第9話 夜の帳

 とりあえずハルカと彼女が頑張って現海域の潮流の流れや次の風向き、天候等を調べあげたところ。彼女の言うとおりここから北西の海域に還流の神殿が出現するという事が判った。後で聞いた話ではあるがどうやら彼女、あの日記帳を使い最初にある程度この海域の情報を集めていたとか……。

 

 日記帳。一見だけならそれはただの外装の丈夫なだけの本に見えただろう。

 

 しかしそれは見た目だけだ。彼女曰くこの日記帳は世界に流れてゆく情報を正確無比に記録する能力があり、見た物全てを理解できるらしい。もちろん日記帳から情報を読み取るには人並み外れた理解力と流れる情報に対する冷静さが必要ではあるが……。彼女の苦労しない様子を見る限りどちらも備えているようだ。


 今は現海域で錨を降ろしている。航海士も居ないのに夜の航海は危険だからだ。



「クロム。様子はどうですか?」



 そんな中当直に就いていたクロム少年は、エリスに話しかけられた。



「あぁエリスか。今の処は異常無しだ。現海域の見渡せる処に敵船団は見られない。……だがどうした? まだ交代には早くないか?」



 クロム少年は警戒を解かず、だが不思議そうに返した。



「いえ、これを」



 そう呟くと。エリスは咥えていた湯気の立ち昇る小樽を見せた。



「こりゃ、茹で肉団子か?」



 中身を覗き込むクロムに、



「はいそうです。あの副船長、如月ハルカさんが作ってくれましたよ。疲労回復と滋養強壮効果を織り込んでいるらしいです」



 エリスは丁寧に返した。



「そうか。では食べるか」



 いただきますとクロムは茹で肉団子を口に含む。味はスープが程よく染み込まれたとても素朴で飽きの来ない味だ。



「あの副船長は中々だな。どんな船でも引く手あまただろうな」



 肉団子をゆっくりと味わいつつ、クロムは感嘆の息を洩らした。



「えぇ。でもあの少女はこの船から降りないでしょうね」


「あの船長が乗っているからだろう。あの人はどことなく落ち着くからな。少女が船なら船長は港だ。自分の帰る場所だよ。降りる理由がどこにある」



 「ほら、お前も」と。クロムは木製の匙を使ってエリスに肉団子を差し出した。



「いただきます」



 エリスはそう返すと一口で頬張った。



「……なぁエリス。この任務が終わったらなんだが」


「えぇ。判っていますとも。武者修行を一段落、ですね」


「手間を掛けさせるな」


「気にしないで下さい」



 一人と一匹、付近の警戒を再開した。

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海王と海の聖女 なつき @225993

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