第3話 攻防戦

 今日は朝からずっと剣の中にいる。

 あの男が来ても、しゃべらなくてすむようにだ。

 やはり剣の中が一番落ち着くと改めて思った。この身が朽ち果てるまで、ずっとここで眠るのも悪くないかもしれない。


 ……などと思っていると、ちょうどあの男がきた。

 ふふふ、バカめ。

 もう森の精霊はお前の前には現れない。


「あれ、今日は精霊さん、いねぇの?」


 ばーかばーか。すけべ。たれ目!

 だから言っただろう。

 私はもう、お前の前になんかあらわれな……


「じゃあいいや、今日は俺、暇だしここで勝手に話すな」


 そう言ってジョットは台座の前にどっかと腰を下ろした。

 よく見るとずいぶんいい体つきをしている。

 細く見えたが、どうやら着痩せするタイプのようだ。

 彼はどのようにして戦うのだろうか。

 本当に剣士なのだろうか。

 ……じゃなくて。

 

 なぜ私の前に座る!?


 私はぎょっとして、刃をふるえないようにするので精一杯だった。

 しかもやたらとねちっこい視線を感じる。

 やめろ、そんな目で私を見るな!

 ゾゾゾ、と刃に鳥肌が立ちそうになった。


「んでさ、この森の出口まできたときに、そのクソババアに騙されたわけ」


 ジョットはずっと喋っている。

 こいつ、頭がおかしいんじゃないか。

 無機物に向かって、どうしてこんなにベラベラと喋れるんだ?

「それにしてもお前、本当に綺麗だなぁ」


 !

 声をあげそうになった。何にたいしてそう言ってる……?

 頭が混乱する。


「こんなに美しくて、気品のある剣、見たことねぇよ」


 ……。

 ふん、まあグランドストーム様が創った剣なのだ。

 当たり前だ。世界に七つしか類のない剣なんだから。


「綺麗だ」


 ……な、何よ。わかってるじゃない。


「絶対俺の手に馴染むだろう」


 ……。


「お前が欲しいよ」


 …………。

 ………………な、なんなのこいつ。

 怖い。

 なんだか、まるで人間に話しかけているみたい。

 人間の、女を口説くとき、みたいな。

 

 いや、まてよ。何か、変じゃないか……?

 

 この男の目、明らかに私を見ている。

 そう思った瞬間、背筋がゾッとした。

 ジョットはニンマリと笑って、言う。


「なあ、触ってもいいか?」


 気づいたら、本体から飛び出していた。

 そのままの勢いで、ジョットを押し倒す。


「……っ! お前、なぜ分かったのですか!」


 聖剣の意思に押し倒されているというのに、彼はヘラヘラ笑ったままだ。


「あ、でてきた。やっぱりそっちも可愛いねェ」


「っ答えなさい!」


 平手うちを炸裂させようとすると、ようやく彼は真面目な顔になる。そしてあの素早い動きで、私の手を掴んだ。何が起こってるかわからないままに、今度は私が押し倒されてしまう。腕を押さえつけられ、動くことができない。

 それ以前に、この態度の変わりように体がついていけないようだ。


「わからないわけねェだろ」


「な、なぜ!」


「見ればわかる。俺は剣士だ。もう二十数年、剣を握っている」


 異常に力が強い。

 なんだこいつ、人間じゃないのか?


「一瞬で分かった。台座にぶっささった剣の近くに、精霊だと名乗る女が一人。わからん方がおかしい。お前、七つの聖剣のうちの、一振りだろ?」


「……」


 バレるのが怖くなって、顔をそらす。

 いつの間にか、本当に立場が逆になっている。

 体の震えを抑え込むので精一杯だった。

 ジョットは笑いもせずに、低い声でいう。


「当ててやろうか。お前は光の聖剣だろう?」


「!」


 ようやくほんの僅かに、微笑みが浮かぶ。


「正義感の強そうな顔をしている。間違いない」


「わ、私は……」


 こんな状況なのに、心のどこか、深い場所で、ジョットの言葉に喜んだ私がいた。私が光の聖剣だと、正義を司る聖剣だとこの人は分かっているのだ。


「幼い頃に、何度も何度も話に聞いた。お前が欲しくてたまらなかった。それがよもや、こんなところで会えるとはなァ」


 しかし、その言葉を聞いた瞬間、我に返った。

 力が戻ってくる。暴れ出した私を、ジョットはあっさりと解放した。

 台座にかけのぼり、本体の中に飛び込む。

 その頃には、いつもどおりヘラヘラと笑う彼の姿があった。

 一体なんなんだこいつは。


「……そうです。私は光の聖剣、ティアです。だがそれがどうしました? 私はもう誰の剣にもならない。お前の剣にもです」


 そう声を響かせると、ジョットは訝しげな顔になった。


「なぜ? お前は、聖剣なんだろう。人に使われたくないのか?」


 私は、確かに聖剣だ。

 その上私たちは物だから、物としての原始の欲求がある。

 私を使って欲しい。私を大切にして欲しい。あなたの役に立ちたい。

 だけどもう、私は誰にも使われたくない。

 とくにこの男のようなちゃらんぽらんには。


「そうです。私は聖剣ですが、お前なんかに使われたくありません」


 そう言ってやると、彼は目を丸くした。

 お前じゃなくても、誰にだってこの剣は使わせない。

 決して、もう二度と。

 剣の中でじっとしていると、ジョットはなぜか、笑い出した。


「はあー、こりゃあ強情な女だ!」


「……」


 ひとしきり笑うと、ジョットは悪魔のような微笑みを浮かべた。

 これがこいつの本性だ……。


「だが、そっちの方が楽しいだろうなァ」


 くつくつと笑ったのち、ジョットはいきなり、膝をつく。


「もう戦うのはよそうと思っていた。悪魔なんてよばれるのはごめんだと思っていた。だがお前をみて気が変わった」


 伏せていた顔をあげる。

 その瞳には、初めてあったときの、強い意思の炎がちらついていた。


「お前は俺が今まで見てきたもんの中で一番美しい。この世の中で一番、美しい」


「……」


「俺はお前を心から欲しいと思う」


 ──だから俺の剣(もの)になれよ、ティア。


 体がふるえた。

 こんなにまっすぐな意思を向けられたのは、いつぶりだろう。

 ほんのわずかに、その手の中におさまりたいという気持ちがわく。

 この男の振るう太刀筋を見てみたい。

 お前は一体どのように私を使う?

 だが、そこまで考えて、私は心の中で首を振った。


「私は、誰の剣にもなりません。この身が朽ち果てるまで」


 そういうと、ジョットがニィ、と笑った。


「いいぜ。ぜってェ俺の剣(もん)にしてやるからよ」

 そういうと、彼は私の握り手にそっと口付けた。

 その日から、私とこの男の攻防戦がはじまったのだった。

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