私の最弱クソ雑魚吸血鬼様

鮎太郎

第一話 吸血鬼様、入浴をする

今、私は風呂場で全裸の男性と対峙している。

男性は短く切りそろえられた金髪に赤く鋭い瞳、そして鋭すぎる犬歯が印象的だ。

堂々としており、隠す気がまるでない。見て取れない。

それどころか腕を組み堂々としている。

それが悪いとは言わないが、人前だということを考慮して欲しい。

だが私は女で服もきちんと着ている。色々と勘違いされては困る。

何故こんなことになってしまったのか。

その説明は一時間ほど振り返る必要がある。




私は夜にラジオを聴きながら、宿題をこなしていた。

スピーカーから流れる著名人達の意味の無い話を聞きながらペンを走らせる。

夜の八時あたりだろうか、まるで宿題を止めろといわんばかりにインターホンが鳴なった。

億劫に感じつつも部屋のドアを開ける。

そこに件の男性がいた。

黒いタキシードを纏った男性がいた。

日本では珍しい格好をしていたし、日本人離れした容貌だったのでよく覚えている。


「はっはっはっ! 夜分に申し訳ない。此度はお隣さんであるお前に引越しそばなるものをプレゼントに来た」


ご丁寧にコンビニやスーパーにある出来合いのそばを渡してくれた。

下手に蒸篭に盛られたそばを出されるより、気軽に受け取れるのでありがたい。


「俺はウィリアム・L・アルマンデイン。今後ともよろしくして欲しい」


丁寧に自己紹介してくれた。


「引越しそばありがとうございます」


このやり取りは重要ではない。

ただの出会いというだけだ。




その後、私は宿題を終わらせて風呂に入る準備を進めていた。

そんな時、悲鳴が私の耳に届く。


「うぎゃああああああああああああ! ぐあああああああああ!」


何だか隣が騒がしい。

ただ足がつっただけだろう。

そう思うことにした。面倒だし風呂に入りたかった。


「し、死ぬぅーーーーー! 死んでしまうーーーーーー!」


煩かった。

だが、死ぬといわれて無視していたら、次の日のニュースに出演しているとかそんな感じがしてきた。

私は嫌々部屋を出ると、隣にある部屋の前に立っていた。


とりあえずノックしてみる。


「だ、誰か助けてぇーーーーー! 死んでしまうーーーーーー!」


完全に助けを呼んでる流れだ。

ドアノブに手をかける。

これで鍵がかかっていたら、助けることができなかった言い訳ができる。

ドアノブをまわすとすんなりとドアが開いた。

畜生!

そのまま部屋へ上がり込むと、悲鳴はバスルームから発せられていることに気付く。


「おお! そこの隣人! た、助けてくれ!」


彼はシャワーを浴びながら悲痛な叫びを上げていた。

その顔は真剣で悲痛な悲鳴も合わさって、今すぐにも死んでしまいそうだった。

顔にかかる飛沫から温度が高いとは思えない。

何が原因なのかわからなかったが、とりあえず蛇口を閉じた。


「はぁはぁはぁ、助かったぞ」


目が潤んで、妙に息が上がっている。エロい。

どう見てもただのシャワーだったし、自分で蛇口ぐらい閉めろよと思ってしまう。


「ふう、すまない。吸血鬼故、流水は苦手でな」


どうかしたのかと尋ねたら、とんでもないことを口にした。

ははは。

まさか、まさか。

ははは。


「一人暮らしを機にシャワーをしてみたくてな。ふっ、まさかこんなことになるとは」


普通に考えても無理だろう。

火を見るより明らかだ。


ではない。

吸血鬼だ。

何故、吸血鬼?

というより、唐突だな。

本気で言っているのだろうか。

真相はともかく、ひとまず彼を吸血鬼だと仮定して話を進めていくしかない。


「シャワーを浴びなければよかったのでは」

「そんなことはできない。俺は綺麗好きでね」


今までどうしてたんだよ。

生活に支障きたしてるレベルの話だ。


「今までは湯船に湯を張っていたからな」


なら、そうしろよ。

このアパートはユニットバス、湯船に湯を張る人は少数派だろう。


「今まで通り、湯を張って入ればいい」


彼はなるほど! という顔をして湯船にお湯を入れ始めた。

その間、彼は裸である。一糸纏っていない。

この状況に耐えられないので、立ち去ろうとする。

が、腕をつかまれてしまう。


「お前、さっきみたいなことになったら誰が俺を助けるんだ」


まるで鬼畜を見るような目でこちらを見る。

私は助けた側の人間で、そのような目で見られるいわれはない。

むしろ、感謝される側なのではないだろうか。




そして、冒頭へ至る。

湯船に湯が満ちるまで、お互いが睨み合うことになった。気まずい。

しばらくして、湯船に湯が満ちる。

彼は慎重に足から湯船に浸かっていく。


「お、これなら大丈夫だな」

「ん? ちょっと待って、ピリピリしてきた」

「って言うか、ちょっと痛くなってきた」

「痛っ! 痛っ! やっぱ無理無理! た、助けて! 隣人!」


暴れ始めた頃、彼を湯船からレスキューする。

流水にさらされると痛いものなのかと、関係ないことを考えていた。


「隣人! 俺は、俺はどうしたらいい!」


もう止めたらいいじゃないかな、と思うが口には出さない。

彼は風呂場で乙女のように泣き出した。

少し考えてみる。


「ちょっと待ってて」


私はそれだけ言うと彼の部屋から出る。

そして、部屋に戻ると、ある小箱を持ち彼の部屋へ戻る。

私はおもむろに小箱から発泡タイプの入浴剤を取り出し、全て湯船に投下する。

すると、お湯に気泡が溢れ、この世の風呂とは思えない地獄絵図になっていた。


「これでどう? 入浴剤が入っているから大丈夫」


発泡が終わって、黒いような、茶色いような色をした湯を指した。

私なら入らない。入りたくない。何が大丈夫なのか私にはわからない。


「おお! 頭がいいな。礼を言う」


彼は何の躊躇もなく湯船に浸かる。

少し罪悪感を覚えつつ、その経過を見守る。


「あ、何か大丈夫そう。あ、大丈夫。気持ちいい」


満足そうな彼を残して私は自室に戻った。

これで、ようやくお風呂に入れると風呂場に向かう。


「あ、私の入浴剤」


私はユニットバスにお湯を張る派だった。

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