花火と同じ距離

花火と同じ距離

 こんなに近くに居るのに、どうして遠いのだろう。

 有希と僕とは、遠くで光る花火と同じ距離――――。


 夏の花火を観るのは、毎年恒例のことだった。幼馴染の僕と有希は、約束なんてしなくても毎年一緒に花火を観てきた。少しばかり広い家のベランダで、手摺にもたれ掛かり二人で花火を観てきたんだ。

 だけど、今年は――――。

「ねぇ、達哉。今年の花火だけど」

 話を切り出しながら、有希はうちのリビングで僕の母親が作ったアイスクリームを美味しそうに口へと運ぶ。同じように僕も、冷たいアイスをスプーンですくい口に入れた。硝子の器はほんのり水色がかっていて、それだけで涼しそうだ。

 その器から顔を上げた僕は、目の前に座る有希を見た。

 有希は、早くも食べ終わったアイスに満足そうな顔をし、頬杖をついた姿勢で僕を見ていた。

「今年の花火はさ――――」

 有希の話す最初の言葉を聞いただけで、心がずんと重くなる。

 だって有希には、ここ一ヶ月ほど仲良くしている奴がいたから。休み時間なんかには、いつもそいつと一緒に楽しそうにしているのを、僕はただ指をくわえて見ていた。

 だからてっきりこの話が出た時、今年の花火はキャンセルなのだろうと暗い気持ちで構えていたんだ。

「始まる前に、ベランダにテーブル広げて、達哉のママが作ったアイスを食べながら観ようよ」

「え……?」

 はしゃぐようにして話す有希の言葉が巧く飲み込めなくて、僕の目は点になった。

 アイツは? 仲良くしているアイツと一緒に観に行かなくていいのか?

 そうは思っても、それを口にすることは出来ない。なぜなら、僕は臆病だから。現実を突きつけられるのが怖いんだ。

 家のベランダから観る花火は、周りに高い建物がないおかげで少し小さいけれどよく見えた。家から花火を打ち上げている河原までの距離は遠くて、パッと光ってからいつも三秒ほど数えてドンッと音が届く。三秒のその時間は、まるで僕と有希との距離を表しているみたいだった。

 夏で空気中の温度が高いとはいえ、八百や九百メートルはあるだろう。

 凄く近いわけでも、凄く遠いわけでもない微妙な距離間。僕は有希との事を、ずっとこの花火のようだと思っていた。

 有希は、手を伸ばせばいつだって触れられる距離にいる。可愛らしい笑顔だって、度々僕へと向けられる。けど、有希が僕の事をどう想っているのかは、僕は少しもわからない。

 音になって、言葉になって僕には届かない。

 時々、夏の花火の音よりも何秒もかかって、やっと聞こえるか聞こえないか位の音が届くだけ。

 例えば。

 達哉が傍にいてよかったとか。

 達哉といると楽しいとか。

 達哉がいないと困るとか……。

 普通に考えれば、告白じみたその言葉の数々は、だけど、一年に一度か二度聞くくらいのレア物だった。

 たったその一、二度の飛び上がるほどに嬉しい言葉を聞いた後は、またすぐ元のように戻ってしまう。

 そう、ただの幼馴染というやつに。


 花火大会当日。有希は、自分で言った通り、陽の落ちる随分前から僕の家にやって来て、有希のお父さんが買ってくれたという、折りたたみの椅子とテーブルを僕に運ばせた。折りたたみの椅子とテーブルはキャンプ用の物で、手軽なわりにしっかりとした造りの物だった。

 母さんは、有希のために前日から張り切ってアイスクリームを作り。自分たちのためには、たくさんの缶ビールを買い込み、それに合うつまみを作っている。大人は大人で、リビングに四人集まり騒ぐのが毎年恒例となっていた。

 ベランダは、テーブルと椅子を運び込むと移動するスペースが残るくらいになった。

 花火が始まるまでの間、僕はリビングのソファに座り一人でテレビを見ていた。有希は、キッチンで僕の母親と有希のママと一緒になってつまみの準備をしている。僕は、時々ソファに座ったままキッチンを振り返り、有希の笑顔を盗み見た。

 向日葵のような、僕の大好きな笑顔を。


 陽も落ち、あとは上がる花火を待つだけとなった。

雰囲気が大事と有希は一旦自宅に戻ると、今年新しく買ったという浴衣に着替えて僕の前にもう一度現れた。襟足や後れ毛があまりに色っぽくて、僕の心臓は祭りの太鼓のように騒がしくなった。

 高校に入ってからの有希は、断然大人っぽくなっていた。考え事をして俯いている横顔なんて、愁いを帯びたどこかの女優並に綺麗だった。でも、よく見せる子供っぽい笑い顔とがいいギャップになり、その表情の変化に僕の心はいつもやられっぱなしだった。

 母さんが冷やしておいてくれたラムネ二本を手に持ち、ベランダへ行く。有希はパタパタと団扇を動かし、僕が差し出したラムネを受け取った。

「もう直ぐ始まるね」

 待ち遠しいといった顔で、ラムネを口に含む。炭酸に顔をしかめ、足をバタバタとさせている小さな子供のような仕草が、大人びた感じとはまた違い可愛らしい。

 今年もこうして一緒に花火を観られるとは、本当に思っていなかった。今も、ここにこうして一緒にいることが不思議なくらいだ。

 有希はあの仲良くしていた奴と一緒に、今日の花火を観なくてもいいのだろうか。それとも、少し離れた町でやる花火を、一緒に観に行く約束でもしているのだろうか。

 有希を見ながらそんな風に考えていると、僕の視線に気付き首をかしげている。その仕草がまるで仔猫のようで、ぎゅっと抱きしめたくなった。

 そんな事は、できるはずもないのだけれど。

 少しして、夜空に光の花が咲いた。

「綺麗」

 有希は、嬉しそうに、それでいてうっとりとした目で花火を観ている。その約三秒後、ドンッと花火の音が届いた。

 音が伝わる速さは、一秒間に三百四十メートルだ。でも、夏の高い気温できっともう少し速いだろう。

 次の花火がすぐ光る。僕は、音が届く時間を計る。

 いち……、にい……、さん。

 音は、やっぱり三秒かかってここへ届いた。

 やっぱり、九百メートルといったところだろうか。僕と有希との距離もそのくらいかな。

 いや、実際はもっと遠い気もする。

 毎年恒例だから、有希は仕方なく僕とこうして花火を観ているだけなのかもしれない。学校で一緒のアイツに、本当は誘われていたのかもしれない。

 僕よりも、きっとずっと近い距離のそいつに……。

 母親が持ってきてくれたアイスを食べながら、次々と上がる花火を観ていた。花火の光を観ているうちに、僕の頭は余計な想像を膨らませていく。浴衣を着た有希が、アイツと一緒に花火を観ているところだ。

 こんな離れたベランダからじゃなくて、河原に行って二人で高く上がる花火を見上げながら手を繋いでいる姿や、楽しそうに互いの顔や目を見つめあう二人の姿。

 そんなことを想像した途端、気持ちがどうしようもなくなった。そんなのイヤだと、いつもはずっと奥に隠れている強気な僕が顔を出す。

 花火を見つめ続ける有希の横顔。光る花びらと遅れて届く音。一キロに満たない花火の距離。

 僕と有希との距離。

 その距離を、僕はずっと縮めたかった。

「ゆきっ」

 上ずった声が大きくなる。

 急に叫ばれた事に、有希が驚いた顔で僕を見ている。

「僕は、有希のことが好きだからっ」

 少しの間をおくこともなく、有希が笑って応えた。

「私も、達哉だけが好きだよ」

 呆気なく返ってきた答えに、学校で仲良くしていた奴との関係だとか。想像した二人の仲のいい姿だとか。

 そんな事は、どうでもよくなった。

 確かなのは、僕だけが好きと言った有希の言葉だ。

 それと、花火よりも綺麗な有希の笑顔と、僕への答えが一秒もかからずに返ってきたこと。

 僕と有希との距離は、花火よりずっとずっと近い距離――――。

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