ブロック機能 ――ある素人作家の恐怖体験――

烏川 ハル

現実に起こりうる恐怖譚

   

 今日も俺は、WEB小説投稿サイト『オリジナル・ノベラーズ』にログインしている。

 昔は漫画やアニメの二次創作小説を書いていた俺だが、今やこの『オリジナル・ノベラーズ』――オリジナル小説専用の投稿サイト――こそが、俺の遊び場だ。

 一度は「もう続けられないのではないか」というピンチ――頭の中で『俺の素人作家としてのファイナルブレーキが!』事件と呼んでいる出来事――もあっただけに、今こうして、このサイトを利用できることは、神に感謝したいくらいの僥倖だ。俺は無神論者だが。


「……ん?」

 ふと、画面右上のメッセージランプが赤く点滅していることに気づいた。

 クリックしてみると、運営からの通達だった。

 かつての経験を思い出し、身体中から嫌な汗が噴き出す。

 でも心配することはない。今の俺は、運営から咎められるようなことは一切していない。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫……」

 言葉とは裏腹に自然と震えてしまう指先で、メッセージを開封する。


『重要!』


 最初に飛び込んで来たのは、その一言だった。

 心臓が止まりそうな想いで、続きを読んでいくと……。

 新機能追加のお知らせだった。


「なんだよ、びっくりさせるなよ……」

 ホッとした俺は、ずり落ちるくらい深々と椅子に座り直す。

 内容は『オリジナル・ノベラーズ』にもブロック機能が追加された、というものだった。

「ブロック機能か……」

 かつて二次創作サイトを利用していた頃のことを思い出す……。



 オリジナル小説を書き始めてからは読者もすっかり減ってしまった俺だが、二次創作を書いていた頃の俺は、人気作家だった時期もある。

 いや、最初に「この漫画が好き!」と思って書いていたジャンルでは、お世辞にも『人気作家』ではなかった。二次創作なので同じ原作ファンから感想はもらえるものの、匿名掲示板では否定的なニュアンスで「あいつ、また投稿してる」と書かれ、空気作家扱いだった。『駄作量産』という言葉こそ使われなかったが、間接的にそう読み取れるコメントだらけだった。

 それが「あれ、このラノベ、俺の好きな漫画とキャラ配置が似てね?」と、たまたま見つけたラノベの二次創作を書き始めたら……。

 風向きが変わった。

 投稿サイトの感想欄は、いつも大賑わい。匿名掲示板でさえも「あの人、いつも目の付け所が違うな!」という好意的な声ばかり。時にはアンチっぽい声もあったが、アンチがつくのも人気のうち、という言葉を初めて実感できた。

 匿名掲示板どころか、見ず知らずの個人ブログ――アフィリエイト目的のまとめサイトではなく日記っぽいやつ――で俺の作品を紹介してくれる人まで現れ……。

 まさに平安時代の藤原氏のような、我が世の春だった。


 しかし。

 二次創作は怖い。

 読者も、その原作のファンばかり。皆それぞれ、原作への熱い想いを胸に抱えている。

 だから。

 いつしか感想欄は、

「次回こそ、あの子が活躍するよね?」

「主人公の恋人は、絶対に青髪ちゃん! 異論は認めない!」

「原作では報われなかったピンクちゃんを助けて!」

「自分ならこうする」

 などなど、俺の作品の方向性を勝手にコントロールしようという声で溢れ返るようになり……。


「俺が書きたいのは、そんな物語じゃない!」

 俺は、二次創作から足を洗った。



「……あの頃利用していた投稿サイトに、もしもブロック機能があったら。俺は今頃、まだ二次創作を続けていたかもしれないな」

 失われた遠い日を想いながら、苦笑する俺。

 さらば二次創作の日々よ、もう戻れない、帰れない……。というほど感傷的な気持ちはない。

 今はオリジナル小説を書くことが楽しいのだ。

「まっ、ここじゃ熱心なファンもいないから……。俺には『ブロック機能』は無関係だな」

 そう思って、俺は自分の創作活動に戻った。

 運営からのメッセージには『なお、一旦ブロックしてしまったユーザーは解除できません。慎重に判断した上で、ブロックしてください』と書かれていたが、無関係な俺は、特に気にしていなかった。

 ただ何となく、

「安易に『ブロック機能』を使わせないための抑止力としては、当然の措置だろう」

 と考えただけだった。


 それから一ヶ月。

 俺とは無縁のはずだった『ブロック機能』が、そうも言ってられなくなった。

 数少ない読者の一人が、豹変したのだ。


『毎回毎回、楽しみにこの作品を追ってきました。タイトルが「サラダだけは勘弁な! アタシをサラダにするのは不吉だぜ!」なので、いつ主人公が悲惨な目にあうのか……。それだけが楽しみだったのです」


「なんだ、こいつ? 『主人公が悲惨な目にあう』って、そんなのが読みたい特殊性癖か?」

 最初は、俺も軽く考えていた。

 そもそも、感想が終始過去形なのは「今までは楽しみにしていたが、もう読むのはやめる」というニュアンスかと思って、読者が減るのを残念に感じたくらいだ。

 ところが。

 あれは、撤退宣言ではなかった。


『今回、料理の場面で終わりましたね! いよいよ次回、主人公のパインちゃんがサラダにされるのかと思うと、もう今からワクワクします!』

『あれれ? 作者さんは、前回のラストを忘れてしまったのでしょうか? なぜパインちゃんは、サラダにならなかったのでしょう?』

『パインちゃんが食堂の女給になった! 今度こそサラダですね!』

『おかしいですね。サラダちゃん、まだパインにならない……』

『タイトル詐欺です! 作者さんは、自分がつけたタイトルを、もう一度よく見直すべきです! この作品は「サラダだけは勘弁な! アタシをサラダにするのは不吉だぜ!」ですよ!」


 うるせー!

 感想コメ書くなら間違えるな! 『サラダちゃん』じゃなくて『パインちゃん』だろ!

 あと、タイトルはパロディなんだよ!

 パインサラダも「飛行機だけは勘弁な!」も知らない若造は黙ってろ!

 第一章のラスボスが『ゴリラ飛行機』ってキャラだったろ!

 そいつがステーキ食べかけで戦いに赴いて、パインちゃんに返り討ちされただろ! パインサラダ的な死亡フラグは、そこで消化済み!

 タイトルの伏線は、きれいに第一章で回収されたんだよ!


 ……と返信したかったが。

 それでは大人げないので。

 俺は、黙って『ブロック機能』をクリックした。



 こうして、ついに『ブロック機能』を使い始めた俺。

 一人の読者を遠ざけただけだが、随分とスッキリした。

 なんとも不思議な気分だ。まさか『ブロック機能』が、こんなにも爽快感を与えてくれるものだとは思わなかった。


 その数日後。

 たまたま他の利用者の作品を読んでいたら、びっくりするようなものに出くわした。

 総合評価1,080pt、俺の作品――中でも最高ポイントのもの――の30倍だ。さぞや凄い作品かと思って、勉強させてもらおうという魂胆でクリックしてみたら……。

「なんだよ、これ」

 数行に一回、てにをはの間違いがある!

 何故これが評価されてるの?

 感想欄を見ても……。


『面白いよー』

『わー! 凄い!』

『たーのーシーイー』


 ……これが作品に対する感想か?

 いや、これらは、まだ日本語だ。他にも絵文字? 顔文字? 俺には意味不明なコメントもあったし、どうやって入力したのか知らないが、カラフルなハートマークや星や月で埋め尽くされたものもあった。特に後者、もう文じゃなくて絵じゃん、それ!


「……これ、俺が関わっちゃいけない人種だ」

 二度とこうした作品を目にすることがないよう、俺は、この作者をブロックした。感想欄に「日本語とは思えない」コメントを書いていた者たちも含めて。

 こうして、この日。

 俺の『ブロック機能』は加速し始めた。

 初めて使った時の『爽快感』、あれが、俺の心の中で膨れ上がる……。


 そして、半年が経過した。

 いつしか俺は、些細な理由で『ブロック機能』をクリックするようになっていた。

 その結果。

 俺は誰の小説も読めず、誰も俺の小説を読みに来てくれない。

 そんな状況に陥っていた。

 作品告知のために個人的なイベントに参加したくても、企画主をブロックしているから参加できない。

 ならば、こちらから新規ユーザーのところに出向いて、交流を……。そう思ったのに、新規ユーザーのコメ欄にすら書き込めない! 『新規』だから当然、俺はブロックしていないのに!

「つまり……。何もしていないのに、新規ユーザーの方から、俺をブロックしているのか……?」

 どうやら、俺がブロックしまくったせいで、この『オリジナル・ノベラーズ』内で、俺の悪評が流布しているらしい。初めたばかりの新規ユーザーの耳にも届くほどに。


「これが『ブロック機能』を使いまくった者の末路か……」

 ふと、かつて漫画で読んだエピソードを思い出した。

 独裁者が気に入らない者を排除する、それと同じことを誰でも簡単に出来るスイッチ。「あんなやつ消えちゃえスイッチ」というタイトルだった気がする。

 気に入らない者たちを次々と消していって、一人になってしまった主人公。ここで激しく後悔するのだが、最後に「あれは独裁者を懲らしめるためのスイッチだった」という種明かしと共に、消えた全員が戻ってくる……。

「でも、現実は違うんだよな」

 今頃になって、最初の運営からのメッセージにあった言葉が、重く響いてくる。


『なお、一旦ブロックしてしまったユーザーは解除できません。慎重に判断した上で、ブロックしてください』


 まるで、昔々の不人気な個人サイト――誰も見に来ないようなホームページ――のように。

 俺と関わる者など、誰もいなくなった『オリジナル・ノベラーズ』で。

 俺は今でも、一人で黙々と小説を書いている。




(『ブロック機能 ――ある素人作家の恐怖体験――』完)

   

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