第5話 過去


 ある日、奴はどうせ今日も私の近くに座ってタバコをふかすのだろうと思っていた私は、あらかじめ本体から出ていた。

 ぼうっとしていると、予想どおりジョットがやってくる。

 ただし、一人ではなく、何人かの子供たちをつれて。

 その中には、私を蹴ったあの子どもや、ユナの姿もあった。

 彼らは私をみると、わっと声をあげる。


「ほら、ウソじゃねぇだろ?」


「本当だ! 森の精霊様だ!」


「きれーい!」


「俺、こないだこの人に怒られたんだぜ」


「それは誇ることじゃないよ」


 口々に子供達ははしゃぎ、私のまわりを取り囲んだ。


「ちょ、ちょっと、ジョット、これは一体……」


「あーワリィ。いっつもどこいってんだって責められてよ。子守もおしつけられるし、お前も暇だと思って。ちょうどいいだろう?」


「よくありません! お前はまた勝手にこんなことをして!」


 そう怒ると、子供たちがわっと私からはなれた。


「精霊さまが怒ったぞ!」


「この精霊様けっこう怒りっぽいんだよな」


 おいそこの子、お前は私の体をけったからだ。

 口を開こうとすると、ふと子供達全員の顔が、少しやつれていることに気づいた。ユナなどは、目の下にクマができている。


「……あなたたち、ちゃんと、食べて眠っているのですか?」


 そういうと、子供たちは口々に喋り始めた。何を言っているのか分からない。

 仕方ないのでユナの声に耳を傾ける。


「食べてるし、寝ています。だけど、ちゃんと休んだつもりでも疲れるの。それになんだか最近、喧嘩も多いし……」


 それだけ聞いて、ああ、となった。

 穢れが、この子たちに悪影響を及ぼしているのだ。小さく、未熟な心にこそ、穢れは影響する。今は体調が悪くなるだけでも、将来に渡って、心に影響してしまうのだ。


「……あなたたち、こちらへ来なさい」


 仕方ない。

 手招きする。


「ジョット、あなたはここに」


「へ」


「早くなさい!」


「へいへい」


 ジョットで聖剣を隠すと、子供たちの前にたって、私は目つぶった。

 祈るように、胸の前で手を組み合わせる。それっぽい演出だ。結局のところ、私は幻影でしかないので、本体が仕事をすることになる。

 私たちを囲むように光が広がった。

 これは本体から発せられる、清めの光だ。光の聖剣だけでなく、私たち聖剣シリーズはこういった人間の穢れを祓うことができる。

 しばらくほわわんとした光に包まれていると、光はゆっくりと消えていった。


「……あれ? なんだか、体が軽い」


「本当だ!」


「ユナ、くまがなくなってるよ」


「え、うそ」


「みんな、顔色が良くなっている!」


 子供たちはよろこんで飛び跳ねまくった。


「すごいすごい! ありがとうございます、精霊様!」


 たったこれだけのことで喜ばれるなんて。

 私は複雑に気分になった。


「精霊さまは、この森全体の穢れは払えないのですか?」


 ユナがそう聞いてくる。

 私は一瞬答えに詰まった。

 こんなもの、私にかかればこの森どころか、この地域一帯の穢れをぶっとばせる。でもだめなのだ。

 ここを祓ってしまえば、私は見つかって(・・・・)しまう。

 この穢れのせいで、森には人が住めなくなってしまった。けれどその被害と、私が見つかってしまったときの被害を比べれば、断然後者の方が大きい。


「無理です。私にはこのくらいのことしかできません」


 苦しかった。

 うそをついてこの子たちを森から追い出そうとするのは。


「だから、あなたたちも早くこの森を出なさい。私もそう何度もは穢れを払えませんよ」


 そういうと、ちんちくりんの頭の男の子が、ぼそっとつぶやいた、


「いくとこがあるなら、とっくにこんなところ出てるよ」


 ユナに頭を叩かれる。


「精霊さまの森で、なんてことをいうの!」


「……いいのですよ、べつに。その通りなのだから」


 私は、この子たちの居場所を奪っている。

 そして元はと言えば、私のせいで、この地は荒れ放題になってしまっているのだ。

 けれどもしも、この森の穢れがなくなってしまったら。

 私を覆い隠す靄がなければ、聖剣の波動があいつにつたわってしまう。

 どうしたものかと俯いていると、ジョットがぱんぱんと手を打った。


「おいおめぇら、これで満足しただろ? かえんぞ」


「えーっ! やだやだ、精霊さまと遊ぶ!」


「ばっかおめェ、精霊さまだぞ。子供の遊び相手なんか、かうかよ」


 そういって、ジョットはちらと私を見たのち、子供たちを連れて森の道を帰っていった。私はその後ろ姿をぼんやりと眺めていた。


 ▽


 その晩、私は悪夢をみた。


『お願いやめて、殺さないで』

『この子だけは、この子だけは……!』

『俺は何もしていないのに!』

『死にたくない!』

『ごめんなさい、ごめんなさい』

『怖いよ、痛いよ……』


 熱い血潮を感じる。

 叫ぶ声が聞こえる。

 柔らかく皮膚を裂く感触がする。

 絶望する人々の表情が目に焼き付いて離れない。

 それでも私は斬る。聖剣だから。

 たとえそれが、罪なき人たちだったとしても。


 ──お願いよ、助けて。お腹の中に赤ちゃんがいるの!


 ──お願い、お願い……!

 

 ──人殺しぃいいい!


 私はなんのために生まれた?

 私は人を助けるために生まれた。

 救うために生まれた。

 守るために生まれた。

 それなのに私は何をやっているの。


「ティア。今日も君は素晴らしいよ」

 

 悪魔のような声が頭に響く。

 私はこいつに逆らえない。

 この使い手に。


「今日もいっぱい殺そうね、ティア」

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