赤髪の主君はツイてる
金髪の女騎士は馬上で考える。どうすれば、この三人、いや、最悪二人を逃す事が出来るかを。
こうなったきっかけを作ったのは自分だ。仲間を呼ぶ笛を鳴らされる前に賊達を切り伏せられなかった。自分の技量不足が原因でここまで追い詰められているのだ。……未熟。剣の鍛錬を怠っていたことは無いが、肝心な時に成果が出せねばその意味は無い。この方を守る為に、強くなると誓ったのにこのザマだ。
『もし、賊達の魔の手が届くようなら……この身を犠牲にしてでも――』
「アリューシャだけ犠牲になって俺達を逃すとか無しだ。絶対認めない」
なっ!?唸った後、彼に名を呼ばれた金髪の女騎士『アリューシャ』は慌てる。手元が狂い馬術が少し乱れる。
「だいたい、仲間を呼ぶ笛に気づけなかったのは俺だし、リードも魔力の節約せずに火力の高いものぶっ放していればもう少し早く撤退できただろ」
「あっ、気付きました?でも、魔術師にとって魔力の枯渇は死に直結しますから、そう考えると俺のやった事は間違って無いですよ」
時と場合によるだろ……と彼は言いかけたが、馬上で無駄口を叩くと舌を噛むので、呆れた表情で返す。『リード』と呼ばれた魔術師もそれを理解しつつ、にやけた顔を崩さない。
まったく、こんな時でも変わらない奴だ。 アリューシャの責任感強い所分けて貰いたい。 逆にアリューシャは自分で気負い過ぎだ……と彼は思う。
「という事だ。俺にも責任があるし、リードにも非はある。だから――」
彼は蹄の音が鳴り響く中でも、彼女に聞こえるように通る声ではっきりと伝えた。
「アリューシャの努力が足りないから、こんなに追い詰められている。とか絶対に考えるな。アリューシャが剣に対して人生を懸けてきたことは俺が一番良く知っている」
「……こんな時にその台詞はズルいと思います」
彼女は俯く。目頭が熱くなり、顔が赤くなる。
どうしてこの人は普段ふざけているのに自分が本当に苦しい時は頼りなる存在になるのだろう。本当にズルい……。そんな貴方だからこそ私は守りたいのに、貴方の側を離れるが怖いとも思ってしまう。
彼女は馬上で様々な思考に押しつぶされそうになっていた。
「まぁ、何だ。ちょっと真面目に言い過ぎたけど、要するにここを乗り切った後に俺を涙目で抱きしめてくれても良いぞ!」
「……本当にレイ様はこんな時でも変わらないですね」
『レイ』と呼ばれた赤髪の青年は笑顔になる。
『あぁ、この人がこうやって笑ってくれるから、私はどんな時でも希望が見出せるのだろう』
彼女は涙目のまま微笑んだ。
「あのー、お熱い所悪いですが……結構厳しい状況なのは忘れないで下さい」
「なっ!?そんなふしだらなことはしていない!」
彼女が慌てて否定するのを笑いながらも、レイは現実から目を背けたりはしなかった。彼は前を見据えながら、ここから生き残る方法を考えていた。そして、その結果、ここを乗り切るためには三つの問題点があると彼は考えた。
まず、敵の数。いくら彼らが強くても数で押されれば、力尽きる可能性も出てくる。
次に賊の中にいる魔術師達。今は力を抑えているようだが、それが本気で襲ってきた場合、突破の難易度がぐっと上がる。しかも、賊と違って魔術師の方は腕利きが何人か混じっている事に彼は気づいていた。そして、それがリードだけでは、抑えるのが難しいということも。
そして、最後。レイはアリューシャの腕の中で気を失っている女の子に視線を移す。
『この娘を守りながら戦うのは、クソッ!悔しいが少し難し――』
「レイ様、姿勢を低くして下さい!!」
リードの叫び声が彼を思考の中から現実に引き戻す。それと同時にレイは瞬時に身を低くする。彼の頭上で火の玉が通り過ぎて、前方で爆ぜた。
「あっぶね……」
「すいません。防ぎ損ねました」
リードに先ほど様なふざけた様子は無い。それほど危機的状況に追い詰められたのか…。レイは冷や汗を一滴かく。いよいよ逃走から迎撃に切り替えなければならないか?と彼が思った、その時だった。
「リード、後ろだ!」
続いて、レイの声が飛ぶ。先ほどよりも大きな火の玉が彼ら目掛けて飛んでくる。チッ、と舌打ちをし、リードは掌を火の玉の方向に向けるが少し遅い。威力を殺しきれなかった火の玉はそのまま、彼に直撃し爆ぜる。
「リードォ!!」
レイは叫んだ。火の威力はさっきの比では無く、直撃を食らって平気だとは考えにくいものだった。レイの手綱を持つ力が強くなる。彼が心配して、駆け寄ろうとしたその時、爆炎の中から緑の丸い物体が飛び出す。それは地面に勢いよく落ちた。
「だー、あっちぃ」
リードは生きていた。レイは緊迫した顔を少し緩める。
「すいません。馬はやられました。二人……いや、三人ですね。俺が時間を稼ぐので逃げて貰って良いですか?」
リードはいつも通りふざけた口調で言う。しかし、表情はいつになく真剣だった。彼のいう事は正しかった。領主を守るのか臣下の務め。レイが『普通の領主』であればそれが一番良い方法なのは間違い無い。しかし、
「残念だけど、俺は普通の考えを持つ領主じゃ無い」
彼は手綱を操り、馬頭を盗賊団の方に向ける。それに続き、アリューシャも馬頭を後ろに向ける。
「ちょっと、俺の話聞いていました?俺が時間を稼ぐから逃げ――」
「アリューシャの時も言っただろ?誰か犠牲になって逃げる方法は鼻から俺には無い」
レイは笑う。こんな時でも彼は笑った。その表情を見て、リードは深いため息をつく。
「わかりました。でも、せめてドライア領の戦術担当としての仕事はさせて下さい。レイ様とアリューシャは前列で賊の撃退をお願いします。俺は魔術師の攻撃を止めます」
「わかった。頼む」
二人は馬上から降り、女の子をリードに預けた。彼女は戦いの場から一番離れた所にいた方が良いと考えたからだ。馬上から降りた二人は剣を抜いた。追ってきた賊達は馬足を止め、彼らに対峙する形で並ぶ。崖の中腹にある街道で二つの陣営が出来上がる。賊達はこれから彼らを蹂躙する姿を想像し顔が嫌らしくにやける。その表情を見てアリューシャは嫌気がさした。
「一人、十五人。行けるか?」
レイが問う。その一言で彼女の不安と怒りの波がそっと穏やかになり冷静になった。
「大丈夫です。私一人で二十人片付けるので、レイ様は魔術師十人お願いします」
「はっ、頼もしい騎士だ」
軽口を叩く様な状況でない事は彼女が一番理解しているはずなのに……と彼は思った。賊達が敗北した男と女に対する待遇は異なる。男は『死』で片付くが、女は『尊厳』も奪われる事もある。そして、対峙する賊は無情にも『尊厳』も奪う方だと一目で彼らは気づいてしまった。だから、例え困難な状況でも絶対に負ける訳にはいかない。そう思ったレイは彼女を勇気づける為に告げた。
「アリューシャ、大丈夫だ。これは俺の感だが……」
賊の一人が何か叫んでいるが、罵詈雑言の類なのでアリューシャは聞き流している。そして、彼女がこの世界で最も忠義を尽くすべき人の言葉に耳を傾ける。
「ブッ殺せ!!」
賊の一人が大声を上げ、賊達は一斉に駆け出してきた。禿頭の男が装飾の多い片手剣を振り回しながらこちらに向かってくる。先陣を務める賊だ。それでも、彼女の意識は横の主君に向いている。
「今日の俺は凄くツイてると占術師の婆さんが言っていた。だから、この危機も乗り越えられる筈だ!」
……もう。と彼女は思った。こんな時でもふざけているのは私を勇気づける為だろう。相変わらず誤魔化す事が下手な人だ。
だからこそ。この人の為にも私は倒れる訳にはいかない!
禿頭の賊とレイ達の距離が少しずつ近くなり、二人が必ず生き残ると誓い剣を強く握った時―
ドォォォォォォン!
と彼らの陣形の真ん中に黒い何かが空から降ってきた。その降ってきた場所に砂埃が巻き起こり煙幕の様になる。
そこにいた全員が目を見開き、何が起きたのか思考を巡らせようとした時
ヴォン!
と何かが空気を割った様な音がし、次の瞬間
「ッガ!!」
賊の間の抜けた声が聞こえたと思ったら、禿頭の男は崖の壁に叩きつけられて気を失っていた。そこにいた全員、何が起きたのか全く分からなかった。
砂埃が薄くなり、人の姿が見える。そこに立っていたのは右手に剣を持っていた、黒いマントの少年だった。
それは先程、小高い丘から戦況を見ていたヴェアだった。
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