敗者への不平等条約

 レイ達は自分達が見ている光景が信じられなかった。まず、青髪の剣士。彼の戦いは華麗な舞踊を見ているようだった。


「なんで当たらねぇ!ゲェ!!」

「俺の剣が折れた!ッ、ぶぁ!!」

「クソ!死にやがれ!ッ、はゔぁ!」


 賊達の剣が空を切る度、青髪の剣士が剣の腹または拳で彼らに激痛を与えていく。それを受けた男達は痛みで奇妙な声をあげ、地に沈んでいく。ここまで美しい武術を見たのは、彼らは初めてだった。


「うん、憔悴して気を失っているけど怪我自体は重症じゃ無い。何とかなると、思う」

「本当ですか?!」


 アリューシャは心の底から安堵する。彼女は助けたこの娘の容態が弱っていく一方で、ずっと心配だった。しかし、ヴェアの治療を見て、彼女は心配が期待に切り替わった。

 素人目でもわかるほど、ヴェアの治癒魔術は高レベルの代物だった。癒しの術を重傷だと考えれそうなところに優先的に当て、更に解毒、麻痺解除等の術も併用して行う。彼は何の苦も無く行っているが、簡単に出来る事では無かった。さらに、それに加えて彼女、そして、彼らを驚愕させたのは


「って、また飛んで来ました。今度は三発!」


 ゴオォォォ!という大音と共に火球が五人目掛けて飛んでくる。そのサイズを見ただけでも直撃を受ければ、火傷どころでは済まないとわかる。しかし


「この娘、安全な場所に着いたら栄養を取らせて上げて、それと薬草の種類だけど……」


 ヴェアは振り向きもせずにアリューシャに説明を続ける。不安になる三人に対してヴェアは話を続ける。火球と彼らの距離が近くなった時――


 ドガァァン!!


 と火球が見えない壁にぶつかって大音量と共に爆ぜた。レイとリードはそれを見て呆然としている。


「でね。薬草だけど、暖かいお湯と一緒に飲んで貰って……」


 ヴェアは後ろで大爆発が起きているのをものともせず、説明を続けていた。


 魔術障壁プレベント――魔術の力で見えない壁を作り上げ、対象を魔術のみならずあらゆる衝撃から保護する術だ。障壁の硬度は詠唱時間と使用者の魔力の強さに依存する為、魔術師の能力の差が明白に出る術でもある。


 しかし、この世界の魔術は通常『詠唱→目標→行使』という手順で使用される。だが、三人の目の前で起きているのはこの手順を完全に無視してどの魔術も『行使』だけされていた。この信じられないような技術に名前があることをレイ達は知っていたが、実際に見るのはこれが初めてだった。


 無詠唱むえいしょう―『詠唱・目標』の過程を破棄し、魔術が組み上がった状態で行使する。魔術界の高等技術。これを行う事で発動まで時間差のある魔術行使を短縮して実行する事ができる。


 本来であれば、これをこんな風に簡単に行う事が出来る魔術師はほぼいない。また、出来たとしても簡単な小攻撃魔術に対して使用されることがほとんどである。そのため、先ほどのような威力の攻撃を防ぐ防壁を瞬時に出すことに加え、治癒魔術と併用して行使するなど、魔術師の前でこんな話をすれば爆笑されるほどありえない事だった。

 アリューシャは一回目の魔術障壁と治癒魔術の無詠唱による同時行使を見てから、ヴェアの話にずっと耳を傾けていて、間近で起きた出来事から目を背けた。現実逃避である。

 一方、レイは苦笑いをしながら、リードに問いかけた。


「リードは頑張ってあの火球を防ぐ魔術障壁、何分で行使できる?あと、参考程度に聞くけど、治癒魔術と併――」

「すごく頑張っても、最低五秒はかかります。でも、術名の短縮はできませんし、ましてや、治癒魔術との併用?それも無詠唱で?はははははっ!できるわけ無いでしょう!?」


 彼の今日一番気合の入った返答だ。もう半分ヤケクソなのだろう。それ程ヴェアのやっている事は奇跡に近い。更に


「あと、青髪の剣士の人にも援護魔法がかかっています。ぱっ見ただけでも防御力向上、魔術防御向上、威力向上、使用武具の強度強化……あっ、もう数えるのが面倒」


 ヴェアは合間を見てはロアに対しての魔法支援も行っていた。こちらも無詠唱だった。この場にいる誰よりもヴェアの魔導技術はズバ抜けていた。


「俺、魔術の鍛錬、結構頑張ってやっていますけど目の前の奇跡に心折れそうですわ……」


「俺もあんな武術目の前で見せられたら、剣術の訓練、毎日から週三位にサボりたくなるわー」


 ヴェアの話を聞くアリューシャもレイと似たような事を思ったが、本当に泣きそうになるので目を背ける事にした。


「……うん。とりあえず峠は越えたかな?あとは少し安静にさせて様子をみよう」


 治療を続けていたヴェアがフードの下から笑顔を見せ、立ち上がる。先程まで脂汗をかいて唸っていた女の子は顔色が良くなり、穏やかな顔で寝息を立て始めた。


「良かった……」


 アリューシャが泣きそうな顔とほっとした声で安堵する。その様子を見てヴェアはまた微笑んだ。そして、すぐに気持ちを切り替え、ロアの戦っている方に振り向き、叫ぶ。


「ロア、避けて!」

 

 その一言を聞いた瞬間、ロアは真上に飛ぶ。その高さは普通の人間が簡単に飛べる高さではなかった。賊達が宙に浮くロアに視線を移していると


「てめーら、何をやっている!避けろ!」


 ボスが叫ぶ。賊達が意識を空から下に戻すと、目の前には無数の雷球が向かって来ていた。


「ッえぁ!!」

「ギャァァ!」

「アガァ!」


 様々な叫び声を上げ、賊達に雷球が飛ぶ。もっともロアが賊の大半を地に沈めてしまっていたので、その多くは後ろの魔術師達に当たる。彼らも賊と同じ様に叫び声を上げ倒れていく。『スタン・パニッシュ』。雷球を対象に当て、意識を奪う魔術。これも無詠唱、更に複数同時に行使した為、敵の防御が間に合わなかった。


「これはなんの冗談だ……」


 ボスが力無く言う。たった二人の乱入者によって彼の部下は気を失った者、痛みを訴え地面に転がる者と散々な状況だった。無事な者は彼だけになってしまった。


「さて」


 ロアが残ったボスに告げる。その目は射殺す様に真っ直ぐとボスの目を見ていた。それを見ているだけでも、ボスは生きた心地がしなかった。彼が追って来た獲物にこんな目をする人間は今までいなかった。


「君一人を残したのは、理由がある。今日でこの団を解散して貰うためだ」


 なっ!?とボスが突然告げられた理不尽な提案に焦る。だが、驚くだけで、否定し反抗する気力は彼にはもう無かった。


「僕が今から言う条件をこの場にいる全員が守ってくれたら命の保証はする。しかし、できなかった場合、次は剣の腹では無く、刃で君達を斬る。言っている意味わかるよね?」


 ロアのそれは提案では無く脅しだった。その口から発せられる言葉には重みがあり


『団が解散されなければ皆殺しにする』


 と彼は本気で言っていた。その気迫は守られた側のレイ達三人にもわかった。この言葉の重圧の中で平然としていたのはヴェアただ一人だった。


「まず一つ。今後一切、人に対して危害を加える行動をしない。次に二つ。君達の行った行為に対して、被害者に対して贖罪をする。当然、相手が許してくれるまでだ。最後に三つめ。真っ当な職についてこの世界に少しでも貢献する事。以上だ。でも、その有り余った力を村の自警団とかで使うのであれば、場合によって一番は許可するよ。殺しは許さないけど。さぁ、返答を聞かせてくれ」


 賊相手に正気の提案では無かった。守られるはずが無い。レイは心底そう思った。しかし、その口から否定の言葉が出なかったのはロアの言葉が本気であることと、彼の剣を握る力が一切抜けていないからだろう。本気でこの人は約束を反故にしたら惨殺する気だろう。下を見ながらしばらく考えたボスはこう答えた。


「……わかった。飲もうその条件」


 彼は承諾した。この受け入れがたい理不尽な条件を。


 命を天秤にしているのだから、平気で頭を下げるのも仕方ないが……でも、このまま逃しても良いのか?とレイは思った。いっそここで俺があいつらを斬り伏せれば、団の解散はになる。なら……そう彼が考えていると


「大丈夫だよ」


 横からヴェアの声がした。相変わらずフードのせいで顔は詳しくわからないが、口元は微笑んでいた。それを見るとなぜか安心した。


「ロアも僕も何も考えずに彼らに条件を出している訳でも無いさ。それにあの中の大半はロクデナシでも、中には話がわかる人もいるかもしれないよ?」


 話がわかる人間?賊達に?ヴェアの言うことは俄かには信じがたい所もあったが、助けて貰った恩人を疑うのも悪いので、レイは剣に込める力を緩めた。

 それを感じたヴェアが「ありがとう」と小さく微笑みながら言った。ロアは降伏宣言をしたボスに向けて言う。


「交渉成立だね。なら、動ける人を起こして、撤退して貰って良いかな?その間はこちらも一切の危害を加えないから」


 そんな人間はほとんどいなかったが、ボスは意識がある者を無理矢理立たせて、気絶しているものを叩き起こす、あるいは引きずって馬に乗せて撤退の準備をした。


「……このままで良いのですかい?頭。」


 怪我が軽い賊がボスに問う。ボスはロアの方をチラリと見て、聞こえない事を確認し答えた。


「……黙っていろ。俺に考えがある。今は奴らに言うことを聞いて撤退を――」

「ねぇ」


 動ける賊達が声の方を向く。いつの間にか、ロアの横にいたヴェアが彼らに向けて問いかけていた。



「約束守ってよね。……反故にした場合。次は無いよ。」



 その声は暗く殺気立っていた。ヴェアもロアと同じ類、それに加えて表現しようのない不気味な重圧を放って脅迫していた。賊の男がボスに不安そうに問う。


「頭、ヤベーですって。アイツらマジですよ」

「黙っていろ。今は言うこと聞いて撤退するぞ」


 彼らはとにかく小さな声で会話し、その場を去ろうとしていた。しかし、何人か気を失った者を放置していたので、またヴェアから質問が飛ぶ。


「そこの魔術師さん達は良いの?」


「あぁ!?……そいつらは俺らの団の人間じゃねぇ。どうなろうと知るか」


 と冷たく言い放ち、賊達は去って行った。


 崖の中腹の街道には、五人と眠る少女、気を失った魔術師達が残っていた。

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