第12話 使い手(マスター)


 ──暗い空。


 小さな男の子が、泣きながら手を伸ばす。しかしそれを助ける者はいない。

 

 男の子は、人間の貴族の、三男だった。

 男の子は、あるときまでは北の国で幸せに暮らしていた。


 だがあるとき、北の国に悪魔たちがやってきた。

 悪魔は人間を支配し、殺戮の限りを尽くした。

 ある程度人間たちを殺すと、そこに悪魔の国を作り、人間たちを奴隷として使うようになった。男の子は、貴族たちが亡命する代わりに、真っ先に奴隷として差し出された人間だった。


 男の子は、彼を差し出した家族をうらまなかった。世が悪いと知っていたからだ。だが悪魔たちの残虐な扱いに、男の子は疲弊していった。

 そんなあるとき、男の子は『光の聖剣』の話を聞いた。悪を打ち払う、正義の象徴。殺されていく仲間たちを見て、男の子は思った。


 その聖剣が欲しい、と。


 今こそ、光の聖剣を使うときだ。この悪魔たちを倒すときだ。

 そう思ったがしかし、聖剣は現れなかった。

 なぜ、どうして。


 目の前で殺されていく仲間を見て、少年の中で何かが目覚めた。

 聖剣がなくても、自分が悪魔たちを殺し、人間を解放すると。

 少年は同じ意思を持つ仲間とともに、悪魔たちに抵抗することにした。少年は人間からの信頼が厚かった。

 しかし、あっけなく仲間たちは死んでいく。少年は絶望した。号哭しながら、一人で戦った。


 いつかここから出て、家族の元へ帰る。

 平和な国を取り戻す。

 目覚めた少年は化け物のように強かった。

 そしていつの間にか、本当にたった一人で悪魔たちを殲滅していた。


 少年は血にまみれながら家に帰った。

 戦乱の中にいても、少年は家族のことを、仲間のことを忘れなかった。

 けれど少年は英雄にはなれなかった。

 血にまみれたその姿を見て、人々がこう言ったからだ。


 悪魔殺しの悪魔。

 悪魔の中の悪魔だと。


 ジョットは、悪魔と呼ばれたその日から、ずっと一人で旅を続けている。

 正義とは何か、自分が何者なのかを知るために。


 ▽


 真っ白な、私とジョットだけの空間。

 私たちは向かい合って、立っていた。

 心地よい魂の波動を感じる。

 私たちは魂の中で会話しているのだと、瞬時に悟った。


「……ずっとお前が、欲しくてたまらなかった」


 ジョットが言った。


「あの戦いのときに、何度も何度も思った。お前がここにあれば、どれだけの人が救われるのだろうと」


「……はい」


「お前を恨んだときもあった。戦いが終わったあとに」


 胸が苦しくなった。

 ジョットは拳を握る。


「でも、悪魔と呼ばれるようになってからは違う。俺はお前が欲しくてたまらなかった。自分が悪魔じゃないと証明するために」


 顔をあげて、彼は私を見た。


「だけどもう俺には分かる、ティア。悪魔だろうがなんだろうが、関係ねえ。何を言われようが、俺は俺だ」


 ニッと笑う彼の笑顔は、私が何よりも求めていたものだった。


「なあ、教えてくれよ、ティア。きっと俺とお前の思いは同じだ」


 ──お前はどんな剣(ひと)になりたい?


 私は胸に手を当てた。

 生まれてから今まで、その答えはぶれたことがない。


「私は、ひとを守れる剣になりたい。そのためなら、使い手が悪魔だろうがなんだろうが、関係ありません」


 私は多くの人を殺した。けれどその逆に、これから多くの人を救えるかもしれない。

 そして私は人間でも悪魔でも、使い手を選ぶことができるのだと、知った。お父様に教えられ、そしてジョットに教えて貰った。


 私は光の聖剣、ティア。

 使い手とともにあるモノ。

 使い手を成長させ、そして自分自身も成長させる、意思を持った聖剣。


「お前はどんな使い手を求める?」

 

 私が求めるのは、己の正義を体現できるひと。

 自分が正しいと言える勇気を持つひと。

 人を救いたいという思いがあるひと。

 使い手に欲しい人の条件なんて、いっぱいある。


 けれど私は知っている。

 私は自分で選ぶことができる。

 私がいいと思って選んだ人なら、もうそれでいいのだ。

 理由なんてそれだけで。悪魔だろうが人間だろうが、関係ない。

 今の場合なら──。


「私が求める使い手は、心優しく、そして悪魔のように強い、あなたのような人ですよ、ジョット」


 ジョットが笑った。


「ああ、わかった。俺も同じだ。悪魔と言われようが、もう関係ねえ。俺はお前の使い手になるよ。お前が人を救いたいというのなら、俺だってそうする。ずっとそうだったように」


 ジョット、あなたはやさしい人ですね……。


 魂の波動が、ジョットと重なる。

 心地よい。

 絡み合うように、私たちの魂は一つになっていく。


「行こうか」


「ええ」

 

 ──さあ、見せてやりますよ、マスター。

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