呪鎖石
「あまり気を張るな、アリューシャ。ここにはアリューシャの他に四人も戦える人間がいるからな」
「ありがとうございます、レイ様。でも……」
アリューシャは簡易なベッドの上で二人の魔術師から治療を受けている女の子を見る。賊との戦闘時、ヴェアが治療し終えた時は少しは顔色が良かった彼女も、今はまた具合が悪そうに汗をかき、呼吸も荒くなっている。賊が去った後、突如、様態が悪化したのである。彼女の命の火が消えないように、二人の魔術師が奮闘していた。
※※
「ジョルジュア国の魔導兵団長……?」
「確かあの国って結構前に謎の軍隊に襲われて、滅びたって聞きましたけど……」
アリューシャとリードは眼前の男に不信の目を向ける。対して男は真っ直な目で五人を見ていた。レイはその目を見て、嘘は言っていないと感じた。
「それで、そのジョルジュア国の魔導兵団長がどうして盗賊団に?ということも聞きたいが……」
レイが次の問いを述べる前に、ハサから言葉が返って来た。
「なぜ、君達の前に立ったか?だろ」
レイはへぇ……と呟く。本来であれば敵である彼らの前に立つということは、問答無用で斬殺される可能性もある。そして、この男はそれがわからない人間では無いという事もレイは感じていた。レイが再び問いかける前に、今度はハサが先に口を開いた。
「その前に彼女は無事か?」
『彼女?この女の子の事か?それなら先程の治療で良くなったと思うが……』
とアリューシャは抱きかかえている女の子の顔を見て、驚愕する。
「なっ?!ヴェア殿!女の子の様子が!!」
ヴェア達四人が女の子に目を向けると、治療をする前と同じ、今はそれ以上に顔色が悪くなっていた。彼女は息も荒く、顔から生気の色が抜けていっていた。
「どうして!?さっきまで良くなっていたのに!」
アリューシャは助かると思っていた命がこの短い間に一気に危機的状況に変化し、激しく動揺していた。原因不明の症状の悪化にレイとリードの表情も強張る。
「貴方なら何か知っているって事かな?」
ヴェアが後ろのハサに質問する。ハサは静かに答えた。
「……こんな事言える立場でも無く、信用して貰えないのも承知しているが頼みがある。この先、賊達を欺く為の結界を貼った小屋がある。そこで気を失っている残り九人は皆、私の元部下だ。彼らを小屋の護衛にし、私とそこのフードの青年で彼女の治療がしたい。頼む。この通りだ……」
ハサはその場で頭を地面につけて懇願した。ただの賊が自分を殺すかもしれない人間に、ましてや、他人の為に簡単には出来る行動では無い。とヴェア達は思った。
その様子を見て、ヴェア達はハサが用意した山間の奥地にある小さな小屋に女の子の治療のため身を潜めることを決めた。
※※
小屋でヴェアとハサによる治療と解呪が行わている中、ハサは彼女を苦しめている原因をヴェア達に教えた。それは彼女の体内にある『石』だった。その石にはある『呪い』が付与されていた。
この術は対象に付与された場合、通常は『
「なるほど、対象の人間に付与するとどうしても使用する際に呪術印が残る。でもそれじゃあ、商品として価値が下がる訳か……」
横で女の子に治癒術をかけながらヴェアが考察を述べる。先程の治療で彼がハッキリと『大丈夫』と答えられなかった違和感。それはこの娘に呪術がまだ付与されていたからだった。そのためヴェアは最低限の応急処置を施し、落ち着いた場所で改めて本格的な治療を行おうと考えていた。そして、その機会はハサの提案により安全な場所で早急に行う事ができた。
さらに、その治療にはハサも同席し、こちらは呪術の解除を行なっているため、彼女は致命傷になる前に処置を受けることができたのである。
「あぁ、そのためボスは私達、魔術師にある魔法石を作成させた。それがこの『
ハサは説明を続けながらも解術に集中している為、額に汗を浮かべ、終始険しい表情で魔術を行使していた。ヴェアには、先ほどの賊のように人の命を軽視する人間では無く、本気でこの娘を救おうとしている……。そう見えた。
「奴らは商品に傷がつくという理由から、呪鎖石を奴隷に飲み込ませていた。これなら、その体に呪術刻印は残らない。呪術鎖の効果もこうして時が来れば発動する。万が一魔石が体内から出ても、大した労力をかけずに再度生産できるので、また飲み込ませれば良い。特に手間もなく、価値も下がらず、しかも沢山の『商品』を管理できる訳だ……」
ハサの話は外道極まりない内容だった。
今、目の前でこの娘を救おうとしている男がこの呪鎖石を作った……。どの顔が彼の本性なのかわからないが、その呪いの石を作って多くの子供達を苦しめた。というその事実だけで、アリューシャにとっては憤慨するには十分な内容だった。
「ふざけるな!どんな理由があるにせよ、貴様達、魔術師が作ったその石で多くの子供達が苦しめられたのだぞ!わかっているのか?!」
アリューシャが怒りの感情に任せ、ハサを糾弾する。ハサはそれを黙って聞いていた。彼女の怒声が続く。
「それでも、元魔導兵団の団長か?堕ちた貴様にはもう名乗る資格すらないぞ!この外道!!」
レイが激昂するアリューシャを宥める。彼女の気持ちはレイもわかっていた。それでも、宥めたのは今は女の子の治療が最優先だと理解しているからだ。リードも内心は同じ魔術師として殴り飛ばしたい気持ちはあったが、主人が我慢している姿を見て拳を強く固めて堪えていた。
外道と罵られたハサは集中力を切らさず、解術を続けながら言う。
「私が死した後、地の底で永劫に苦しめられるのは当然だ。自分の行っている事が、元魔導兵団長として泥を塗る行為なのも十分に理解している。しかし、君達に正直に素性やその行いを明かさなければこの子を一時でも預けて貰えないと思い伝えた。故に君達の前にいるのはジョルジュア国の魔導兵団長ではない。まともな死に方など出来ない……、ただの畜生だ」
なッ?!とアリューシャは驚く。見知らぬ女騎士にここまで罵倒されても、彼は表情変える事無く治療を続け、更に自分の行いの愚かさを認めたからである。
「貴公らが望むのであればこの子の解術が終わって、その安全が確認できたのであれば、私の首を刎ねて貰って結構だ。君達の手を汚すのが嫌なら、自害しても構わない」
その声には虚偽による震えや言葉の発音に変化は無かった。それはつまり、彼はこの子の解呪が終わった後は本当に死んでも構わない。と本気で言っている証であった。
「ただ、今だけはこの子の安全の為に堪えて欲しい。どうか解呪だけでもさせてくれ」
激昂していたアリューシャは何も言えなくなっていた。彼の口から、反抗や言い訳を垂れ流すのであれば、容赦無く断罪の言葉をぶつけてやろうと彼女は思っていた。
しかし、その口から出てきたのはそんな自己保身のものでは無く、この女の子だけは救って欲しい、用が済んだら罪を裁いて、自分を殺しても良い。というまさに『団長』という肩書に相応しい人物だった。
『本当にこいつは、ただの……外道なのか?』
アリューシャは真実がわからなくなってきていた。
しかし、その様子を見ていた、彼女の主人はハサに意外な言葉を投げた。
「……うん。思った通り。貴方、性根は悪人じゃ無いだろ?」
レイのこの言葉を聞いて、ハサの指先が少し動いた。アリューシャはレイの発言に驚き、リードは『またこの人は……』と少し笑った。レイが言葉を続ける。
「ハサさんの言動から人を見ると……どう考えても自ら進んで盗賊団に入るタイプじゃない。恐らく、家族あるいは部下の家族が住んでいる村が盗賊団に知られて、従わないと村を潰されるとか脅されてんたんじゃないのか?」
ハサは肯定もしなければ否定もしなかった。ただ、何となくレイの目を見ることは彼にはできず、解呪に集中して目を背けるしかなかった
「俺もちょっと前まではアリューシャと同じ気持ちだった。この子の治療が終わったら、アリューシャの代わりに俺がぶん殴ってやると思ってたくらいだ。でも、今は違う。ハサさんのその子を救いたいって言う気持ちと行動は本物だ。だから、その子をしばらく預けようと思ったし、解呪も任せた。で貴方は俺の期待通り、嘘偽りを話すことなく、今も懸命にその子の治療をしてくれている。だから、この治療が終わったら俺は、……ハサさんがそうなってしまった理由を知りたい」
レイは真っ直ぐハサを見て自分の意見を伝える。どの言葉も先程のハサと同じく嘘偽りの気配は無かった。彼は本心で敵だったハサを頼り、そして、対話して、その理由を知りたいと思った。
「まぁでも、アリューシャ。俺はこう思う。元魔導兵団長で正義感も強い。そんな人間がいくら脅されていたからと言って、ただ素直に呪鎖石を作り続けてボスに従っていたとは思えない。アンタはきっと、そうだなぁ……、例えば、奴らの目を盗んで、何か仕掛けを施し、あいつらの計画を色々邪魔している!!と見た!どう、違うか?」
レイは自信満々に笑いながら言った。その様子を見てアリューシャは片手で頭を抑え、リードは肩をすくめてやれやれと少し笑う。彼の言動で先ほどまで殺気立っていた小屋の中の雰囲気が軽くなる。
ヴェアもその様子を見て微笑む。同時に先ほどまでの賊との戦闘技術、そして、レイの判断力と人を見る目に興味を持ち始めた。
『この人凄いな……。さっき逃走劇も見ていたけど武術の腕も立つだけじゃなくて、この人を見る才能。レイさんが考えるハサさんの人格は非常に的を得ている。二人の臣下も彼を信頼しているのを見ると、いい領主なのは間違いないけど……ただ、一領主。こんな人材が全く噂されないのは、ちょっと違和感を感じるが……』
ヴェアがレイに興味を抱いている時、ハサもレイという人物に、惹かれていた。
ハサはレイ達の前に姿を現した時、そのまま斬殺されるものだと思っていた。しかし、レイは女の子のためハサを一時は不問するだけでなく、治療を任せ、そして、最後には、自身と対話をしたいとまで言ってくれた。ハサにはっきりと悪人では無いと自分の気持ちを伝えたうえで。
『――人の優しさなど、もう私には触れることができないものだと思っていた』
その事実が間違っていたと気づいた時、ハサは目頭が熱くなるのを感じ、解呪でかざしていた両腕を上げ、目元を隠した。その様子を見たヴェアはレイからハサの顔が見えない位置に体を動かした。リードも二人の行動に気づいたが、レイとアリューシャに話しかけ、気がそちらにいかない様に配慮した。
「……すまない。本当に感謝する」
小さな、とても小さなハサの謝罪と感謝の声をヴェアは確かに聞いた。
彼の顔の真下に、数滴、温かな水が落ちていた。
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