第七話 吸血鬼様、憧れる 前編

 廊下から楽しげな声が聞こえる。

 昼休みは生徒全員を解放的にする。

 そして、私も例外ではなかった。


「かきピー、今日の放課後はラーメンを食べるわよ」



――少し前


「よっシー、今日の放課後だが、寄りたい場所があるのだ」


 またいつものやつだ。

 というか、さり気なく私が吸血鬼と帰ることが決定している?


「ラーメンだ!」


 ラーメン!

 それは小麦の麺と多種多様の出汁、スープが織り成す芸術品。

 だが、そこまで崇高なものでなく、誰もが手にすることができる。

 そこにも価値があるのだ。


「……にんにく駄目でしょ?」

「大丈夫だ、察している。だが、俺はどうしてもラーメンが食べたいのだ!」


「何処に行くか決めてるの?」

「え? いや、よくわからん」


 店も知らずに行こうとは無謀なことをする。

 仕方ない。

 少し手を貸してやるか……


――――


 現在に至る。

 吸血鬼との会話を終えてすぐに行動を開始した。


「今日は無理かな。ほら、昔買った漫画を読み返さなくちゃいけないし」


 悪意を感じるほどの断り方をされた。

 それ、今日わざわざするようなことじゃないよね。


「奢るから」

「私もちょうどラーメン食べたかったんだ~ 誘ってくれてありがとね、よっシー」


 やはり、奢らせるつもりだった訳だ。

 昔からの付き合いで、大体のことは察しがつく。

……よくこんな奴と一緒にいたな、私。


――――


「ラーメンを食べに行くわよ」


 目の前には学ランを着た大男がいる。

 この高校随一の不良だ。

 改めて見ても大柄で強面の男子生徒だ。


「今日は集めている漫画の発売……」

「行くわよ」

「はい……」


 大神くんに拒否権はない。

 私の命には「はい」と「わかりました」しかない。


――――


 放課後、私たち4人は駅裏にある「ラーメン屋」に向けて歩いていた。

 日光に弱い吸血鬼はいつもと同じように傘を差している。


「ねえ、よっシー。不良君といつ知り合ったの?」

「あいつの友達って紹介されて」

「でも、こうやってラーメンに誘うなんて……流石、鉄の女だわ」


 誰が鉄の女よ。

 というか、鉄の女って何?


「ウィル君はどうして今日ラーメンが食べたいと思ったの?」


 かきピーが吸血鬼に尋ねている。

 確かに私も知りたい。


「いや、テレビでラーメンを食べているのを見てな。どうしても食べたくなったのだ!」


 やはり、実在するのだな。

 飯テロ。

 私は次の日ではなく、その時食べにいくがな。

 そんな中、今まで沈黙を保ってきた大神くんが口を開いた。


「あの、それって昨日やってたマジルタ(魔装装甲マジック・オルタ)のことですか?」

「そう、それだ!」


 え? そのネタ前回だけの話じゃないの?

 しかも、略称まで出てきたし。


「やっぱり、そうですよね。ゲパルトちゃんとヴィルベルヴィントちゃんが放課後にラーメン食べるシーン!」

「それだよ! やっぱりオーカミは分かってるな。俺はあっさりの塩ラーメンを食べようと思う」

「ゲパルトちゃんの食べてたラーメンですね。それなら俺はヴィルベルヴィントちゃんのしょうゆとんこつにします!」


 なんだか向こうの二人は異常なほど盛り上がっている。

 アニメを得意とする者同士仲良くやっている。


「よっシー、何の話か分かる?」

「さあ?」


 実は何の話か分かってます。

 前回の話の後に、その番組を最新話まで見せられたので。

 そのおかげで、大神くんを自由にできるようになったし。



「うわ、臭っ」


 吸血鬼が何か言い始めた。


「に、にんにくの臭いが……」


 もう苦しみ始めている。

 まだラーメン屋まで遠いのだが……

 私はそっとハンカチを手渡す。

 その意味を理解したのか、口と鼻に当てた。


 まあ、そんなことは分かっていた。

 こうなってしまうことも知っていた。

 だから、戦力を用意した。かきピーと大神くん。

 そこまでして、ラーメンを食べたい理由はただ一つ……


 私はラーメンが得意だから!


 私がラーメンを楽しむ為なら、ある程度の犠牲もやむを得ない。

 私がラーメンを楽しんでいる間に、二人は吸血鬼のお守りをするのだ。

 慈悲はない。


「うわっ! きつい! あ、何だか目も痛くなってきた」


 店の前に来ただけでこれである。

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