恋も、笑いも、政治も、不思議さも全てが凝縮された作品

 本作『元酔紅線夢譚』は元の中期から末期を舞台に時に軽妙に、時に時代の不安をうまく描いている。主人公の雪花にとっての紅線(赤い糸)であるトクトアの兄と妹のような温かさ、ゆっくりと育む親愛の情は読者を魅了すること間違いない。特に39話でトクトアが上都へ行く時の一時的な雪花との別離のシーンは雪花視点ではコミカルで、トクトア視点ではセンチメンタルで面白い。こういう場合、男の方が感傷的である。こういう男女の掛け合いを楽しめるのも本作の特徴である。かと思うと、大ハーン位の争いなど、政治や軍事的なシリアスな場面も多く、そちらが好きな人にもおすすめである。
 また、紅線、探花、女官長の恋、開封奇想曲などとても美しい題目も楽しませてくれるだろう。
 本作のキャラクターでは個人的にバヤンをお勧めしたい。
元の時代、世祖フビライ(クビライ)の登極から恵宗トゴン・テムルの崩御まで約百年
この小説の中心人物の一人であるバヤンは1307年吏部尚書、左遷の後、1326年河南行省の平章政事として再び政権の本流へ戻った後、大ハーン位の後継争いに主導的な役割を果たし、中書左丞相、浚寧王と人臣を極めた。その後はキングメーカーとして影響力を振るう。
 暴虐で傲岸不遜の塊のような男だが、基本的には物語の狂言回しとしてコミカルに物語を進行してくれる。とはいえ、時々匂わせる不穏な感じもたまらなく魅力的である。

 大元ウルスにおける絶頂期から衰退期にかかるこの時期は、モンゴル人、バヤン率いるイラン系軍閥、高麗・漢人勢力などが複雑に時代を彩っていく。紅巾の乱がおこり大元が崩壊していくことになるが、その散る前の徒花に似た美しさと明るさがこの小説にはある。

その他のおすすめレビュー

夏頼さんの他のおすすめレビュー217