家康にタメ口で啖呵を切る学者

天空の城として一躍有名になった竹田城だが、川霧がない時はただの山の上の石垣である。
「八つ墓村」と失礼な愛称をつけていた親族の家に向かう途中、この竹田城址の近くを通っていた。
わたしの関心は現地で待っている但馬牛のステーキや出石そばの方であり、城址には何の興味も当時なく、今のように注目を浴びる前は知る人ぞ知る史跡だったと想う。


関西弁まるだしの儒学者、藤原惺窩がはるか年上の徳川家康にその関西弁でタメ口のまま啖呵を切るのが見どころだ。
硬質な美学を織り込んだ筆ではこばれる歴史小説のなかで、なぜか藤原惺窩のみが少年漫画のような生き生きとしたキャラを立てているのだが、これは「鵺(ぬえ)」という架空の生物と藤原惺窩の対峙を物語に織り込むにあたって無理のない効果を上げた。
その鵺の両眼は、不言色(いわぬいろ)をしている。
不言色とは、少し赤みがかった黄色のことだ。

お前は何を云おうとしてるんや……。

作中にはないが、藤原惺窩は闇の中に浮かぶその不言色に何度も問いかけてきたことだろう。
強いライトに卵を透かした時に浮かぶような色。日輪に血が混じる厭わしい色なのだ。


小説の主軸となるのはその藤原惺窩と、赤松広秀。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と同時期に生きた彼らの側から戦国時代が描かれる。
『獅子王』という大層な名のついた太刀を代々所有してきた赤松広秀が、あの天空の城、在りし日の竹田城の城主だ。

赤松広秀は石田三成率いる西軍に加わり、関ヶ原の後は、徳川家康率いる東軍にいた亀井茲矩の求めに応じて鳥取城攻めに加担する。
この罪を問われて家康から死を命じられた赤松広秀は罪人として果て、汚名を後世に残す。
小雪の舞う中、赤松広秀は寺で切腹をするのだが、脇腹に突き立てるために広秀が掴んだ無銘の刃には鋭きほどに鮮やかな夏空のまぼろしが浮かぶ。
それは幼い頃に広秀が父と見上げていた播磨の龍野の空。
彼の最後の城となった山城の夏。
竹田城の青空であったろう。


友である赤松の死後、藤原惺窩は徳川家康を江戸に訪れ、因縁の太刀『獅子王』を家康に押し付ける。
この太刀にくっついとる鵺が不言色の眼玉でお前のやることをこれから見とるからな。
乱れることのない太平の世。
辞世の句すら遺すことを赦されなかった赤松広秀と、征夷大将軍徳川家康が、生臭き戦の荒海の向こうに夢みた新しき国は同一のものだった。


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