遺った骨
PURIN
お盆の度に思うこと
おじいちゃんは、誰からも好かれていた。
いくつになっても元気いっぱいで、いい意味で子どもみたいだった。公園や山で一緒に遊んでくれたし、竹とんぼや独楽のような昔の遊びも教えてくれた。
戦争や歴史についても、分かりやすく伝えてくれた。読書や映画の楽しさを教えてくれたのもおじいちゃんだった。
近所の子達にもそんな感じで接していたので人気者だった。
子ども達だけじゃない。大人の人達にも慕われていた。悩み相談に乗ってあげたり、怪我をしてしまった人が回復するまで家に通って家事を手伝ってあげたり。近所中に迷惑をかけていた人がおじいちゃんの話で改心してみんなに謝り、仲良くなれたというエピソードもあるくらいだ。
そんなおじいちゃんは、僕が小学生の時に亡くなった。
突然のことだった。昨日まではいつも通りに元気だったのに、ある夏の朝、布団の中で事切れていた。
お葬式には大勢の人がやって来た。ほとんどみんな涙を流していた。
僕もとても悲しかった。だけどそれ以上に「おじいちゃん、ありがとう」という気持ちが強かったからなのか、「やっぱりおじいちゃんはすごい人なんだ」と改めて尊敬できたからなのか、涙は出なかった。
そのまま葬儀は何事もなく、しめやかに進んだ。
やがて、おじいちゃんを焼くことになった。みんなでバスに乗って火葬場に移動した。
銀色の台車に載せられた、真っ白なお棺。それが押されて、ゆっくりと火葬炉に入っていく。
僕は最後に見たおじいちゃん――お棺についている小さい窓から見た、たくさんの花や手紙に囲まれ、眠っているような穏やかな顔のおじいちゃん――を思い出しながらそれを見送った。
おじいちゃんが焼かれている間、僕達は別室で食事を摂ることになった。
別室に集まったみんなは最初は静かだったけれど、そのうち誰からともなくぽつぽつおじいちゃんとの思い出話を話し始めた。そうして、最後には賑やかとはいかないまでもなんとなく元気な雰囲気になっていた。
1時間ほどして、火葬が終わったので骨上げをすることになった。
そこへきて、急に緊張が湧き始めた。
人間の骨を見るのなんて初めてだ。ご飯の時によく見る魚の骨なんかとは訳が違うに違いない。もっと白くて、太くて、硬くて、大きくて。そして、怖いのだろう。
どうしよう。お箸で拾う勇気なんて出ないかもしれない。悲鳴を上げてしまうかもしれない。
何より、あのおじいちゃんがそんな風になったのを目にしたら、心の奥の方の悲しみが一気に噴き出して、泣き出してしまうかもしれない。
でも僕がそんなんだったら、おじいちゃんが安心して天国に行けないかもしれない。怖くても我慢しないと。
そうだ、僕、魚の骨やフライドチキンの骨、恐竜の化石なんかは怖いと思ったことがないじゃないか。好きなアニメにだって骸骨のキャラが出てくるけど、あいつだって別に怖くない。だからきっと大丈夫だ。大丈夫。
火葬炉へ向かいながらも、火葬炉に着いてからも、心の中で不安をごまかし続けた。
ガラガラガラガラ
台車が引き出される音、むわっとした熱気、焦げた匂い…… 大丈夫、怖がらずにおじいちゃんを拾ってあげるんだ。
意を決して、顔を上げた。
そこにはおじいちゃんの全身の骨が標本みたいにきれいに並べられているんだと…… 思っていた。
違った。おじいちゃんの骨だけじゃなかった。
小型犬みたいな骨、猫みたいな骨、鳩みたいな骨、雀みたいな骨、蛇みたいな骨、鼠みたいな骨、それこそよく食べる魚の骨みたいなやつまで。
30ほどの、それぞれ別の種類の生物だと思われる、炭化したように真っ黒な骨たち。それが、おじいちゃんの全身に覆い被さって。
あるものはおじいちゃんの骨に噛みつき、あるものは前足でしがみつき、あるものはつつき、あるものは巻き付いて。
さらに、一番上、おじいちゃんの頭があるはずの箇所。
何もなかった。ただ台車の少しくすんだような銀色が、鈍く光っているだけだった。
黒い骨たちは無言だった。けれどどんな暴言よりも明確な悪意が、視覚から乱暴に僕の中に侵入してきた。
しばらくの間、誰も何も言えず呆然と立ち尽くした。
けれどやがて、誰かがお箸で黒い鶏のような骨に触れた。それは簡単にさらさら崩れて、灰になった。
それが合図になったかのように、骨上げが開始された。
みんなで黒い骨を崩しながら、おじいちゃんの骨を拾い、骨壷に収めていった。
僕もおじいちゃんを拾った。少し硬くて、とても軽かった。やっぱりちょっと悲しかった。
そうして、骨上げは終わった。
黒い骨たちについても、おじいちゃんの頭蓋骨が無かったことについても、誰も何も言わなかった。
あれから10年が経った。
みんなは今でも時々、おじいちゃんの思い出話をする。でも、黒い骨たちとおじいちゃんの頭部については、誰も話題にしない。僕も、一度も口にしたことはない。
あれがどんな意味を持つ現象なのだとしても、僕はおじいちゃんを嫌いになれない。それは、みんな同じなんだと思う。
だけど、お盆の時期がやって来る度に心配にはなる。
おじいちゃんは頭がなくて、色々な動物にまとわりつかれて、そんな状態で本当に毎年この世に帰って来られているのだろうか、と。
遺った骨 PURIN @PURIN1125
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます