第7話

 村の畑を荒らす害獣に攻撃されたのか、地面に座ったまま動かない村人がいる。面の全体は見えないが、間違いない。あれは――。

「香墨さん!」

「……」

 急いで駆け寄るが微動だにしない。怪我でもしているのだろうか、ひどく体が冷たい。猿は未だ威嚇体勢を崩さないでこちらを睨んでいる。。まずは香墨さんを安全なところへ移動させないと。サクラさんに目配せすると、任せろと言うように猿に近付いていった。心配なのは香墨さんだ。さっきから何処か一点をじっと見たまま動かない。

「香墨さん、大丈夫ですか。動けますか」

「…………かい」

「なんですか?」

「紙と筆は持ってるかい」

「え……手帳と鉛筆ならありますけど」

「鉛筆じゃ駄目だ。手帳貸して」

 胸ポケットにある小さな手帳を渡すと、香墨がゆらりと立ち上がった。

「俺はさぁ、今日は久しぶりに気分が良かったし最高の本も見つけたんだよ。それなのにさぁ、いくら知能のない猿とは言えこれはちょっとねぇ。本は大事にできない子は――」

 猿を見据えたまま手早く使い終わりのページを見つけると、親指を噛んで出血させた。そのまま【包囲】と書き付け、破り取った紙片を握り潰す。

「お仕置きの時間だよ」

 香墨が掌を広げると、丸まった紙がむずむずと動きだし頭上に浮いた。次第に元のように広がり……いや、元よりも大きく、どんどん広がっていく。威嚇を繰り返す猿の上で止まると、今度は猿を全包囲しあっという間に包み込んでしまった。これでは逃げられない。

「おい、奥にこいつがいたぞ」

 見るとサクラさんの大きな腕の中には随分と小さな白い子猫がいた。尾を見るに生まれながらの猫又のようだ。

「どう思うよ」

「きっとこの子猫が本体でしょう。先程この子を守ってましたし。生きるため、本人もよく分からないまま猿に憑いているのかもしれません」

 ひとまず猿も捕獲出来たし、原因も手の内にある。後は戻ってゆっくり処遇を決めよう。生きるためねぇ、とサクラさんが上から頭を撫でようとすると子猫ががぶりと噛み付いた。

「いってぇ」

「香墨さんもありがとうございました」

「……」

「香墨さん?」

「おい、あの紙まだ小さくなってんぞ」

「……ふふ。君にはアレがどれだけ貴重なのか分からないだろうねぇ。だって猿だももねぇ。猿が紙を綺麗に扱えるわけないよねぇ。でも、だからって許すつもりは毛頭ないしこのまま消えてもらおうか。潰せ」

 サクラさんのすぐ隣にある紙の包の中から、キーキーと怯える声が聞こえた。まさかと思い見ていると、包みがどんどん小さくなっていく。このままでは中にあるものは潰れてしまう。

「おっかねぇ」

「もう十分です。殺すことありません」

「えぇ? だってこの子は紙をぞんざいに扱ったんだよ? 生きてる価値ないよねぇ、あっははははっ」

「香墨さんっ」

 どうしてしまったんだろう。こんなのいつもの香墨さんじゃない。そうこうしてる内に猿の入った紙がどんどん小さくなっていく。無言で子猫を押し付けてきたサクラさんが香墨さんに近付き――。

「ちょっと寝とけ」

 トンっと首の側面に手刀をいれた。え?

「サクラさん! 民間人に何してるんですか⁉」

「どう見てもこいつ普通じゃなかっただろ」

「だからって他にやり方があるじゃないですか‼」

「まぁまぁ」

 地面に倒れた香墨を放置したまま、サクラさんが包みに向かった。収縮する動きは止まったものの猿二匹分くらいの大きさにまで小さくなった包の中にいるのは恐怖しかないだろう。暗闇と圧迫感、そしていつ押しつぶされるのか分からない恐怖。触ってみると紙であった筈なのに手で破れそうにない。警察から支給されている術の施された特殊なナイフを突き立ててみる。これは刃が通り、ざくざくと出口を作ると中から怯えた猿が飛び出してきた。サクラさんの後ろに隠れてガクガクと震えている。

「大丈夫か。これに懲りたらもう村のもんに手ですじゃねぇぞ」

「キキッ」

 すっかりサクラさんの方が上であることを認めたのか素直に返事をした。僕の腕の中の子猫がにゃんっと鳴くと猿が素早く子猫を奪い去り、気付けば近くの木の上からこちらを見ている。

「次はねぇからな」

 がさっと枝の揺れる音がして、二匹の姿は見えなくなった。

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