エピローグ

「確かに負けたような気分にはなるけどさ……」

「そ、そんなに取り乱さないでください。こっちまで恥ずかしくなります」


 居た堪れなさそうな様子で訴えてくる。だからなんでもいいから喋ろうとしたが、つい口から滑って出た内容は最悪のものだった。


「ごめん、その……は、初めてだったから」


 馬鹿正直にそう言ってしまい、すぐに後悔するが遅い。二十五歳にもなってキスすら未経験だったなんて典型的な毒男だからだ。


「えっ、そうなんですか? 意外でした」


 そう思われていたことの方が意外だった。エンジニアでヲタク趣味の人間は、恋愛に興味が薄かったり奥手だったりする人が多い。


「でも大丈夫です……わたしも、ですから」

「えっ? そうなの?」


 同じように聞き返すと、真冬だというのに希望ちゃんの頬がすぐに赤く染まっていく。

 今の質問は不躾で、紳士的ではなかったかもしれない。

 でも、それこそ意外だった。立派な大学に通い、社交的な性格だし容姿だって良い方なら、言い寄ってくる男は多いだろう。


「べ、別にいいじゃないですか! 未成年なんですから!」


 希望ちゃんは羞恥心を押さえ、絞り出すように主張してくる。

 そんなことを話している内に雨は止み、住んでいるマンションにまで帰り二人共部屋の玄関前に辿り着く。


「毎回だと惨めになっちゃうけど、たまになら執筆のことも教えてくださいね」

「うん、ありがとう」


 まだ書籍化していない結果を出していない物書きの話なんてつまらない。だからたまにでも話を聞いてくれるなら十分過ぎる。


「また遊びに行きましょう」

「それじゃ、また」


 言葉にはしないけれど「君ならいつかやりたいことが見つかるよ」と視線だけで投げ掛ける。するとニュアンスだけを受け取ってくれたのか、希望ちゃんは頷いてくれた。

 そしてお互いに玄関を開け、部屋の中に入る。

 まだ仕事納めではないけれど、悩み事も整理がついてスッキリとした年越しが過ごせそうだ。


 鞄を置いてコートを脱ぐと同時に、テレビの下に置いたBDレコーダーが動き出した。

 何の録画を始めたのか? 映画の録画だとすぐに思い出せたが、風呂にも入りたいため今は二時間続く番組を観る気にはなれなかった。


 代わりに外付けHDDに保存してある録り貯めしておいた深夜アニメのリストを見る。

 すでに十二月なのに一話すら観られていない作品が二つ。

 時間の都合でその両方を鑑賞することはできないが、一つなら年末までには消化できる。


 二つの内、以前から気になっていたライトノベルが原作の番組を選んで再生してみる。

 普段は脚本などを注意しながら観てしまうが、今はCMすら飛ばさず何も考えず眺めてみた。

 今流行りの異世界転生モノというジャンルの物語だ。キャラの名前は無く、勇者や神官といった記号でお互いを呼び合っているタイプの作品。

 十年前のアニメ作品とは比較にならないほど安定した作画はすごいが、没入感を得られない。

 良い意味でも悪い意味でも俺自身の舌が肥えてしまったから、よほど飛び抜けている良作でないと感動できない。


 でも中学生の頃の自分ならどうだろうか?

 部活や勉強を終えて、後は寝るだけだったあの時の少年なら、食い入るように観ているのではないだろうか?

 そう思い返すと、再生される映像に対して自分自身が少しずつ没入していく。作品を楽しみながら心が沸き踊っていく感覚が久しぶりで、嬉しかった。

 でも同時に悔しさもある。


「いつか辿り着いてみせる」


 常に心掛けている思いを珍しく呟いてみる。

 まだ服は濡れていて冷えているし、夕飯も済ませていない。

 そんなことも忘れて、俺はしばらくそのアニメを観続けていた。

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エリートヲタク! 伊瀬右京 @ukyou_ise

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