他人

 殺された馬場光一と美山リリコの間には、依然なんの接点も見当たらない。

 同じ街に住んではいたが、馬場光一が美山リリコのスナックに入り浸っていたという情報もない。

 真面目な性格の馬場光一は酒の席に行くことはほぼ無く、仕事が終わるといつもまっすぐに家に帰ってきていたという。


 美山リリコが営んでいたスナックは駅前の繁華街から離れた場所にあり、近所の年の近い常連客の溜まり場のような店だった。その常連客にも馬場光一の姿を見たことがある人物はいなかった。


 美山リリコの遺体は胸部と腹部を何箇所も刺されていた。店にやってきた常連客が発見した時間は夜の9時半過ぎ。すでに死後丸一日が経過していた。

 前日の豪雨の影響で、その日は彼女の店を訪れた客は一人もいなかったようだ。そのせいで遺体の発見が遅れてしまった。 


 常連客に何か変わったことはあったかと尋ねると「店のメニューに牛乳が増えた」とだけ答えが返ってきた。

 客の一人が美山リリコに理由を聞くと「最近、野良猫が店に来るようになった」と言っていたらしいが、殺人とは何も関係がなさそうな上、馬場光一との接点になる手掛かりでもなさそうだ。


 遺体の顔を見ても、美山リリコはアジアと欧米の血が上手く相まっている、「昔はさぞ美人だったのだろう」と伺える顔立ちをしていた。

 常連の客はほぼ毎日、店に顔を出していたそうだから、こんな外れにポツンとあるスナックでもやってはいけたのだろう。

 店に行かなかった日を尋ねると「一週間前の豪雨が降った夜と殺された日」と、流石に彼らもあの雨の壁では家を出られなかったらしい。

 常連たちは抜け駆けができないようにライングループを作り、店に行くかどうかを申告するのが暗黙の了解になっていた。そこには美山リリコのアカウントもあり、二日とも全員欠席になっていた。


「やっぱ、通り魔でしょうかねぇ」


 車を運転している相澤の口調は「もう通り魔でいいだろ」と言いたげなニュアンスであった。捜査本部の連中もほとんどがその線で情報を集めている節がある。


 二人が刺されたナイフはほぼ間違いなく同じものだそうだ。

 ただ、美山リリコの店の金も、馬場光一の財布も金を取られた形跡はなかった。人を殺すだけに興味があったとしても、強盗に見せかけるために少し抜いておきそうなものだ。

 それに二人共、刺され方が明らかにおかしい。

 胸部から腹部までは理解できるが、その下、性器の周辺まで刺されていた。そんなところを刺す意味が何処にあるのか?


 俺が一番気になっているのは、殺された馬場光一が日課のように毎日書いていた日記に近い小説だ。更新が殺される三日前、大雨の前日で止まっていた。

 ネット小説と言うらしいが、馬場光一のスマホにはそのサイトへのリンクもアプリも残っておらず、遺品の自宅のパソコンを調べた際に見つかったので、発見が遅れたものだ。


 三日前に通り魔に刺される事を予感していたような途切れ方だった。それか通り魔がブログを消したとでも言うのか? 


 あとで相澤に聞くと、ネット小説はスマホから見るのが普通らしく、作品を投稿していてスマホにアプリがないのは不自然ではあるそうだ。

 だが内容を確認しても美山リリコを仄めかす書き込みは見つからなかった。美山リリコのスマホにもそのサイトのリンクもアプリもなかったので、関係なかったと言う事で処理されてしまった。


 ……

 ……


 ニコチンが切れてきて、思考に集中できなくなってきた。


「おい、コンビニに寄ってくれ」


 「タバコを買う」と言うと、相澤は明らかに嫌な顔で、車を駅前に停めた。

 タバコの匂いをさせて帰ると嫁と子供に叱られるのだそうだ。仕事よりも家族を優先するなんて、時代も変わったなと思った。


 店に入ると弁当を買っている人が2人並んでいた。時計を見ると昼を少し過ぎていた。


「そういえば、馬場光一の葬儀、今やってるんですよ」


 レジの順番を待っていると相澤が話しかけてきた。


「そうか、今日だったか」


 前の男が冷やし中華を買っていたおかげで、割と早く順番が回ってきた。

 俺は金髪の若い女の店員にタバコの番号を告げた。

 司法解剖と葬儀屋の都合で、馬場光一の葬儀は亡くなってから一週間も経ってしまった。警察側として申し訳なく思う。


「お前、通夜に出たんだっけか?」


 店員から手渡しでタバコを貰い、お釣りは横の募金に入れた。


「昨日行きましたよ。可哀想に。奥さんもですけど、特に娘さんの表情はかなり暗かったですよ。高校生くらいで多感な時期で、立ち直れないですよ」

「お前、目線が完全に父親になっ──」


 その時、俺は背筋にゾクッと冷たいものを感じ、慌てて振り返った。

 しかし、後ろには誰も立っておらず、俺にタバコを売った少女がレジに来る客を待っているだけだった。


「山城さん?」


 前では相澤が俺の不審な目で見ていた。自動ドアも俺が出て行かないのが気にくわないらしく、ガタガタと変な動きをしていた。


 気のせい……だろうか。



「あの店員の子」


 車に戻ると相澤が言った。


「可愛くなかったですか? 目がクリクリしてて」

「お前、独身気分が抜けてないのかよ。田村みたいに別れるぞ」

「違いますよ。客観的な意見ですよ。娘を育てる身として」

「娘をあんな子にしたいのか? 金髪で平日の昼間からコンビニでバイトしてるような子に」

「いやぁ、ああなっては貰いたくないですね。目、あれカラコンですよ。相当遊んでますよ、あの感じは」


 相澤は俺がタバコを吸うのに備え、エアコンを強くして、こっちに向けてきやがった。昔は俺に怒鳴られることにビビりっぱなしだった癖に。時代は変わった。


 手がまだ震えている。

 相澤に見られたくないので、ポケットからタバコを出すことができない。


 なんだったんだ?

 殺気──相澤が「娘さん」と言った瞬間、ものすごく生臭く尖った視線が心臓に突き刺さった。

 が、誰もいなかった……時代も変わるわけだ。勘が鈍るほど、俺も歳をとったらしい。

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字句の海に沈む ポテろんぐ @gahatan

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