残酷な二択とレイの答え
ヴェアとハサの治療の甲斐もあり、女の子は顔色が良くなり、すぅすぅと寝息を立て眠っていた。小屋の中にはレイ達三人と付近の警戒から帰ってきたロアが彼女を見守っていた。
ハサは治療を終えたら、レイ達に『首はどうする?』と問いかけたが、レイは『いらん!』と言って彼の提案を突っぱねた。ハサはそれを聞くと付近の警戒をしてくると言って外に出て行った。
「ふう、何とか修羅場、更に山場は越えたな。なっ?アリューシャ言っただろ?今日の俺は何かツイてる気がするって」
レイが笑いながらアリューシャに言う。
「ここまで危機に遭遇しながら全員無事なんて本当に奇跡ですね……。レイ様の無駄な幸運にもたまには感謝しないと……」
「本当、人を振り回しておいて何だかんだ上手く行くからタチが悪いですよねー」
二人に嫌味を言われ、なにおぅ!とレイが返す。このやり取りが普段から行われていると感じたロアはその微笑ましさに和んだ。
「こういう言い方が正しいのかわからないけど、レイさん達はあまり主従関係を感じ無いね。えっと、確認だけどレイさんは一領主様……なんだよね?」
ロアの質問に、レイが答える。その声は明るかった。
「あぁ。こんな也でも一応は領主をやってる人間さ。まぁ、俺は普段からあんまり偉そうにしないし、特にこの二人はずっと子供頃から一緒だった家族みたいなものだからなぁ……。二人は気を使って敬語で話してくれているけど、俺は呼び捨てとかでも良いのに……」
「ダメです!」 「ダメですねー」
二人が口を揃えて言う。レイはやれやれと肩をすくめる。本当に兄妹の様に見えた三人を見てロアは懐かしい気持ちになった。
「……良かった。君達を助けられて。そのやり取りがこれからも続けて貰えると思うと戦った甲斐があったよ」
彼は微笑みながら言う。その目があまりにも真っ直ぐだったので、三人は何故か気恥ずかしくなってしまった。
「そ、そう言えば、ヴェア殿はどこに?あれだけの魔術を行使したのであればあの人こそ休息をとるべきだと思いますよ?」
アリューシャが少し顔を赤くしながら言う。ロアは小屋の外を見ながら返答した。
「彼は外に行ったよ。たぶん、今はハサさんと……話をしていると思う」
彼女はそれを聞いて少し戸惑った。まだハサを完全に信用した訳では無いからだった。そして、申し訳なさそうにレイに言う。
「レイ様、申し訳ございません。その、私はまだ完全には……、彼を信用できません。この子に対してあんな非道な術をかけた人を許せないから……」
「それで良いと思う。むしろ俺はアリューシャのそう言う正義感の強い所は領主として誇りに思う」
レイの突然の褒め言葉に彼女の顔がボッと赤くなる。リードがそれを見てニヤニヤしていると、彼女に空の剣の鞘で頭をポカンと打たれた。レイは窓の外を見ながら、言葉を紡いだ。
「俺だってこの子にした事を考えると腹が立つ。でも、敵である俺達に頭を下げてまで、彼女を助けたいと言い、自分の素性・悪事を嘘偽りなく話すハサさんを、俺はどうしても根っからの極悪人とは……思えなかった」
彼は一度、女の子の方を見て、そして、アリューシャを見て言った。
「なぁ、アリューシャ。意地悪な質問するが、例えばこの子と俺が同時に瀕死の重傷を負った時、どっちを優先して助ける?」
アリューシャはえっ!?と驚いた後、答えに詰まる。彼女の真面目な性格ならそんな事、すぐには判断出来ないと知っての質問だった。
「……ごめんな、そうなるよな。でも、そう言う質問と同じような状況にハサさんもなって、彼は『身内』を選んだ。それを単純に罪と俺は罵れなかった。俺にも大切な家族や部下、領民がいるからな……」
かつて領主になる前に父に言われた事をレイは思い出す。
『領民を守る為に、何か大事な物を捨てなければならない時がお前にもくる。その時、自分が後悔しない決断をしろ』
懐かしい気持ちと少し寂しい気持ち。父の事を思い出すと彼はいつもこんな気持ちになっていた。そして、その質問をされた時、散々悩んで次の日に出した答え。
思い出して、レイはふっと笑う。
「でも、さっきも言ったけどそう言う決断が迫られても、彼は黙って悪事を見過ごす人間じゃ無いと思う。だからこそヴェアさんは彼と話をしに行った。だろ?ロアさん?」
ロアは、そうだね。と答えた。そして、ここまで彼の言葉を黙って聞いていたロアも、ヴェアと同じく、この赤髪の青年に興味を持ち始めていた。
『ヴェアの言った通り、不思議な魅力がある青年だ。ドライア領……か。これは訪ねてみる価値はありそうだ』
ロアもレイ達と色々な事を話たかったが、先ほどの賊が、何の抵抗も無く去って行った事に不信感を抱いていた為、夜の近づくこの時間に気を抜くわけにはいかなかった。彼の親友もその不信感を拭い去る為、外に出て行ったのだから。
「ま、今日はいろいろあって疲れた。この子の体調を考えると今日はここに一泊して、明日ドライアに向かおう。だから、これ以上は余計な事を考えるのはやめ!もう寝ようか」
と言って彼は床に寝転んだ。アリューシャとリードも仕方なくそれに習ってそれぞれ楽な体制になる。ロアだけは三人を見守った後、椅子に座って窓の外を眺めていた。床に横になり、休息の体制になったアリューシャがふと気になって、レイに問う。
「そういえば、レイ様はどうなさるのですか?例えば、女の子と、わた……じゃなくて!家族や大切な恋人が同じように危機に陥ったら……」
クスリと笑った後、レイは彼女の問いに答え、そして、思い出す。かつて自分が父と同じ質問され、悩みに悩み抜いて、次の日泣きながら、しかしハッキリと自分の答えを伝えた。それを聞いた彼の父は大笑いしながら、さすが俺の倅だ!と抱き上げてくれた時の事を――
「俺はどちらを選んでも必ず後悔する。後悔するのが嫌だから、どんな絶望的な状況でも両方必ず救う。俺の中で大切なものを捨てるという決断はこれからもしない」
幼い頃、父の前で語った誓い。それは幸いにも今日のような日でも守れていた。それは運もあるが、彼がその誓いを貫くために並々ならぬ努力をしてきたという事は紛れもない事実だった。ロアはその答えを聞いて、微笑む。一方、レイは少し言うのを躊躇ったが、恥ずかしそうに言葉を続けた。
「……その中にはリードとアリューシャも入っているからな」
リードとアリューシャはそれを聞いて、ふふっ。と笑う。
「……ズル。でもまー」
「……えぇ、レイ様らしい」
小屋の窓から綺麗な月が見えた。
※
「静かな夜ですね。昼間の慌ただしさが嘘みたいだ」
ヴェアは小屋から少し離れた崖の上に立つ人物に声をかける。彼がいるその場所はこの辺り一帯を眺められる唯一の場所だった。ハサはここから近隣の村、街道の様子を眺めていた。ハサもまた賊の去り方に違和感を抱いている一人だった。
「良い青年達だ。彼らがあの子を助けてくれて本当に良かった」
ハサは景色を眺めながら後ろのヴェアに言葉を返す。先程まで張り詰めていた彼の周りの空気は少し軽くなっていた。
ヴェアは彼の横に並び、同じように周囲を確認する。山間に広がる森林が見えて、街道にも灯りは無い。静かな夜そのものだった。
少しの沈黙の後、ヴェアがハサに問いかけた。
「ねぇ、ハサさん。何で賊に入ったの?」
簡単に答えられない質問であることもヴェアは理解していたが、あえて問いかけた。ハサが躊躇うと彼は思ったが、
「君は本当に怖いものが無いのだな」
ふっ……とハサが笑う。堅物な印象を持つ彼だったがこんな風に笑う姿が見られて、ヴェアは少し安心した。
「部下の家族の住んでいる村が人質に取られている」
レイ殿の読みは当たっていたのだよ。と彼は言葉続けた。
やはり……とヴェアは思った。ハサの様な人が賊に加入しなければならない理由としては充分であり、それが責任感のある上官なら尚更納得の良く訳だった。
しかし、ヴェアに疑問が残った。ハサの魔術の腕は『元』とはいえ、第五階位『花』。それだけの腕を持っていれば、村が人質に取られていても抵抗できると思うが……と彼が思っていた時
「なぜ、抵抗しなかったか。だろ?」
ハサはヴェアの疑問を言い当てた。その目は森の方を見つつもどこか遠い所を見ていた。
「そうだな、どこから話した方が良いか。……いや、貴公に隠し事は無駄だな。全て話そう」
彼は少し考えた後、言葉を続けた。
「私の住んでいた国。ジョルジュア国を滅ぼしたのは『巨大な悪意』だ……」
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