第6話 静かな海

「いやはや。時化みたいな状況だったな……」


 一段落ついたラインバルトが甲板上で座り込みながらため息を吐いた。


「確かに疲れましたー……」


 ハルカも肩を落として、縁に身体を預けて息をつく。


「申し訳ありません。私の為に……」


 そんな二人に深々と謝罪するクロム少年。その様子は自分の起こした事に対する罪への思いが見て取れた。


「あぁいやいいんだ。気にするな

 ……でも訳ぐらいは教えてくれないか?」


 ラインバルトもそれを汲み取り、糾弾よりも事情の説明の方を優先した。傍のハルカも同意なのだろう。しっかりと真面目な顔で首肯した。


「……実は先ほどの船団は私があの女性を助ける為に立ち寄った船なのです」


「なに?!」


 クロムの言葉に驚愕するラインバルト。ハルカも口元を押さえて狼狽えた処を見ると同様なのだろう。


「はい。そうです。私が小舟の上で気絶していた彼女を見つけて最初にあの船団に治療を求めたのですが……その時襲われたのです」


 ――すみません! この船には船医か白魔導士は居ますか!? ちょうど海の上で気絶していた女性を見かけまして!!――


 ――ちょうど良い! この船には船医が居るぞ!!――


 ――ありがとうございます!!

 ……?――


 ――どうした? 早く横たえてくれないか?――


 ――……その前に。何故拘束道具を隠し持っているのですか?――


 ――……――


 クロムにとってその瞬間は手に取るように思い出せた。彼女を見た瞬間目の色が変わった事、問い詰めた時にピストルを向けて来た事も彼女を連れてエリスと一緒に離脱した刹那に砲撃が始まった事も含めてだ。


「……それでこの船まで辿り着いた訳か」


 無精髭の生えたあごに手を当てて。ラインバルトが唸る。


「えぇ。船が見つかって良かったです。もし見つからなければ追ってくる船団を全滅させて乗っ取ろうかと思っていましたから……」


 安堵の息を洩らすクロム少年だ。


「……あの船団には心当たりがありますか?」


 ハルカの問いに、


「先程駆逐した時に騎士侯爵と隊長格の人物が言われていました。上手く変装していましたが装備からしてエステリア帝国の辺境伯爵かと」


 クロムは彼女を見つめしっかりと答える。


「……この辺りにはエステリア帝国の総督府がありましたからね。きっとそこの騎士団連中でしょう。くすねて来た武器も証拠になりますから」


 クロムは船の縁に身を預け吹き抜ける海風を背中に受けながら。弾丸も火薬も入っていないピストルをくるくる回して呟いた。


「……でもどうして騎士団の方々が狙うのでしょうか?」


「それは――」


 ハルカの疑問にクロムが答えようとした瞬間だった。


「……彼らの目当てはこの先に現れる『還流の神殿』でしょうね」


 船室に続く扉が開き。荒い息と青ざめた顔の彼女――逢魔椿おうまつばきがふらつきながら出てきたのだ。


「た、たそがれの姫軍師さま! 大丈夫ですか?!」


 大慌てで駆け寄るハルカ。


「私は大丈夫です……。

 それより、私は還流の神殿へと向かわねばなりません」


 そう言いつつも壁に背をもたれさせて、ずるずると滑り落ちる椿。


「いや無事じゃねぇだろ?! 還流の神殿って所の場所と行きたい理由を教えてくれ!! そしたら俺らが送ってやるからさ!!」


 同じく近寄ったラインバルトが。彼女に提案した。


「いや駄目でしょう……! あなた方をこれ以上巻き込む訳にはいきませんし……」


「もう充分巻き込まれていますよ! 大丈夫です! 安心して下さい!! 私はタカマの民としてタカマの国の誇りを見捨てるつもりはありませんから!!」


 回復魔法を行使しながらハルカは断言する。同時に「ね? ラインバルトさま?」と彼に尋ねてだ。


「そ、そうだぜ。ハルカちゃんの言う通りだ! 任せてくれ!!

 ……戦闘力は無いけどな」


 ラインバルトもそれに対してしっかり答える。……ポツリと最後に付け足しがあったが。


「……なら護衛は全て私が請け負いますよ」


 刹那。クロム少年が言い切った。


「……この船が戦いに巻き込まれたのは私にも非があります。だから私が護衛の任務を請け負います」


 見やるラインバルトとハルカの二人に申し訳なさそうに一礼するクロム少年。


「……よし。なら戦闘はクロム君に任せよう。ただし無理は厳禁だぞ」


 その真摯な様子を見て、腕組みしながら許可するラインバルト。隣のハルカも同意件だとしっかり頷く。


「ありがとうございます……!」


 クロムはまた丁寧に一礼した。


「私からも、言わせて下さい。

 ありがとう……ございます」


 そこまで述べて疲れたからか、椿はふぅ……と息をついた。


「大丈夫です……か?」


 ハルカの問いに、


「私はゴーストだから心配はありません。

 ……それより、還流の神殿に行かないと……。あの道を、塞がない……と……」


 椿は具合の悪そうな顔で答えたまま。また眠ってしまった。


「また眠らせておくか」


 彼女を船室に眠らせる為に横抱きするラインバルト。


「起きたら還流の神殿? の場所を詳しく聞かないといけませんね。

 ラインバルトさまは彼女をお願いいたします。私はその間に現在地の確認をしますので」


 ハルカはそうお願いすると早速太陽の位置を確認しつつ魔法を駆使して現在地を測る。


「それでは私は見張りをしています」


 クロムはそう告げると。マストの上にある見張り台まで登っていった。

 塩味の濃い海風が、船を通り抜けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る