまだワンチャンある。
椎名の急所を思い切り蹴り上げて、武器を取り上げて、逆に脅すこともできるかもしれない。
でも、椎名が手に持っていたのは思いもよらないものだった。
「あの……ハンカチ……男物で悪いのですが、新品ですから安心して使ってください」
……は?
やっぱりこいつは宇宙人だった。
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