第5話

 雲ひとつない快晴の中、右へ左へ。頭から屋根の上へ。隣の屋根に移ってまた頭へ。

 村人たちはぴょんぴょんと跳ね回る猿と追いかけっこをしている。初めのうちこそ鍬や己の持つ術などで捉えようとしていた村人だったが、怯えることのない猿には通用しなかった。ある者は頭をジャンプ台にされ、またある者は必要な数珠を取られ。完全になめられている。次第に遊ぶのも飽きてきたのか、猿は真っ赤な狐面のようなお尻をぺんぺんと叩いてみせた。

「ムカつくやつだ」

「お前そっち行け!」

「あ、くそ。おいそっち行ったぞ!」

「ええい、俺の術で……っ、返せ! こら!!」

「大人しく捕まってくださーいっ」

 狐月も皆と協力して捕まえようとするものの、先ほどなど顔に着地されバランスを崩しこちらが転んでしまった。確かにすばしっこくはあるのだが、問題はそのスピードではない。後ろから近寄っても気配を消しても死角を探しても、全てバレているのだ。まるで背中に目でもあるように。


――おんぎゃあ、おんぎゃあ、おあぁぁぁあん――


 突然赤子の鳴き声が聞こえた。

「なんだぁ?!」

「やだよぅ、不気味だねぇ」

 頭上から鳴き声が降ってくる。不気味な現象に勢いのあった村人も覇気を失っている。赤子のようであるが、それにしては少し間の悪い鳴き方だ。

「おい、どうなってる」

 遅れて到着した桜花がこだまする鳴き声の出処を探りながら報告を促した。

「十分程前に例の猿が村に出没。発見した村人が大声を上げたことから人が集まり、現在の状況の至ります。各自が手にしたものが物騒だったため猿の身が危険かとも思ったのですが、鍬や呪い道具も奪われ完全に遊ばれています。今しがた突如この鳴き声が聞こえ始めました」

「猿は分かるとしても、この赤ん坊の泣き声が鬱陶しいな。んで? お前のスピードでも駄目なのか」

「スピードというか、まるで全方向が見えているかのようで全てバレてしまうんです」

「なら方法は一つだな」

「何か有用な手が?」

「正面突破だ。ふん、どっちがボスザルか教えてやる」

 そう言って桜花は口の端を上げて笑い上着を脱ぎ捨てた。拳と拳を合わせてゆっくり近付いていく。狐月の目には桜花が何倍にも大きく見え、まるでゴリ……ああ見えて結構繊細なので、全ての言うのはよしておこう。自分より大きな桜花の圧に猿が一瞬怯む。しかしすぐに持ち直し、フーと息を荒げ牙をむき出しにした。そして有ろう事か頭を低くし体を丸め高くして……これではまるで猫が威嚇しているようだ。

「なんだぁ? その成りは」

 軽くステップ踏んでいると、先に仕掛けたのは猿だった。繰り出される乱れひっかき。桜花はそれをまるでジャブを受け流す様にかわして、下から抉りこむような一発を放つ。

「キキッ」

 猿は一際高い声をあげながら地面に落ちる。いつの間にかギャラリーと化していた村人が歓声の声を上げた。そしてまた鳴き声も大きな声を上げる。


――んなぁぁぁぁぁぁうぅぅ――


「サクラさん、この声……」

「ああ、猫だな」

 猿はすぐに起き上がり体制を整えるや否や、目にも留まらぬ速さで村役場のある方へと逃げていってしまった。

「あの子は猫憑きだったんですね」

「なんだ? その猫憑きってのは」

「簡単に言えば猫に操られている猿……といった感じでしょうか」

「なんだって猫が猿を」

「分かりません。でも理由があるはずです。追いましょう、本体の所に戻るかもしれない」

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