魔術師の正体

 魔術師のハサは自分の見ている光景が夢では無いかと思った。たった二人で救援に来た青年に三十人近くいる賊が壊滅させられているのだ。彼もここにいる限り戦闘に参加している振りをしなければならないので、魔術を行使していく。しかし、そのことごとくが打ち破られていく。


 『これなら……!あの人達なら私の願いも……!』


 そう思っていると彼の目の前に雷球が飛んで来た。それを受け彼の意識は遠のいていく。そして、今日の一日の事を思い出していた。



 ※※※



「おい。今日、あの村を襲うぞ」


「あぁ、わかった。いつものように、後方の支援を――」

「いや、今日はお前も前に出てもらう。準備しとけ」


 ニヤリとしながらそう言ったボスのこの一言で、ハサの悪夢のような一日は始まった。彼がこの団に加入して約三ヶ月。ハサは今もこの賊達が本当に人なのか疑っていた。それはこの団の行なっている悪事が通常の賊のものより、はるかに残虐だからだった。


 賊の多くは各国家の軍と衝突を避けるため、目立たないように悪事を行う。大半は旅の商人を襲い、金品を奪うくらいで場合によっては人も攫うが追手から逃走する時に邪魔になるので基本は連れ回したりしない。彼はこの程度の悪事なら自分の良心は痛むが、まだ耐える事ができ、場合によっては助けることもできる。ハサはそう思っていた。


 この団に加入するまでは……


 彼のいる賊達は、平和に過ごしている少人数の村を徹底的に調べ上げ、タイミングを見計らって襲撃し、財産を奪った後、村人を男と女そして子供にわけ、自分達にご褒美を与える。

 襲撃後の村でハサが見たご褒美は逃げ回る男や老人に矢や魔法を放ち、当てた者に酒や宝石を与え、その横で的になった男の妻や娘が蹂躙される。子供達はその光景を見せつけられた後、奴隷商人に売り払われる。

 人間がやるとは思えない行動にハサは何度も嘔吐した。そして、心の中で祈るように謝罪を繰り返した。


 なぜ、ここまで事をしておきながらこの悪魔達が滅ぼされないのか。

 それは彼らに資金を送る組織があるという事、そして、彼らと同じような悪事を繰り返し、規模を大きくしている賊同士で連携しているためだった。

 下手に軍隊を動かしても小規模では撃退され、だからと言って大規模で組んで討伐しても所詮、賊。利益よりも損害の方が増えるばかりで、他国との戦争で疲弊している正規軍には、もうそんな所に人を割く余裕は、無かった。そう言った理由からこの悪魔達の行いは消えること無く、今日まで続いた。そして、何時の間にかこの賊達の連合は簡単には潰せない規模まで膨れ上がっていた。

 いつからかこの連合は『巨大な悪意ギガントスパイト』と呼ばれ、その悪逆の被害は日に日に増加していき、その残虐性も増していった。


 村を襲って罪の無い人を殺し、金品を奪って、家を焼いて、そして、奴隷になりそうな人間を連れて行く。いつもは後方の支援や見回りにまわされていたハサだったが、遂に自分も直接悪事に手を染める時がきた。最悪な日になると彼は思っていた。


 しかし、思わぬ形で彼の予想は外れることになる。


 賊の計画は奴隷用に残しておいた一人の女の子を連れて行く際に、三人の勇士が女の子を助けた所から狂い始める。賊の救援の笛が聞こえ、別の村を襲撃予定だったハサが村に戻ってきた時には、三人の勇士は賊十人を戦闘不能にしていた。その後も高い戦闘力と抜群の判断力で賊の追撃を回避していた三人を見て、『これなら、あの子も……』とハサは希望を抱いたが、その願いは簡単には叶わなかった。


 賊の数、魔術師の存在、そして、女の子を守りながら戦うという状況。戦局は簡単には覆るものでは無かった。ハサ達も視野に入ってしまったのなら、いくら『救いたい……』という気持ちが強くても、追撃をしなければならない。ボスの怒声を受け、心の中で当たらないでくれと祈りながら、魔術を唱える。逃げる三人は奮戦していたが、それでも、無情にもその時は来てしまった。ハサの部下が放った火球が、遂に一人を捉えてしまった。


 火球を受けた一人が馬上から落ちて、それを見た二人は逃げずに馬から降りて剣を抜く。その勇ましい姿を見て、ハサはこの三人を逃がす事ができなかった自分の非力がただただ憎らしかった。賊達が街道に三人と対峙するように陣を構えて、ボスが舌舐めずりしながら言う。


「あの女騎士とガキは出来るだけ怪我させずに連れてこい。後は好きにしろ。女騎士は俺が手を出すまで味見厳禁だ」


 その言葉を聞いて、ハサは胃液が上に上ってくるような感覚に襲われた。そして、彼らの様な青年達すら慈悲を与えないこいつは本当に赤い血が通っているのか?と怒りの感情もこみ上げてきた。


「てめぇら、よくも俺たちの邪魔してくれたなぁ!簡単に死ねると思うなよ!」


 ボスの罵詈雑言が響く。ハサが三人の方に目を向けると、その眼に抵抗の意思が消えて無い事に気づく。


『何て人達だ……。私は、私にはもう、彼らのような勇気のある若者を救う力すら、無いのか……』


「ブッ殺せ!!」


 賊達は獲物狩るために駆け出した。ハサは心の中で祈った。


『この世界にもし、もしも神がいるなら……、お願いします!私はもう、犯した悪事が多すぎる故、助からなくても結構です。しかしどうか!どうか、あの三人の若者と女の子だけはお助け下さい!!』


 彼は知っていた。こんな願いが神に届かないの事を。今までもそうだったという事も。しかし、ずっとハサは祈り続けていた。いつか、奇跡が起きると信じて。


 ――そして、その日、奇跡は起きた。



 ※※※



「さて、これからどうする?」


 周囲の警戒は頭に置きつつも、レイは剣を鞘に収め、アリューシャとリードに尋ねた。


「ドライア領まではまだかかります。時間も夜になるので、このまま馬で駆けるか、どこかで休息をとるか悩む所ですね」

「そうですね。でも、俺の馬はここで弔うしかなさそうです……」


 リードが無念そうに告げた。それを見て、レイは彼にかける言葉を考える。


『リードの気持ちが暗くなるのも、無理は無いな……。この旅でアイツと苦楽を共にしてきた愛馬だ。それなのに、あんな最後でその命を散らす事になったんだからな……』


「骨か毛か遺せるものを持って帰って、あとは墓を作ってやろう……」

「……ありがとうございます」


 今の三人は決して、時間に余裕がある訳では無い。アリューシャはそう思ったが、もし、自分も同じ立場だったらそうしたい……。とも、思った。そのため、彼女は何も言わないことで、レイの提案に対する答えを返した。


「で、もう一つの問題は……」


 レイは街道の真ん中に立つ二人を見る。たった二人で賊を壊滅させた、空から降ってきた謎の戦士を。


「助けて貰ったことは感謝しかありません。しかし、あの信じられない強さと、賊への対応。状況だけ見ると……、こんな言葉で表現するのは無礼ですが『不気味』の一言です」


 リードの発言を失礼と思いつつも、アリューシャも少なからず似たような考えはあった。突然やってきて見返りの保証も無い旅人を、危険を犯してまで助けた二人の戦士。感謝の念はあるが、簡単に信用していいものか、彼女は決めかねていた。あまりにも、その強さの理由含めてわからないことが多すぎるからだ。


 しかし、そんな彼女にもはっきりとわかることが一つだけある。


 それは自分の横にいて、二人の恩人をニヤニヤしながら見る自分の主人の考えはだけは……、手に取るようにわかった。アリューシャはこの楽観的な性格に思わずため息が出た。……しかも、それが嫌いになれないから、タチが悪い。とも思った。

 レイは二人に向かって、嬉しそうに大声で礼を述べた。


「そこの戦士お二方!助けてくれて感謝する!ドライアの領主としてぜひ恩義に報いる礼がしたい!というより、俺個人も礼がしたいし話を聞きたい!受けてくれるか?」


 臣下二人に何の相談もなく、見知らぬ戦士二人を『領に迎え入れる』という提案。しかし、何となく彼がこう言うだろうと思っていた、アリューシャとリードはやれやれと肩をすくめる。声をかけられた二人は少し驚いていたが、すぐに笑顔で返答した。


「もちろんだ!僕たちも、君たちと話がしたい!!」


 ロアがはっきりとした声で返答する。それを受けたレイ達も笑顔になり、再び女の子を抱きかかえて、馬を引き、出発の身支度をし始めた。


「……いい人達だね」

「うん。大きな怪我も無いみたいで本当に良かった」


 ヴェア達のやっている事は、時に人に恐れられる事も多々あった。お礼目当てでやっている訳で無い。と彼らも思ってはいるが、それでもこうやって感謝の意をはっきりと示して貰えるのは嬉しかった。ヴェア達は嘘偽りなく、本当に彼らと話がしたいと思っていた。

 しかし、その前にヴェアにはもう一つ確かめたい事があった。


「……で、そこの魔術師さんはいつまで寝ている振りしているの?」


 ヴェアの後方で気絶していた筈の魔術師の手が少し動く。彼は静かに冷や汗をかいた。ロアもその気配にはずっと気づいていたので、剣から手を離していなかった。


 彼はこれ以上誤魔化すのは無意味だと判断し、よろけながら立ち上がった。

 

 ヴェア達の方へ向かっていたレイ達の足が止まり、レイとアリューシャは剣を抜いた。それを見たロアは二人に、大丈夫。と知らせるように手で制した。

 ヴェアは問いかけを続けた。


「賊のボスが言っていたけど、貴方達はもともと彼らの仲間じゃ無いそうだね?どこの誰か聞いても良いかな?」


 ヴェアの言葉は詰問だった。さっきのボスと違って敵意は無いが、その言動には重圧があった。並みの人間ならその気迫だけでも士気を削がれる。


 それでも、その魔術師はヴェアの方をまっすぐ見て答えた。


「名乗りが遅れてすまない。私の名前はハサ・ブラッカ。元第五階位『花』の魔術師であり――」


 ハサはこの後の言葉を述べるのを躊躇った。今の自分がこの言葉を名乗るのに相応しい人間ではないと……、そう思っていからだ。

 しかし、ハサは目の前の人物たちに、嘘はつきたくないと思い、言葉を紡いだ。


「今は亡き王国、ジョルジア国の魔導兵団の団長だった者だ……」

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