第14話
息を切らせて店内に駆け込んできた順也は、腰を押さえるように呼吸を整えている。
じわじわと入り口から、カウンターまで近づいてくる。
気がつけば、先ほどまで流れていたジャズの音も聞こえなくなっていて、張り詰めた静寂が店内を支配していた。
「殴られておかしくなったの? どこ行ってたの?」
「ちょっと、こっちに来てくれないか。ここに立ってほしい」
「なんか変なの……ここでいい?」
順也は、にこりと珠希に微笑みかける。
「――立花珠希さんっ!」
順也が名前を呼ぶのと同時に、スポットライトが珠希を照らした。
マスターに振り返って事情を探ろうにも、ただ
「は、はい……?」
「八年前から、一生を過ごすならあなたしかいないと決めていました。今さらですが、俺と結婚を前提に、もう一度お付き合いしてくださいっ!」
小ぶりな向日葵が小さく編み込まれたブーケを差し出しながら、順也が大きな声で告白をする。
二〇一九年七月七日、午後十一時四十三分――。
立花珠希は、誕生日終了十七分前に花束を受け取った。
*
礼服姿の友人知人に囲まれて、小さな向日葵をあしらったブーケが宙を舞った。
そのブーケを掴みそこねた由美子は、悔しそうに大声をあげる。
花束を受け取った女性がガッツポーズをするとアナウンスが流れた。
『それでは、お席の方にお戻りください――』
ざわざわと大人たちは、結婚式の儀式が終わったことに安堵している。
「プロポーズまで済んでるのに、まだ結婚できないとはね……。もうすぐ一年経っちゃうじゃんっ!」
真っ白な式場のテーブルに座り直した珠希は、由美子と同様にブーケを掴みそこねたことと、自分たちの境遇についての愚痴を溢した。
「相手がいるだけマシよ。元サヤもそんなに悪くないでしょ?」
ため息混じりに諭す親友に、掛ける言葉が見つからない。
静香の結婚式は、同窓会のように盛り上がっている。
大勢の人たちが静香たちを祝福して幸せいっぱい、誰もが羨む結婚式だ。
会場も広々としていて、料理や引き出物も充実しているようだった。
「それで? 結婚式、いつにするか決めたの?」
由美子が興味深そうに訊ねた。
「まだまだ。あいつ、”告白するために散財した”って言っててさぁ……。二人でコツコツ結婚式の費用貯めてる真っ最中」
あの後、幸いにも順也の怪我が悪化することもなく、平凡な時間が過ぎていった。
彼の婚約者として過ごすのは恥ずかしくもあるが、昔よりも踏み込んだ関係になれて笑顔が増えたのは幸せだった。
今でも言い合うことはある。
そのたびに、嘘をついて居なくなった昔話を持ち出すことにしている。
彼は、その話を持ち出されると弱いらしく、言い返すことを辞めるのだ。
あと二十年くらいは、この話で説き伏せることができそうだった。
バースデーパーティーでの帰り道。
電話で事情を説明したとき、由美子の「やっとかぁ」という言葉に、何も知らなかったのは自分だけだったんだ、と改めて気付かされた。
由美子が順也を見つめていたのも、順也との間に何かがあったからではなかった。
邪推して勝手に嫉妬していたことを、親友は見抜いていたようだ。
*
静香の結婚式は、滞りなく終わった。
迎えに来た順也と合流し、食事をして帰ることにした。
「お前、もうすぐ誕生日じゃん。何が欲しい?」
優しく微笑む彼に、珠希はふふんと笑みを浮かべて答えた。
「――お前って言うな! うーん……去年よりも綺麗な花束がいいな」
今年は、彦星と一緒のバースデーパーティーになることだろう。
バースデーには花束を 秋村 @asarishigure
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