第1-2話エムラ=マメンと乞神園

彼の地、エムラ=マメン。


「乞神園」に住まう女神マムゥの祝福を受けし地。


マムゥと血を交わした光賜子≪テレエム≫がその地を治める。




明け方。マムゥに仕えるものたちだけが出入りを許される乞神園のさらにその最深奥、女人禁制、テレ=エムと限られたものたちのみが入ることを許された「マムゥの寝所」から続く廊下を二人の少年が言い争いながら歩いてくる。次期テレ=エムたるダリと、その従者ジンクスである。




「ジンクス、お前は本当に。」




「ハハッ、マムゥは帯剣なんてそんな細かいことを気にする女ではないと思うぞ。」




「お、女って・・不遜な!仮にもマムゥは我らが奉じる神だぞ」




 悪びれることのないジンクスを見て、ダリは頭を抱える。本当にこいつは・・・


 ジンクスは二歳年上のダリの従兄である。ダリが今年15でジンクスが17。彼らは幼馴染であり、このエムラ=マメンの「乞神園」で共に育ってきた。くっきりとした二重の目にすうっと通った鼻筋など顔のパーツパーツにおいて、彼ら二人は似た特徴をもっていたが、乞神園どころかエムラ=マメンの外に出ることすら好むジンクスが浅黒く、長身でがっしりとした体形をしていたのに対し、「乞神園」からほとんどでないダリは色白で細身であったため、二人の印象は全く異なるものであった。


二人は性格も正反対であって、几帳面で臆病、『教団』を擬人化したかのような性格のダリに対して、軽薄で口の悪いジンクスは『教団』でも異色の存在であった。


それでもこの「乞神園」の最奥、「マムゥの寝所」に入ることを許されたのは現・テレエムとその息子ダリの他には、ダリの従者でありテレエムの血縁であるジンクスだけであった。




「あーあ、お前が羨ましいよ。」




「別にやりたくてやってるわけじゃない。」




「ハハッなら代わってくれよ。あんな良い女と一晩中」




「だからそういうことはしないんだって!!」




「そういうことってなんだよ」




「その・・・お前が言うようなその・・・」




赤くなったダリを見てジンクスは吹き出した。




「あーはいはい。『教団』の決まりだもんなあ。ダリ、それよりバザールに出て朝飯でも食おうぜ。」




 ダリは乞神園から出ることを好まないが、ジンクスに半ば強引に連れ出され、二人は「乞神園」の正門から続くエムラ=マメンの大通りに降り立った。薄ら暗い『乞神園』から太陽の照り付けるエムラ=マメンの大通りに出たダリは、エムラ=マメンの人の多さも相まって、立ち眩みに襲われた。




 ふたりは大通りから脇に一本入ったところにあるジンクスのお気に入りの飯処に入る。


 入店した二人の少年を見ると、こちらの注文も聞かずに店主は湯気の立った濃緑の葉の包


みを二つよこしてくる。包みをとくと、溶けかけたヤギの乳のバターと細長く薄黄色のコメが覗く。


 店主はジンクスの追加注文を聞いて、鉄串から外した大ぶりの肉と、ナツメの甘露煮を一口大に切ったものを無造作に木皿につけた。机についたジンクスは、朝だというのに微炭酸の白ビールを気持ちよさそうにあおり、ナッツの葉の匂いがうつった蒸し飯と肉にかぶりつく。食欲のないダリは、ジンクスの食いっぷりを横目に豆のペーストスープをちびちびとすすった。あとでこのバター米もジンクスに食ってもらおう。マムゥの寝所から帰った朝、一晩の緊張から食欲がわかないのはいつものことだった。




「ジンクス、『恩血祭』の準備は?」




「万事抜かりない。『乞神園』の清めはあらかた終わったし、マムゥへの供物も揃えたし、エムラ=マメン中からの祝いの品にも目を通して目録を作った。」




「お前のことだから心配だよ。」




「ハハッ俺の心配よりお前はしっかりと食え。とにかく肉を食って血を作れ。血がなければ『恩血祭』は乗り切れないぞ。折角この俺が裏方として奔走しているというのに儀式の主役にぶっ倒れられてはたまらん。」




そう言いながらジンクスは肉の乗った皿をずいっとダリの方へ押しやる。


しょうがなくダリが皿に乗った肉をつっついていると粗末な食事屋に似つかわしくない一団が現れた。




「ダリ、こんなところにいたのかよ。」


「父上?!」




深紅の装束に身を包んだ『教団』の神官たちを後ろに引き連れて現れたのはダリの父ベルルだった。




 テレ=エム=ベルル。このエムラ=マメンを統べる神殿『乞神園』の大司祭。太祖ザラから数えて49人目の『テレ=エム』。このエムラ=マメンの長はダリと同じく細身で青白い肌をしていて、頼りない印象を与えるが、一度戦場にでれば、彼はマムゥから与えられた神の力をふるう現人神となる。




 今年で32になる彼はまだまだ若々しいが、息子のダリが15を迎えたため慣例通り『恩血祭』でダリにテレ=エムの職務を譲ることとなっていた。マムゥがより若い血を求めるからだ。




 それにしても。


 市中を騒がせぬため、折角ダリとジンクスが質素な格好をしてきているのに台無しである。案の定、エムラ=マメンの支配階級たる『教団』の紅装束の一団に囲まれた食事処の主人が仰天している。




「ぁ・・ああテレ=エム!!」




「あーいいよいいよ、気遣わなくて。俺もこの白ビール頂戴。」




ベルルは平伏する店の主人に面倒そうに手を振る。




「西のマムゥ廟の礼拝の帰りに主らが見えたんでな。」




店の主人が慌てて厨房に戻ったのを見ると、そのまま、よっこらせとジンクスの隣のいすに腰掛け、ダリに歯を見せて笑う。




「マムゥに大層気に入られているみたいだな、ダリ。これで俺も安心してテレエムを譲れる。」


「いえ・・・」




ダリが小声で返事すると、ジンクスがにやにやしながら横から口をはさんでくる。




「ふっ、叔父上。ダリにマムゥの寵愛を奪われ、弱っているのではないですか?あの女はやくダリの「操」を食おうと張り切ってますからなあ。『恩血祭』まで待ちきれなくなったマムゥに叔父上も寝首を掻こうとするやも。女は怖いですよ。」




「バカ、やめろ、ジンクス。」




ジンクスの発言はテレエムにもマムゥにも相当な不敬にあたるため、例のごとくダリは慌ててジンクスの口をふさいだが、ジンクスの口の悪さに慣れ切った父ベルルは怒ったそぶりもみせない。




「はっはは、心配ない。」




「マムゥは恐ろしい女だが、マムゥも我らが一族に縛られている。今は現テレエムたるこの私にな。」




ダリはうなずく。




「マムゥは『恩血祭』を経験したテレエムの血を飲まなければ一日と経たず衰弱死するからな。それが初代テレ=エム=ザラとマムゥが交わした約束にして呪い。その代わりマムゥは私たちに血の力を与え、マムゥの血が流れるこの土地は飢えることを知らない。」




マムゥとダリの一族が遥か昔に交わした約束。経典『血肉の花書マハロ=パピル』によれば太祖ザラは、外敵の侵攻によって危機に陥った故郷を救うため、この地に住まう女神マムゥと契約をしたという。それが700年前の話だというから途方もない話である。しかしマムゥの子孫たるテレ=エムはその血と引き換えにマムゥの力と土地の恵みを享受している。






「だから『恩血祭』を終えればお前はこのエムラ=マメンの力と豊穣に対する責を一身に背負うこととなる。励めよ、ダリ。」




いつもは飄々とした父が珍しく真剣な目をしていたので、ダリも思わず頷く。




ここで粛々とした雰囲気に耐えられなくなったのかジンクスが口を開く。




「ダリのやつに務まりますかなあ、マムゥに愛想尽かされなきゃいいが。」




なおも軽口を叩くジンクスに対してベルルもかかっと笑って応える。




「まあエムラ=マメンの行政は当分は私が与るから心配いらんよ、ダリはマムゥへの血の務めだけしっかり果たしてくれればそれでいい。」




それもそうだといってジンクスも笑う。




「それに心配ないよ、ジンクス。こいつはマムゥときっとうまくやるだろう。」




「ほう大した自信ですね。」




「ああ。」




自信ありげにベルルは深々と頷く。




「マムゥの奴はまあなんといっても面食いだからな。」




青ざめるダリをしり目に、ジンクスと父は爆笑した。




『恩地祭』まで二週間足らず。こんな暢気なことでよいのだろうか…






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

テレ=エム @namase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ