狐面村-カミ蟲の繭
霞月楼
第1話
円柱形の石油ストーブがしゅんしゅんと音を立てている。立ち上る湯気の向こう側を見れば、どんより雲が空を埋め尽くしていた。随分と小さくなったカミ蟲は成猫程の大きさになり、今は膝の上に座っている。
「今日はもうおしまいにしようか」
カミ蟲を下ろして立ち上がると、玄関の戸がガタガタ鳴った。風か来客か、その他か。
「うぃー、寒い。いるかー?」
このずっしり声には聞き覚えがある。玄関土間を覗くと、紺色の狐面の額には金色の桜が見えた。この村に二人しかいない警察官だ。狐月が〝サクラさん〟と呼ぶのでサクラという名前だと思っていたが、本当は〝桜花〟と呼ばれているを最近知った。
「やぁ、どうかしたのかい?」
「お前文具屋なんだろ? ボールペンの替芯持ってねぇか」
思いもしない言葉にキョトンとする。大方狐月から話を聞いたのだろう。書けりゃなんでもいいぞ、と言うがこの世にどれだけのボールペン替芯があると思っているのか。売れ残りが少しあるにはあるが……。どのペンだい?、と聞くと胸ポケットから1本のボールペンが出てきた。コンビニでも売ってるようなメジャーなペンだ。
「ああ、それなら多分あるよ。ちょっと待ってて」
「わりぃな」
桜花は外から来ていると聞いた。この村には俺のように他所から来た者とこの村で生まれ育った者がいる。桜花が前者、狐月が後者。特殊な村なのでてっきり外からの寄せ集めかと思ったらそうでもないらしい。商品棚にもなっているトランクの引き出しを開けると、中から薄っぺらいビニール袋をいくつか見繕った。
「メジャーなペンで良かったね。何ミリがいい?」
「サイズがあんのか? それと同じやつでいい」
「交換しておいてあげるよ」
「助かる。いくらだ」
「100円だよ」
なんでもない会話がひどく久しぶりだ。差し出された手の甲に盛り上がった古傷を見つける。この穏やかな村とは程遠い任務にあたったことがあるのだろう。
「ところで最近猿見なかったか」
「猿? いたような、いなかったような」
「はっきりしねぇな」
「いちいち覚えてないよ。猿がどうかしたのかい?」
「村の畑が最近荒らされててな。猿を見たという話があがってる」
「それはそれは」
「目撃者の情報によると、ケツが真っ赤な狐面みたいになってるらしい」
「えぇ? お尻が? なんだいそれ面白いね」
「見かけたら教えてくれ」
「美味しいお酒でもあれば見つけられるかもしれないねぇ」
「言ってろ」
聞き込みに来たのか、替芯を買いに来たのか。じゃあなと出ていく後ろ姿を見送って、俺もコートを羽織った。
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