第二十七話 墓前に誓う

   

 翌朝。

 ピペタ・ピペトは王都守護騎士団の一員として、いつも通り、南部大隊の詰所へ足を踏み入れた。

「おお、ピペタ殿! 優勝おめでとう!」

「聞きましたぞ、圧勝だったそうですな!」

 剣術大会の結果は既に知れ渡っており、顔見知り程度の――特に親しいわけでもない――騎士たちが大勢、ピペタに声をかけてくる。

 その一つ一つに、

「ああ、ありがとう」

 と、気持ちの入っていない言葉を返しながら、ピペタは、周囲を見回して……。

 壁際に座る、金髪碧眼の女性と目が合った。

 ピペタの隊の小隊長、ローラ・クリスプスだ。

 彼女の方へとピペタが歩き出すと、声をかけてきた者たちは離れていく。小隊メンバーの集合、すなわち、業務スタートという認識なのだろう。

「おはようございます、ローラ隊長」

「おはよう、ピペタさん。今日は早いのね」

 別にピペタは、急いで来たわけではないのだが。

 まだ他の二人――カストーレ・ジェモーとエディポール・ジェモー――は来ておらず、少しの間、ピペタはローラと二人だけで話す形になった。

「聞きましたわ。ピペタさん、見事に優勝したのね! おめでとう!」

「ありがとうございます、ローラ隊長。応援していただいたおかげです」

 ピペタの返事は儀礼的なものだった。試合前日の社交辞令よりも、もっとあからさまなくらいに。

 ローラの顔に一瞬だけ影がよぎる。その気持ちを口にすることなく、彼女は代わりに、体を椅子ごとピペタの方に寄せた。

「ところで、ピペタさん……」

 周囲にチラッと視線をやってから、顔を近づけるローラ。いかにも「内緒話をします」と言わんばかりの態度だ。

「……昨夜、王城の行政府から人が来ましたわ。ピペタさんのことを聞きに」

「ほう。いったい何事ですかな?」

「剣術大会における戦いぶりが、少し問題になって……。『ピペタ・ピペトとは、いかなる人物であるか』という話題が持ち上がったそうですわ」

 ローラは小声で説明する。

 行政府では、優勝した王都守護騎士を近衛騎士に推挙するという話もあっただけに、ピペタの荒っぽい態度が議論の対象になったらしい。

「要するに、素行調査みたいなものですな。なるほど、ローラ隊長は私の直接の上司であり、私をよく知る人物だ。そういう話が出てくるのも、わかる気がします」

 さらに言えば、ローラのクリスプス伯爵家には、以前から王城の役人が訪れることもあった。その縁もあって、話を聞きに行きやすかったのだろう。

「ピペタさん、かなり荒々しい戦い方をしたのですって?」

「ああ、それは……。私自身、あまり覚えていないのですよ。心を無にして戦う、といった感じで……。体が勝手に剣を振るった、とでも言うべきでしょうか」

「体が勝手に……?」

 この辺の話は感覚的なものであり、ピペタ自身、口で説明できるものではないと思っていた。一流の剣士ならば何となく伝わるかもしれないが、ローラでは無理だろう。

「……難しそうね。まあ、いいわ。とにかく、そんなこんなで、王城では『優勝者ではなく準優勝の方を近衛騎士に』という意見も出ているみたいですわ」

 複雑そうな表情で告げるローラ。ロジーヌ・アルベルトの訴状は見ているだけに、この話の裏にクラトレス・ヴィグラム人事官の暗躍があることくらい、察しているのだろう。

 だからといってローラは、直接それを口に出したりはしなかった。今のピペタの前で、ロジーヌの名前を持ち出すのは、一種の地雷のようなもの……。そう認識していたローラは、代わりに、冗談めかして告げる。

「……でも、私としては嬉しいですわ。ピペタさんが近衛騎士にならずに、ローラ小隊に残ってくれた方が」

「安心してください、ローラ隊長。もしも『近衛騎士に』なんて話が来ても、私の方からお断りです」

「あら、そうですの? それはそれで、何だか少し、もったいないような……」

 そこまで口にしたところで、ローラはピペタから体を離す。今までピペタに向けられていた碧眼も、遠くを見るような目つきに変わっていた。

 彼女の視線の方向に、ピペタも振り返る。すると視界に入ったのは、こちらへ向かってくるジェモー兄弟の姿だった。

「ピペタさん、優勝おめでとうございます!」

「……優勝おめでとうございます!」

 朝の挨拶の代わりに、まず祝いの言葉を口にする双子。

 ピペタは、わずかに苦笑しながら、挨拶を返す。

「ああ、カストーレもエディポールも、おはよう」

「揃いましたわね。では、行きましょうか」

 ローラが椅子から立ち上がり、ピペタも、出口の方へ足を向けたのだが……。

 その時。

「みなさん、大変です!」

 部屋中に響くような大声で叫びながら、一人の若者が詰所に飛び込んできた。

 騎士団本部で伝令として働く騎士見習いだ。つまり、本部から何か急な指令が来たのだ。

「みなさん! 本日の見回りは中止です! 大至急、本部に集合してください!」

 その尋常ではない様子に、部屋のあちこちで、それぞれの小隊が騒ぎ始めていた。

 ピペタたちローラ小隊も、四人で顔を見合わせる。

「いったい何が起きたんでしょうね?」

「大隊全員を招集だなんて、只事ではないですが……」

 双子の言葉に対して、ローラが決然とした表情で告げる。

「今ここで考えたって、わかりませんわ。とにかく、行きましょう。行けばわかるでしょうから!」

「はい、ローラ隊長」

 ローラに呼応して、動き出す小隊メンバー。

 あえてピペタは、意見を口にしなかったが……。

 内心、ピペタだけは事情を察していた。おそらくダーヴィト・バウムガルトの屋敷から――その使用人たちから――、届け出があったのだろう、と。

 つまり、彼の屋敷でダーヴィトを含む四人が殺されたと、騎士団に連絡が入ったのだ。南部大隊の現役の小隊長が変死を遂げたのであれば、全員招集も当然の成り行きだ。そうピペタは納得していた。


――――――――――――


 数日後の夕方。

 仕事帰りにピペタは、クーメタリオ霊園公園に立ち寄っていた。

 花が咲き乱れる花壇でもなく、緑が広がる芝生広場でもなく、殉職した近衛騎士や王都守護騎士が葬られた墓地へと、ピペタは入っていく。そして足を止めた時、ピペタの目の前には、一つの墓標があった。

 灰色がかった白の十字架と、台座を兼ねたプレート。そこには「炎の狐と恐れられた剣士、ここに眠る」という一文が刻まれていた。

 じっと墓銘を見つめながら、ピペタは呟く。

「報告に参りましたぞ、ロジーヌ殿」


 この数日間、ピペタは王都守護騎士として、普通に働いてきたが……。

 ある意味、抜け殻のようなものだった。

 ローラやジェモー兄弟から見ても「心ここに在らず」とわかる状態だったが、誰も注意はしなかった。ローラたちは、時間が経てば元通りのピペタに戻ると信じていたからだ。

 しかし。

 肝心のピペタ自身は、とても「時が解決してくれる」とは思えなかった。

 相変わらずピペタの心の中には、騎士というものへの失望感が残っており、同時に、養父母への恩義も感じていた。だから簡単に騎士を辞めるわけにもいかず、その葛藤に答えは出ていなかった。

 つまり、基本的には、敵討かたきうちの前と変わっていなかったのだ。自らの手であだを討ったとはいえ、それで気持ちがスッキリするわけでもないのだから。

 もちろん「一つのケリがついた」という想いは、ピペタの中に存在している。だからこそ余計に「自分も早く答えを出さないといけない」とも思ってしまう。

 どっちつかずの気持ちのままズルズルと続けるのではなく、納得した上で王都守護騎士を続けていくのか。あるいは、思いきって辞めてしまうのか。早く心を決めなければ……。

 決心がついた時には、ロジーヌの墓前に報告するつもりだ。だが今日は、それとは別に知らせるべき話があって、足を運んだのだった。


「ロジーヌ殿。本日、ダーヴィト殺害事件の捜査中止が決まりました」

 ダーヴィト殺害事件。つまり、ピペタたちが屋敷に乗り込んで、ダーヴィト、ダミアン、クラトレス、ラピナムの四人を始末した一件だ。

 事情を知らぬ王都守護騎士団にしてみれば、現役の隊長が自らの屋敷で何者かに殺されたという認識であり、当然のように大騒ぎとなっていた。

 特にダーヴィトとクラトレスは、殺され方もすさまじい。「心臓を抜き取って殺す」という異常な手口で殺されていたのだから。

 ただし『異常な手口』ではあっても、騎士団としては、見覚えのある殺害方法だった。グローサ商店の近くで少し前に、同じく心臓を抜かれた死体が発見されているからだ。その事件では、死体の身元も不明のままだったが……。

 あの時「この死体の主こそ、最近頻発している押し込み強盗かもしれない」と言っていた連中は、殺され方の共通点から、今回も無責任な噂を持ち出していた。つまり「もしかするとダーヴィト隊長やクラトレス人事官は、強盗事件にも関わっていたのではないか」と。

 そして根拠の乏しい噂話の他にも、疑惑の種はあった。「そもそもクラトレス人事官はダーヴィト隊長の屋敷で何をしていたのか」という点だ。

 王都守護騎士団が調べると、屋敷の使用人たちの証言から、クラトレスが足繁く通っていたことが判明。さらに使用人たちは、現場に残された身元不明の死体――ダーヴィトでもダミアンでもクラトレスでもない上に顔も潰されている死体――に関しても、有益な情報を与えてくれた。クラトレスが用心棒のようにして連れ歩いていた男らしい、という話だった。

 こうなると、クラトレスが事件の鍵を握っている可能性が考えられ、捜査の矛先も彼に向けられる。そのタイミングで、行政府から「もう捜査は中止するように」という圧力がかかったのだった。


「さあ、ここからですぞ、ロジーヌ殿。『数日捜査しても何も出てこないのだから、これ以上騒々しくするのは良くない』とか『死者は安らかに、そっと眠らせてやれ』とか、そんな建前、誰も信じなかったのです」

 建前は建前に過ぎない。

 捜査チームだけではなく、噂好きの連中だけでもなく、王都守護騎士団の誰もが考えたのだった。「叩けば埃が出てくるような人物だったからこそ、クラトレス人事官を調べられるのは困るのだろう」と。つまり、かえって疑惑は深まったのだ。

 そして。

 こうなると、ロジーヌの話が活きてくる。

 彼女の死後に提出された告発状を知るのは一部の上役だけだが、生前のロジーヌが言って回っていた内容は、一般の王都守護騎士でも耳にしていたからだ。

 クラトレス人事官に怪しい動きがあるとか、ダーヴィト隊長がクラトレス人事官のために便宜を図っているとか。

 かつては「ダーヴィト隊長を追い落とすための、ロジーヌの出まかせ」と思われたそれらも、今回の不審死や上からの圧力と合わせて考慮すれば……。

「ロジーヌ殿の方が正しかったのではないか……。そうした意見が、現在の王都守護騎士団の中では、主流になりつつあるのです」

 彼女の墓前で口にしたことで、あらためて、その意味をピペタは思い知る。自分の瞳が潤んでくるのを、ピペタは感じていた。

 単純に「彼女の主張が通って嬉しい」という涙ではない。逆に「今さら掌を返すのか」という怒りや悔しさもある。

 しかし、それでも。

「これは、一つの勝利です」

 あえてピペタは、そう言い切るのだった。


「そうそう、勝利といえば……」

 今日ここに来た目的が、もう一つある。

 懐に手を入れて、ピペタが取り出したもの。それは……。

「ロジーヌ殿。これを、あなたに捧げたい」

 王都守護騎士団の剣術大会、その優勝メダルだ。

 決勝戦における素行などを理由に、結局、近衛騎士への推挙はナシとなった。それでも優勝が剥奪されたわけではなく、栄誉ある優勝メダルは、しっかりとピペタに授与されている。

 黄金のメダルには、首から下げられるように、紅白の紐が繋がれているのだが……。それをピペタは、自分の首ではなく、目の前の十字架にかけた。

「ロジーヌ殿。本来ならば、今回の優勝者は貴殿だ。おそらく私は、決勝でロジーヌ殿に負けていたであろう。だから、これは貴殿に与えられるべきだ」

 しんみりと告げるピペタ。だが、その余韻に浸ることは出来なかった。すぐ近くから、雰囲気をぶち壊す大声が上がったのだ。

「お供え物にするなんて、とんでもない! そんな貴重品を……」

 ゆっくりと振り返ると、いつのまにか、黒衣のゲルエイ・ドゥが背後に立っていた。目を丸くした彼女のかたわらでは、坊主頭のメンチンが苦笑いを浮かべている。

「いいのかい、ピペタ? 金メダルなんて、墓泥棒どもの恰好の的になるぞ」

「大丈夫、ここはクーメタリオ霊園公園だ。ここに墓泥棒は現れない」

 クーメタリオ霊園公園は、殉職した騎士たちが眠る場所。そこで盗みを働くなんて、普通の墓地以上に、バチ当たりな振る舞いだ。万一、そんな盗賊が出現したならば……。

「もしも盗まれた場合は、この私が責任をもって、地の果てまでも犯人を追いかけてやる。何しろ、ここの担当は私だからな」

 そう言い放ちながら、ピペタは内心で思ってしまう。そのためには王都守護騎士を続けなければならない、と。


「そうかい。そこまでピペタが言うなら、もう俺は何も言わねえ。それより……」

 メンチンは何か言いかけたが、自分で自分の言葉を遮った。

「……おっと、いけねえ。本題に入る前に、まずは俺たちも、墓参りさせてもらうぜ」

 いつものように黒い手袋グローブで両手を覆っているが、今日のメンチンは、茶色いネックレスのようなものを手にしていた。両手を擦り合わせてジャラジャラと音を立てた後、目を閉じて静かにするメンチン。

 おそらく黙祷のつもりなのだろうが……。ならば、あのネックレスもどきは何なのだろうか。

 ピペタが不思議に思っているうちに、黙祷は終わったらしい。メンチンは再び目を開けて、胸の前で合わせていた手もダラリと下げた。

 ピペタが何か尋ねるより早く、その視線に気づいたメンチンが説明する。

「これかい? これはジュズっていう道具だ」

「ジュズ……?」

「葬儀とか墓参りとかの時に持ち歩くらしい。東の大陸から伝わったもんだから、実際に使ってるやつは、俺も見たことがねえ」

「お前たち、東の大陸の関係者なのか……?」

 あらためてピペタは、メンチンとゲルエイを見比べるが……。

「この人もあたしも、普通に、この大陸の人間だよ」

 あっさりとゲルエイが否定する。

「そもそもジュズは、別の世界から東の大陸に持ち込まれたらしいよ。それであたしが興味を持ったら、このメンチンが、どっかから手に入れてきてくれたのさ」

「別の世界……?」

 一瞬ピペタは意味がわからなかったが、

「……ああ、勇者伝説の関係か」

 聞くまでもなく、自分で答えに辿り着いた。

 四人の勇者が協力して四大魔王を討ち滅ぼしたという、古い伝説。あくまでも伝説なので事実とは思えない逸話も混じっているのだが、ピペタから見て最も信じられない部分は、そもそも最初の前提。神々が別の世界から四人の勇者を召喚した、という点だった。

「そうか。お前は、あの伝説を信じているのか……」

「なんだい、ピペタ。可哀想な人を見るような目で、あたしを見るんじゃないよ」

「まあまあ、二人とも。ジュズのことなんて、どうでもいいじゃねえか。それより……」

 ゲルエイがムッとしたのを察して、メンチンが話題を変えようとする。

「なあ、ピペタ。あんた、彼女を愛してたんだろ?」

 そう言って、目の前の十字架を指し示すのだった。


「そんなわけあるか」

 反射的に、ピペタはそう答えていた。

 ロジーヌに対して特別な感情をいだいていたのは確かだが、それを愛とか恋とかの月並みな言葉で表現して欲しくはない。ピペタにとって、ロジーヌは「良き好敵手ライバル」だったのだ。あくまでも『炎狐えんこロジーヌ』だったのだ。

 他人からは恋心に見えていたのだとしても、いや、それが事実なのだとしても、ピペタは認めたくなかった。故人に惚れていたなんて、今さら自覚してどうする……。

 そんなピペタに対して、珍しく優しい口調で、ゲルエイが声をかける。

「友情だって、愛情の一種なんだけどねえ。広い意味では『愛してた』って言って構わないんだよ」

 だが、ピペタは何も言わない。

 少し黙ってから、ピペタは口を開く。

「……お前たち、そんな話をしに来たのか?」

「そんなわけあるかい」

 ピペタの言葉を笑い飛ばしてから、メンチンは、真面目な表情を見せた。

「なあ、ピペタ。俺たちと一緒に、復讐屋を始めないか?」


「復讐屋……? 一体それは何だ?」

 聞き返したピペタにメンチンが答えるより早く、ゲルエイが言葉を挟む。

「あたしは前からメンチンに言ってたんだよ。ちょっとあんたは傲慢なんじゃないか、ってね」

 ピペタは顔をしかめる。ゲルエイの発言はピペタの質問の答えになっておらず、むしろけむに巻かれている気分だった。

 メンチンが、ピペタの表情を見て苦笑する。

「そんな顔するなよ。ゲルエイが言ってるのは、俺の殺し屋としてのスタンスの話で……」

「ふん。王都守護騎士である私に、殺し屋のスタンスを説かれても困るぞ」

 その王都守護騎士を続けるかどうか迷っていたことなど棚に上げて、あえてピペタは、突き放した言い方をする。

「まあ、そう言わずに聞いてくれ。前にも言ったように、俺は悪党退治が専門の殺し屋だ。その意味では、俺だって社会に役立ってきたという自負があるんだが……」

「ほう。まるでダークヒーロー気取りだな」

「そうだよ、ピペタ。あたしが言いたいのも、そこなんだよ」

 ピペタの言葉に、自分の意見を重ねるゲルエイ。

「例えば今回の一件だと、ギルベルトとラピナムを始末したのは、グローサ商店の一人娘に頼まれたから。つまり、彼女の恨みを晴らすためだね。でもダーヴィトとクラトレスは違う。メンチンの勝手な判断だよ」

「おい、ゲルエイ。『勝手な判断』は酷いんじゃないか? お前だって同意しただろ、あいつらが許せねえ悪党だ、ってことには」

「混ぜっ返すんじゃないよ。どっちにしろ、依頼されてやった殺しじゃないのは同じさ。それに『そういうのは良くない』って、今回あんただって感じたんだろ?」

「まあ、そうだな。特に今回は、ピペタが女騎士のあだを討つところを、直接この目で見させてもらったからな……」

「私が……?」

 驚いたように言葉を挟むピペタ。『殺し屋のスタンス』なんて話に、自身の行動が関わるとは思えないのだが……。

「ああ、そうだ。今まで『恨みを晴らして欲しい』と頼まれても、その依頼人を現場に連れて行くことなんてなかったから……。いや『ピペタは依頼人じゃない』ってことは理解してる。でも相手を恨んでたって意味では、俺の依頼人と一緒だろ?」

「だからメンチンは感じたんだよ。やっぱり大事なのは『恨みを晴らしたい』という強い気持ちなんだ、って。もう自分勝手に『誰が悪人か』を決めたりせず、あくまでも依頼人の『恨みの気持ち』にのっとって、それだけで判断して、殺しを引き受けよう、って」

「強者に踏みにじられた弱者の恨みを晴らす……。そんな殺し屋になろうと決めたわけだ。復讐専門の殺し屋、つまり復讐屋だな」


 要するに。

 言い方を変えただけで、これからもメンチンは殺し屋を続けていくわけであり、その仲間にピペタを誘っているのだ。

 王都守護騎士であるならば、殺し屋の仲間入りを求められるなんて、噴飯ものの話のはずだが……。

 不思議と、ピペタは腹が立たなかった。

 それでも、一応は否定的な言葉を口にする。

「それが復讐屋だというなら、完全に違法な商売ではないか」

「当然、裏稼業さ。だから、あんたみたいなやつが仲間に必要なんだよ」

 ピペタの内心を見抜いたかのように、ゲルエイもピペタを誘う。

 なるほど、裏稼業を捕らえる側であるピペタが仲間になったら、メンチンやゲルエイにとって、色々と都合が良いのだろう。

「ゲルエイの言う通りだぜ。一度は騎士なんて辞めようと思ったあんたが、王都守護騎士というオモテの仕事を活かして、裏では弱者の恨みを晴らす……。いいと思わねえか?」

 痛いところを突かれたと思いつつ、ピペタは考えてしまう。

 この先、王都守護騎士を続けていくとしても、今回のように、騎士の騎士らしからぬ行動を目にする機会は、また出てくるだろう。

 それでも、王都守護騎士の立場を利用して、裏で弱者の味方を出来るのであれば……。

「なあ、ピペタ。あたしは思うんだけど、人間には誰しも二面性ってものがあるだろ? それなら、オモテでは王都守護騎士、裏では復讐屋。そういう二面性も、アリなんじゃないかねえ?」

 ゲルエイの言葉は、もはや蛇足だった。ピペタの心は、すでに決まっていたのだから。

「おい、メンチン。お前は先ほど『強者に踏みにじられた弱者の恨みを晴らす』と言ったな?」

「ああ、言ったぞ。それが復讐屋のポリシーだからな」

「よかろう! 弱き立場の者を助けるのは、それこそ騎士の務めだ! たとえ裏の世界の人間になろうとも!」

 一度は王都守護騎士に失望したからこそ。

 こういう特殊な形でなければ騎士を続けていけないし、逆に言えば、これで続けていける。

 そう。

 ピペタは今、はっきりと自分の意思で「王都守護騎士を続けていく」と結論を出せたのだ。

 ここ数日間の迷いが消え去って、少しすっきりとした気持ちで。

 ピペタは仲間の証として、メンチンとガッシリ握手をするのだった。


「それで、ゲルエイが言うのさ。俺たち復讐屋も、勇者伝説にあやかって四人組のチームを作らないか、って」

「あたしとメンチンとピペタと……。残りの一人に関しては、あたしに考えがあってね」

「それと、メンチンが呪文関連で古代言語を調べてた時に『復讐する者』って感じの単語を見つけたらしい。『ウルチシェンス・ドミヌス』っていうんだが、これを復讐屋のチーム名にしないか?」

 メンチンとゲルエイが、さらに細かい話を始めたようだが、もうピペタは聞いていなかった。ピペタにしてみれば『強者に踏みにじられた弱者の恨みを晴らす』という理念は大事だが、復讐屋の枠組みや仕組みは、どうでもいい些事に思えたのだ。

 それよりも。

 ピペタは、あらためてロジーヌの墓に向き直る。

 地方の交易都市から王都に出てきて、そこで命を落としたロジーヌ。剣士としては強かったが、王都守護騎士としては、立場的に『弱者』な部分もあったわけで……。

「あなたのような弱者は、おそらく、これからも生まれるだろう。だから、その恨みを晴らす人間も必要だろう」

 生前のロジーヌに対して、ピペタは『貴殿』『ロジーヌ殿』と呼びかけていた。『あなた』『ロジーヌ』という言い方ではなかった。

 しかし今、ピペタの言葉遣いは微妙に変化している。それを自覚することもなく、

「私は私の思う騎士として、この王都で弱者の味方として、これからも頑張っていくぞ、ロジーヌ」

 決意に満ちた表情を浮かべて。

 ピペタは、ロジーヌの墓前に誓うのだった。




(「私が愛した女騎士」完)

   

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私が愛した女騎士(『異世界裏稼業 ウルチシェンス・ドミヌス』外伝:エピソード0) 烏川 ハル @haru_karasugawa

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