苺になれないチキン

岩清水かほ

きっと次は目を輝かせながら苺を選ぶのね

 チキンのパイを選んだ。客室乗務員がにこやかに伝えてくる早口の英語がわからなくて、辛うじて聞き取れたチキンしか選択肢がなかったのだ。左隣からも同じものを頼む声、でもあなたはちゃんとわかってて選んでる。


 「チキンの他はなんだったの?」

 「野菜かストロベリー」


 ほら、やっぱり。苺の方がよかった。こういう時、私が苺が好きとわかってて、さらに英語が聞き取れていないこともわかってて、あなたはあえてチキンを選ぶ。苺にして交換してくれてもいいのではと思うけど、そんなおこがましい事提案できない。

 同じパイが2つ、それぞれの机に乗せられた。赤いポップな箱から中身を取り出して、去年ヒットした映画を写してる画面を見ながらかじりつく様を横目で見る。私も箱を開けながら、そっと気づかれないように。見つめることが許される関係であることはわかっているけど、なぜだかいけないことをしているような気になる。


 「んー、思ったほどじゃないな」


 その言葉に心臓が跳ねた。鼓動が今までにないくらいの音を立てる。


 「……え?」

 「え?だから、味」

 「え、あ、味のことね」

 「そりゃそうだろ、なんだと思ったの?」


 そんな、絶対に言えるわけない。言葉を濁してごまかすようにパイを口に運ぶ。


 「私は結構おいしいと思うけどなあ」

 「まじ?絶対苺の方がおいしいと思う。おまえ、チキンしか聞き取れなかったんだろ」

 「あ、やっぱりわかってたんだ」

 「まあなんとなく。あー、チキンの方がおいしいと思ったんだけどなあ、失敗した」


 また、心臓がひと跳ね。

 あなたはいつもそうなの。なにもかもきちんと自分で選ぶ。聞き返すこともせずチキンしか選べない私とは違って、ちゃんと選ぶの。そういうところが誇らしくて、眩しくて、かっこよくて。だから、そんなあなたに選んでもらえたことがなによりも幸せだと思う。ちゃんと選んでくれたんだって。

 でも、最近よく聞くようになった言葉。


 「苺にしておけばよかったな」


 ほら、また、それ。

 

 「最近よく後悔してるよね」

 「え、おれ?」

 「うん。この卒業旅行中も言ってた。やっぱり国内にすればよかったかなって」

 「あー確かに、最近自分の選択間違ってるかもなあ」


 まあ、大したことじゃないけど。って、じゃあ、あなたにとっての大したことってどういうこと?食べる物、見る映画のチョイスは「大したことない」カテゴリー。私にとってはあなたと一緒に食べる物、行く場所が重要事項だとしても。


 「大したことの選択は間違ってない?」

 「たとえば?」

 「んー、就職先とか、引っ越し先とか」


 私のこと、とか。って、言えたらいいのに。


 「そんなのわかんないだろ」

 「まあ、そうだよね」


 私を選んでくれたこと、大したこと、なのかな、それとも、


 「苺の方がおいしいかもって思ったらこれ食べ切れそうにないんだけど、おまえ食べれる?」

 「え、私も同じやつだし無理だよ」

 「だよな、まあ残せばいいか」


 え、お願い、それだけは。

 チキンパイも結構おいしいんだよ。そりゃあ苺の方がもっともっとおいしいかもしれないけど、それはもうわからないじゃない。

 でも、私はチキンしか選べなかったからその味だけしか知り得なかったけど、あなたは他のも選べたから、だから、苺が惜しくなったのかもしれないね。


 「もうちょっと食べてみたらおいしさに気づくかもよ、だからもうちょっと、ね?」

 「なんでだよ、もういいよ」

 「そう言わずに、ほら」

 「え、おまえなんでパイごときにそんなムキになってんの?」


 他の味が惜しくなっても食べきってくれるところが見たい、なんて、じゃないと不安だ、なんて。

 

 「……それもそうだね、ごめん」

 「いやまあ、別にいいけど」


 ねえお願い。おいしいなんて言わなくていいから食べきって。最初に選んだチキンを途中で放り出さないで。そうしてくれれば私は何も知らないふりができるの。あなたが心を向けている赤くて甘い苺のことも、甘くてかわいいあの子のことも。


 美人の客室乗務員がまた早口の英語を唱えながらパイの包み箱を下げていった。私の隣の机からは、半分ほど残ったものがカートの中に吸い込まれていく。それがまるで自分の近い将来を表しているようで、みぞおちがざわついた。

 そっと目線だけで左側を確認すると、パイのことなんてなかったかのように映画に食いついている様子が飛び込んでくる。

 膝にかけたブランケットを胸元まで手繰り寄せて目を閉じた。無理してでも私が食べ切ればよかったと後悔しながら。

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苺になれないチキン 岩清水かほ @khiwsmz

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