第8話 還流の神殿目指して

 ……話が戻りここはラインバルト達の船の上。

 

 もうすっかり日が暮れたので航海は一段落。彼らはここで錨を降ろす事にした。その理由として、人数の少ない状況で夜の海を航海するのはとても危険だとラインバルトとハルカが判断したからだ。


 今現在。皆で甲板で鍋を囲んで夕餉を取っている最中だ。料理はもちろんハルカが作ってくれてた鍋いっぱいの海鮮シチューだ。昼の内にラインバルトがいっぱい獲ってきた魚をハルカが香辛料とにんにくで味付けして作ったシチューで、これがまた美味しいのだ。



「これはとても美味しいですね!」



 シチューを食べて舌鼓をうつクロム少年。彼は海産物が好物らしく近海で捕れた魚のシチューをたらふく食べていた。



「ふふ♪ 舌に合うようで何よりです♪」



 作り甲斐があって嬉しいのか。ハルカも満面の笑顔だ。



「相変わらず美味しいからな。

 あ、お代わり頼む」



 すかさず空の器を出すラインバルト。毎日食べてる彼ですら飽きが来ないというのがハルカのシチューの味だ。



「はい。ラインバルトさま」



 ハルカはラインバルトの器を間を置かずに受け取り、鍋からシチューをよそう。そして「どうぞ」と微笑みつつ手渡した。



「ありがとう」



 ラインバルトも無骨ながらも笑い器を受け取った。



「……」



 そんな様子を口元を綻ばせながら見守るクロムと。



「ところでこれからの航路はどうなさる予定で?」



 ゆっくり食べながらエリスが尋ねてきた。



「ん。これからはあの椿さんのゴーストが目を醒ましてから進路を決めようと思うんだ」



 ラインバルトはシチューをかき込みながら力強く答えた。



「俺たちは『還流の神殿』とやらの場所を知らない……。彼女だけが頼りなんだよ」


「なるほど。確かにそうですね」



 クロムも異論は挟まない。何故ならそれが最善策なのは納得だからだ。



「現在位置は私が天測してある程度の位置は掴んでいます。その位置から――」



「……還流の神殿はこの場所から北西に丸一日の距離にある海域にありますよ」



 不意に声がした。


 驚愕して振り返ると。そこには彼女――椿が立っていた。



「椿さん大丈夫ですか?」



 慌てて近寄るハルカに、



「えぇ何とか」



 苦笑しながら答える椿だ。



「なぁお嬢さん、還流の神殿ってなどんな場所なんだ?」



 そんな彼女にラインバルトは尋ねる。何故ならラインバルトは暫定的にはこの船の船長。次の停泊地についてはなるべく知っておきたいという責任感があった。



「還流の神殿とは。私があの人と別れた神殿で、聖域――『アブサラストの平原』に至る道がある場所の一つです」



 そんな彼の気持ちを汲み取ってか。椿も包み隠さず全部を答えてくれた。



「アブサラストの平原……って事はさ……」



 ちらりとハルカを見やるラインバルト。



「はい。たどり着いた者が祈りを捧げれば。どんな願いでも叶えてくれるあの聖域です」



 そして如月ハルカ、以心伝心でラインバルトが欲しい知識を授けてくれた。



「なるほど……じゃあ奴らの狙いはその平原に行って力を手に入れるって腹か」



 あごに手を当てて。ラインバルトは自分でも悪いと思う頭を捻って必死に答えを導き出した。



「多分……私の事は確実に向かう為の証明に欲しがっていたのだと思いますね。私が憶えている限り、彼らの航路には迷いがありませんでしたから」



「なにっ?! そりゃ危険だ! 今すぐでも船を出すか?!」

 


「大丈夫ですよ」



 大慌てのラインバルトに。クロムが力強く答えた。



「今奴らの船は重傷者だけで船を破壊して無力化していますから」


「そりゃどういう意味が――」



 不思議そうに振り返るラインバルト。

 


「なるほど。救助させて時間を稼ぐ作戦ですか」



 そんなクロムに椿がその意図を読み取った。



「……彼らは付近の総督府にいた辺境伯爵。曲がりなりにも騎士団ですから仲間を見捨てられないはず」



 さらに答えを紡ぐ椿を、ラインバルトとハルカが呆気に取られて見つめる。



「えぇ。ここは海のど真ん中。次の船団が幾つ来るかは判りませんが、まずは仲間から情報を求めて救助するでしょう」



 クロムが答え、



「そして船がもう使い物にならないと判断したら。重傷者達を自分の船団に救助しなければなりません。……当然物資や補給線が圧迫するという訳ですね」



 椿が、繋げる。



「えぇ。奴らの内幾つかが帰還すれば儲け物。無くても重傷者という負担を乗せているので当然機動力は落ちます。奴らが来る時間は多少は稼げますよ」



「なるほど……そんな意味があったのか……」



 クレバーに作戦を語るクロム少年を見て唸るラインバルトだ。



「えぇ。旅の騎士で傭兵でもありますからね。利用出来るなら何でもやりますよ」



 クロムは当たり前のように答えた。その考えは戦場で生きてきた思考その物で、改めてラインバルトは彼の生き方が苛烈な物だったのだと悟った。



「それなら多少は何とかなるか……

 ハルカ」



 振り返るラインバルトに、



「ラインバルトさま。私達は風上に居ます。相手が高速使用の機動力特化軍艦でもこちらの方が多少は速いですよ」



 ハルカは迷い無く答えた。



「よし。なら方針としては一旦休憩して俺とクロム君が当直。朝一にその海域に向かおう」



 ラインバルトは腕組みをして船の進路を決める。見やるとクロムは肯定の意志を持って頷き、



「では私は後少し、現海域の情報を調べますね。

 『異なる世界、異なる者。互いの意志を互いの内に。開け扉よ』」



 ハルカはそう答えると、静かに呪文を唱えた。この魔法は珍しい『魔力や現象、異生物と会話する事が出来る魔法』。魔力や現象には擬似人格を、異生物には言語を共通化させる事によってお互いに会話する事が出来る魔法だ。ハルカが滞在中にお師匠さまから学んだ魔法の一つだ。


 ……しかし。



「……きゃ?! 魔力の流出が激しいっっ!?」



 ハルカは顔をしかめた。そう実はこの魔法、行使するには莫大な魔力が必要なのだ。ハルカは亜人で魔力は確かに常人より高いだろう。だがそれでも。一気に魔力も体力も持っていかれる位にこの魔法は強い。



「貴女その魔法……」



 刹那。椿が驚愕に眸を見開く。



「え?」


「ううん。今はいいわ。それよりちょっとこちらに」



 言い終わるその瞬間に。椿の周りを二冊の日記帳が滞空する。日記帳は淡い輝きをまとい開かれると、虚空から羽根ペンを呼び出して。日記帳に何かを書き込んでゆく。



「それは……?」



 脂汗まみれのハルカに、



「これは私の力。この日記帳には観測した様々な事象が書き込まれます」



 椿はそう答え。言い終わると自身の右手を放出し続ける彼女の魔力に入れて。



「今は貴女の魔法構築を見て制御する為に情報を書き込んでいるところです」



 ゆっくりと。彼女の魔法に干渉をする。

 その瞬間。ハルカの魔力放出が緩やかになり安定してゆく。



「あ、ありがとうございますたそがれの姫軍師さま……」



 ハルカは荒い息を整え、汗を拭う。



「気にしないで下さい。それより現海域の情報収集ですよ」



 椿は優しく微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る