第6話
村で悪さをする前に捕まえなければ。桜花と狐月は逃げた猿の足取りを追っていた。
「こんな村の中心部に本体がいるんでしょうか」
「さぁな。追えば分かるだろうよ」
桜花の言うとおりだ。猫が猿に憑く理由など想像もできない。考えた所でわからないのであれば、今はただ早く猿に追いついて元凶を見つける他ない。暫く走り図書館の裏手辺りで見つけた猿は、再び猫のように威嚇の体勢をとっていた。その前には尻餅をついた人が一人。周りには数冊の本がばら撒かれている。あの狐面は……。
――数時間前。
よく晴れた寒空の下、香墨は妙にスッキリした気分で図書館にいた。この所眠ろうとすると右目の内側を虫が這いずり回るような感覚に襲われ目が醒めてしまう。起きてもなお感覚が残っているから質が悪い。しかしそれも三日目となると体は重いが頭は冴えきって、久しぶりに出かける気分になった。
なんとなく足を伸ばした図書館には意外と面白いものが沢山あった。さすがはおかしな村。怪しげな本が山のようにあり、メジャーな呪(まじない)い書から見たことも聞いたこともない様な本まである。その中に一冊だけ色に関する書があった。古ぼけているのに書かれている文字は今書いたばかりのように瑞々しい。
『この世に色蟲といふものあり。色蟲人に視えざるものなり。人に害なさず。これより作りし絵具色褪せることなし』
色蟲の事を載せている本はまずない。俺が作るものもとより、師匠の作る絵の具はどうだったか。香墨は目を閉じて、今は亡き師匠の仕事ぶりを思い出してみる。言われてみれば俺の作るインクより退色しなかったように思う。あの人が作っていたのは絵の具であったし、俺が作っているのはペンで使えるインクではあるが…本質は変わらないはず。つまりこの本に使われている墨は、俺や師匠よりも優れた者が作ったと言う事になる。今にも磨ったばかりの香りが漂ってきそうなほどだ。適当にページを捲ると一つのイラストが目に留まった。
『この世にカミ蟲といふものあり。これ真に稀少なものなりて我未だ知らず。繭より作りし紙、絹の如し。カミ蟲の作り賜う絹の紙、呪(まじな)いに効果あり』
カミ蟲の紙? あれはただ文字を食べるだけの蟲ではないのか。先が気になって読み進めようとした時……。
――にゃー
子猫の鳴き声がした。周りを見るが気づいてる人はいなさそうだ。
――みゃぅ
窓の外を見てみれば、まだまだ母猫が必要な子猫がぷるぷると震えていた。周りには誰が作ったのか手当たり次第に集めた葉っぱや布切れで巣のようなものが作ってあって、食べかけのリンゴや芋なども捨ててある。白い子猫は黒目の多い瞳でじっと香墨を見上げていた。
香墨は本を閉じて、他に三冊ほど見繕うと図書館の裏手に回った。すぐに子猫を見つけ、目の前にしゃがみ込む。子猫は震えながら、みゃうとまた鳴いた。よく見ると尻尾が二つに分かれている。
「こんにちは、お嬢さん。ここがおうちなのかい?」
そっと手を差し出せば、初めは警戒したもののすぐに擦り寄ってきた。指で頬を撫でると気持ちよさそうにしている。誰かが捨てたのか、野良なのか。
「ごめんね、俺は君を飼えないんだ。お巡りさんに伝えておくから」
私を拾ってと言わんばかりに指先をちろちろと舐めてくる。ざらざらとした舌が温かい。ちゃんと生きているのだと、なんとなくそう思った。
「この村のお巡りさんは優秀だよ。誰かと縁があるといいね」
口元からするりと指を引き抜くと、子猫はもの寂しそうにか弱い声を上げた。何とも縁がなく死ぬのであれば、それがこの子の運命なのだろう。立ち上がろうと目線を上げた時、一匹の猿がこちらに向かって全力疾走しているのが見えた。スピードは一向に落ちず、どんどん迫っている。
――みゃう
――うきっ
鳴き声に呼応する様に猿が鳴く。香墨は状況が飲み込めず、そのまま猿の全力タックルをまともにくらいバランスを崩した。本がばらばらと落ち、猿がその上でジャンプし足蹴にしている。猿は子猫の前に立ちはだかると、背中を丸めて香墨を威嚇をした。
「……」
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