第13話 決着


 それはわずか、コンマ一秒にも満たない間の出来事だったのだろう。

 聖剣をつかんだジョットは立ち上がる。


「ッ貴様ぁあああああ!」


 エルラディンは怒り狂っていた。

 剣をなくした手は血に濡れている。


「よくもこの大悪魔を侮辱しよって、人間ごときが!!」


 エルラディンの顔がどんどん変わっていく。

 甘い顔つきをしていたのに、文字通りそのまま、悪魔のような顔面になり、体が何倍にも膨れあがっていった。

 爪が伸び、牙とツノがにょきにょきと生えてくる。

 それはぶくぶくと膨れ続け、とどまるところを知らず、私はずっとこんなやつのそばにいたのかと今更驚いてしまった。


「おお、でけー」


 ジョットが見上げるくらいだ。


「お前ら、楽に死ねると思うなよ」


 そう言ったのち、エルラディンは、激しい咆哮を空に向かってあげた。大地が揺れるほどの音量に、ジョットの顔が歪む。


「ここだ! 俺はここにいるぞ、悪魔どもよ!」


 そういった瞬間、邪悪な気配があたりに立ち込める。


「!」


「我が同胞たちに貪られ、魂ごと消滅してしまうがいい」


 空から黒い何かが大量にこちらめがけて降ってくる。

 ……悪魔だ!

 一人一人は小さいが、あんなにいたんじゃ、不安になってくる。


「こりゃあ驚いたな」


 ちっとも驚いていないような声でジョットが言った。

 彼らはこちらに降りてくると、私たちを数十メートルにわたって囲んだ。その数はゆうに百を越えるだろう。

 完全にエルラディンはブチ切れているようだ。


「人間ごときが、この数に勝てると思うなよ」


「あ? 何言ってんだよ。テメェサイズがこの数ならともかく、普通の悪魔だろうが」


 ジョットはどこから取り出したのか、タバコをくわえて火をつけた。

 血だってドバドバ流れてるのに、呑気なものだ。

 口の端にそれをくわえると、ジョットはバカにしたような笑みを浮かべる。


「お前ェが無抵抗な人間斬ってる間に、こっちは一人で悪魔を何十、何百、下手したら何千と斬り殺してきたんだよ」


 殺気がジョットから飛び出る。

 彼はまさに、悪魔なような顔で笑っていた。


「おい、豚野郎ども。まとめてかかってこいよ」


 その言葉で、完全に切れたのだろう。

 エルラディンを含めた悪魔たちが一斉に襲いかかってくる。


 ──マスター、あまり挑発してはいけませんよ。


「はっ、何言ってんだ、見せてくれんだろ? お前の本当の姿を」


 悪魔たちを器用にかわしながら、ジョットは笑った。

 目の前にいた一匹を、軽く剣で薙ぎはらう。すると私の光るブレードに触れた悪魔は、見事に消滅していった。

 聖剣をもっていなかったときでさえ、あの強さだったのだ。この男は私を手にすれば、無限大の強さを手に入れることができるだろう。

 もっと、だ。私ももっと戦える。

 私はもっと浄化できる。


「さあ、見せてくれよ、本当のお前を」


 あたりにいた悪魔たちを一掃しながら、ジョットが笑う。

 その言葉に反応した体が強い光を帯びた。


 ──お前の意思と使い手の意思が一つになった時、お前は本当の「聖剣」としての力が目覚めるだろう。


 お父様の言葉が蘇る。

 私は微笑んだ。内に、温かな力が満ちているのがわかる。

 ジョットとともにあるなら、私はもっともっと強くなれる。

 心の目を閉じれば、うちに強い光があるのが見えた。それは再び、私を覆うように強く、大きくなっていく。


 目覚めのときだ。

 私の、本当の姿を見せてあげる。

 体が金色の光に包まれると同時に、薄汚れていた服が、白と金の見事なドレスに変化した。パサパサだった髪も輝きを取り戻す。傷が治り、元の美しい肌が全身を覆った。

 剣本体も、かけていた部分が修復され、本来の輝きを取り戻し、ジョットの体に一番合うように変化していく。

 白金の剣は、強い光であたりを満たした。


 正義の中の正義ユースティティア


 これが私の、真実の名前。

 この姿と名前は、お父様が作ってくれた。

 私は誇り高き聖剣だ。

 使い手と意思が一つになった今、何にも負けない力を有している。


「綺麗だな、ユースティティア」


 ジョットがため息を吐くように言った。

 私はそれをくすぐったく思いながら、彼を前に促す。


 ──さあ、かまえてください、マスター。全員一撃でぶっ倒しますよ。


「……おうよ。そうこなくっちゃな」


 ジョットは両手で私を下方にかまえる。

 エルラディンの叫び声が聞こえてきた。


「私に逆らえなかった聖剣(ポンコツ)ごときが! やってみろ!」


 もう私は、昔の弱い私じゃない。

 エルラディンの怒りの咆哮に合せて、悪魔たちが一斉に襲いかかってくる。


 ──行きますよ!


「まかせろ!」


 内側にある光を一層強くする。それはやがて剣先から溢れ、目を開けていないくらい大きくなった。それは質量と重さをもって、私のブレードに宿る。

 ジョットと呼吸が合わさった瞬間、それは放たれた。


「ッらぁああああああッッ!」


 ジョットが叫ぶと同時に、下方からすくい上げるように剣を斜め上に跳ね上げる。ブレードに宿っていた光が、刃を離れ、襲い来る悪魔たち全員にまっすぐ飛んで行った。


 光は刃となり、その場にいた悪魔たちを切り裂いていく。凄まじい光が礼拝堂を、森を覆った。光の刃が、悪魔たちを、この地を浄化していく。

 いや、森どころか、この地域一帯をこの光は覆っているところだろう。

 眩しい光の中で、エルラディンが立ち尽くしているのが見えた。悪魔の姿が浄化されていき、再びあの金色の髪と青い瞳の姿をもった男に戻っている。

 呆然した顔で、私を見る。


「なぜ……」


 私はジョットの魂にそっとよりそった。

 私はもう、お前になぞ使われるものか。

 その瞬間、エルラディンは腰にささっていた剣に手をかける。

 気づけば、ジョットは駆け出していた。

 エルラディンも飛ぶようにして剣をかまえながら向かってくる。


 ──一騎打ちだ。

 

 刹那、悪魔たちの悲鳴の中に、ィイイイン、と美しい音が響いた。

 剣と剣がぶつかる音。

 神々しい光の中、男たちは神速で駆け抜けた。

 決着がつく。ここは、命のやり取りをする場だ。

 ジョットは私を斜め下にかまえたまま、片膝をついてかがんでいた。

 恐ろしいほどの静寂と緊張感。

 しばらくして、後方からドサリという音が聞こえてきた。

 神の祝福を与えられたプレートメイルですら、私たちは切り裂いたのだろう。

 ジョットは立ち上がると、私を横に一振りしてから言った。


「俺たちの勝ちだ」


 清く美しい光が、私たちの上に降り注ぐ。

 穢れを含んだ森の姿は、もうそこにはない。

 


 ▽


 私たちは戦いの余韻に身をまかせるかのように、ただ静かにそこにあった。

 しばらくして、ジョットは私を大地にさすと、一つ息を吐いて、空を見上げる。

 あきれたことに、まだタバコをくわえている。

 どこまで愛煙家なんだ、お前は。

 そんなことを思いながら私も人の姿になると、その隣に立って、空を見た。


 分厚い雲はまだ空にたゆたっているものの、いつの間にか、雨は止んでいた。

 私たちを祝福するかのように、また、希望の証をあらわすように、厚い雲からは幾筋もの黄金の光が大地を照らしていた。


 ▽


 ──かつて、私の中に絶望に覆われた時代があった。


 私は抵抗することを放棄し、ただ操られるがままに、絶望の中で暮らしていた。そのときに見たこの世界は、どこまでも暗く、残酷だった。

 しかし、ある日突然、この男がやってきて、私の中に新しい世界を見せてくれた。


 この世界は本当は暗く、絶望に満ち溢れているのかもしれない。

 けれどそれでも、たった一つだけわかることがある。


 ──この世界は美しい。美しい部分がある。


 だから私はこの男とともに、その美しい部分を守ろうと決意した。

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