食べ終わったら「ごちそうさまでした」と言いましょう。
休日のその日、
タラの芽やわらび、つくしなどがぎっしりつまった袋片手に、夜道を歩きながら浮かれていた。
天ぷらにしましょうか。冷蔵庫に保管してある「親子丼」の残りのお肉も一緒に。あと、炊き込みご飯なんかもいいですよね、想像するだけで心が踊ります。
それは、あまりに唐突だった。
一瞬、上から降りてきた横に細長く、夜闇の中でも目立つ白い何かが視界に入った。それを認識すると同時に、首を後ろに引っ張られる感覚がして、夕食のメニューでいっぱいだった頭が意思とは無関係に上を向いた。
訳のわからないまま暗い夜空を見上げていたら、ぎしぎしぎしっ…… という微かな音とともに、首の肉を全方向から中央の骨へ向けて力強く押し縮められる。
自身の息が、荒くなっていく。背後からは、別の荒い息遣いが聞こえる。
後ろから何者かに首を絞められている。首の太さが半分くらいになったのではないかというあたりで、やっと気付いた。
数週間前まで巻いていたマフラーよりも荒っぽい肌触り、さっき視界を横切ったのはタオルだったのですね。
痛い痛い、痛いです。口を開けているのに息ができない、入っていきません。見える風景が白んできました……
両手は知らぬ間に首のタオルに伸びていて、胃加物の思考に無断で必死に全指を蠢かせていた。胃加物自身の首に多数の引っかき傷をつけながら、タオルを外そうと、本能のままに虚しく抗っていた。
逃げなければと焦る一方で、山菜を入れた袋を落としてしまった、後で必ず拾わなければ、という思いも強かった。
顔が、熱くなっていきます。肺が、空っぽになっていきます。苦しいです、呼吸ができない。
嫌です。殺されたくありません。わたくしにはまだまだ食べたいものがたくさんあるのです。嫌です嫌です、止めてください……
一切緩むことのない後ろからの攻撃。もう意識も朧気。それでも、何も食べられなくなるのが嫌で、止めることなく無力な抵抗を続けていて。
そんな中で、胃加物の耳は背後からのその音を捕らえた。
ぐきゅるるる~
間の抜けた音。胃加物自身の腹からもよく発生する音。生きていると、生きたいと、訴えるための音。
消えかけの意識で、それでも直感した。
同じなのですね。わたくしと。
食べたいのですね。わたくしを。
全ての命は平等に尊い。わたくしの命も、全ての命と平等に尊い。
ならば。
わたくしの命も、他の全ての命同様に、食べていい命。
わたくしの命は特別なんかではありません。わたくしが食べてきた命と同じ価値です。
わたくしだけが捕食される運命から逃れていい理由はありません。
なにせ、わたくしの命は豚の命と平等に尊いのですから!
首元にやっていた腕を、だらりと垂れ下げた。とどめだと言わんばかりに、一層強くなる首を絞める力。
食べていただける。なんて喜ばしいことでしょう。
どんな命も食材だと考える方がわたくし以外にもいらっしゃったのですね。命の大切さを分かっていただけていて嬉しいです。
殺されるのならば徹底的に反逆しますが、食べていただけるのならば大歓迎です。わたくしの命は消えずに、捕食者の方の一部となって生き続けることができるのですから。
わたくしの尊い命が他の尊い命を生かす。こんな素敵なことはありません。
ああ、生まれてきて良かったです。
ああけれど、せっかく取ってきた山菜を食べられませんね。捕食者の方が後で拾って一緒に食べてくださるといいんですがね。でなければ山菜を無意味に殺したことになってしまいます。
それに家の冷蔵庫にも食べかけの食材がまだまだあるんですよね。わたくしが食べられた後、他の誰かが食べてくださるのでしょうか? もしそうでなければあの命に申し訳ないです。
と言いますか、この道、確かに人通りは少ない方ですが皆無というわけではありませんので目撃されてしまわないでしょうか。それに、殺すのに結構時間がかかっている気がするので、味が落ちてしまわないかも心配です。
もう下半身の感覚がないので分かりませんが、きっと今排泄物も垂れ流しになってしまっているのではないでしょうか? そうしたら衛生的にも問題ですし、死体を運ぶ際にも気付かれやすくなってしまうでしょうし……
きっと初心者なのでしょうねえ、この方……
誰かに気付かれて異端扱いされるなんてことなく、残さず美味しく食べていただきたいのですが、大丈夫なのでしょうか……
ですが、信じましょう。初めて出会えた同士ですから。
刻々と、目前に闇が迫りくる。僅かな不安と破裂しそうに大きな歓喜を抱えた胃加物は、あっさりそれに意識を委ねた。
胃加物絵糸の優雅な食生活 PURIN @PURIN1125
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