第二話 吸血鬼様、登校される

今日の目覚めは最悪だった。

結局、入浴剤のない風呂に入る羽目になるし、寝付きも悪かった。

彼の裸が気になったからだろうか。主に股間が。

……顔洗おう。


軽い朝食を済ませてから、登校の準備を行う。

私にはこの先の展開は読める。

登校中に吸血鬼の彼と出会う。間違いない。

そう思うと気持ちが沈む。

準備を終えて、憂鬱な気分で部屋を出る。


部屋の外、空を見上げると今にも雨が降りそうな曇天があった。

私の気持ちを表しているようだ。

鞄の中に折り畳み傘があることを確認して歩き始める。


やはり、通学路に彼の姿があった。

着ている服は学校指定のブレザー。

次は転校生ときたか。

私は気付かない振りをして、彼の前を通り過ぎる。


「おはよう! 隣人! とてもいい朝だな!」


声が大きい。

道行く学生、社会人やジョギング中の男性等の視線が私に集まる。

わかってた。


「おはよう。それじゃ」


私は軽くいなして学校へ向かう。


「ちょっと待って! それはあんまりな話ではないか?」


しかし、回り込まれてしまった。

知ってた。


「隣人も登校か? 俺もそうのだ。奇遇だな」


そうでしょうよ。

この時間にブレザーを着て歩く人はたいてい登校中だよ。

そう思いながら、ふと気付く。

彼が着ているブレザーのネクタイは緑。

私と同じ学年ということか。


「奇遇ね。私は学校に行くから」

「まあ、待て。この俺、ウィリアム・L・アルマンデインが一緒に登校しようというのだ。光栄に思うがいい」


凄く迷惑だった。

光栄とはいったいなんだろうか。


「そういえば、隣人の名前を聞いていなかったな。俺としたことが失念していた」

「それより日光は大丈夫なの?」


露骨な会話回避。そして次なる用件提示。

自称吸血鬼なら、日光は苦手なはずだ。

話をあわせる振りをして、適当にやり過ごすことにする。


「はっはっはっ! お前は勉強不足だな。今は曇りで太陽は出ていないであろう」


凄く後悔した。

やたら響く高笑いがさらに私を不快にさせる。


「ん? そういわれてみれば……顔が熱いな」


彼の顔を見ると赤く火照っているようには見えない。

むしろ青白い。

外国の人のようだしそんなものかも……。


「ちょっと! 顔、顔! 顔が灰になってる!」

「は? え? 本当だ……」


彼の顔の表面が徐々に灰へ変化している。いや、燃えて灰燼へなろうとしている。

彼は自分の顔を触り、その手を見つめている。


「ちょっ! 熱っ! 熱っ! で、でも、これぐらいならダイジョウブだ……」


少し弱気になっていた。

よく見ると灰になった表皮が崩れていくのと同時に、新しい皮膚ができているようだ。

流石に彼を吸血鬼と認めざるを得ない。


「さ、さあ! 熱っ! いざ、学校へまいろうぞ! 熱っ! 熱っ!」


気張っているようだが、今も顔から灰が零れ落ちていく。

流石に登校する気が失せるわ。

見ているこちらが申し訳ない気持ちになる。


「ちょっとこっちに来なさい」


崩れかかった手を取ると、近くに植わっている街路樹の影へ放り込む。

このまま死なれたら、昨日の苦労が無駄になってしまう。

それに、本当に辛そうだ。


「り、隣人。すまない。また苦労をかける」


全くだよ。

この最弱吸血鬼は何がしたいんだよ。


「誰か呼んでくるから、じっとしてて」


木陰から出ようとする私の手を彼が掴む。

他人から手を握られる経験が少ないせいか、つい動きが止まってしまう。


「お前がいなかったら、俺は生きていけないだろ」


真剣な眼差しでこちらを見ている。真っ直ぐに見つめている。

外見だけは悪くない。むしろ良い。

それにこのセリフをよく考えればまるで、こくは……


「日に当たって死んでしまうじゃろー」


涙目で悲鳴をあげる。かなり必死だ。

知ってた。

このまま日光が出てきたら、死んでしまうでしょうね。

さっきのときめきが泡のように消えていく。


「でも、このままでは登校できないでしょ」

「だが、逆に考えたらどうだ。学校へ行かなくてもいいと」


何を逆に考えているのか。

ただ学校に行きたくない小学生と変わらない発想だ。

だが、彼は相当に弱っているようだ。

助けを呼びに行くのを止めて少し待つことにした。


「なあ」

「何?」

「そういえば、お前の名前は?」

「大丈夫? 少し雲が薄くなってきたけど」

「えっ? いや、それはマジでやばいんですけど?」


彼の赤い瞳は動揺のため揺れている。

相当精神をやられていた。

そして、雲の合間から光が差す。


その日光が彼の体を焼く。

このままでは、彼は、完全に、灰へ、変わって、しまう。

思考が、うまく、纏まら、ない。

気付くと私は鞄の中にある傘を取り出していた。


「り、隣人……」

「これで大丈夫」


私の傘が日を遮り、彼は灰になるのを免れた。

もっと早くこれに気付くべきだった。

反省しつつ傘を彼に押し付ける。


「ありがとうな……そ、その、なんだ……えーっと……お、俺のことす、す、す」


彼は私から視線を外して、俯いている。

崩壊から逃れた顔がほんのりと赤みをさす。

若干目が潤ってきている気がする。

まるで恋する乙女のようだ。


「な、なんでもない! 学校でまた会おうぞ!」


彼は傘を持ったまま、私の前から去っていく。

全力で走っているように見えるが、やたら遅い。

今からでも追い越せそうなスピード。

具体的に言えば、50メートル12秒くらいのスピード。

小学生にも負ける速さ。


私は見なかった。

何も見ていないし、何もしていない。

今までの出来事は私の中にない。

ただ、登校していただけだ。

現実逃避しておく。


程なくして、教室にたどり着く。

やたら時間がかかった気がしていたが、いつもと同じ時間だった。


「おはよう、よっシー」

「おっす、よっシー」

「おはようございます。よっシー」

「おはよっシー」


教室に入った私にクラスメイト達が挨拶してくれる。

一部ふざけた挨拶もあったが気にしない。

このクラスは無駄にノリがいい。良い意味でも、悪い意味でも。


「おはよう」


軽く挨拶して席に付く。

このとき、私は理解していた。

これからおきる出来事を。


チャイムが鳴り、先生が入ってくる。

壇上に上がると、第一声を放つ。


「おはようございます。今日は嬉しい転校生の紹介です。やったね」


担任教諭は変なテンションで転校生に自己紹介を促す。

やっぱり、間違いない。

この流れなら、あいつがこのクラスに転校している。

知ってた。


「では、挨拶を願いできますか」

「ボクの名前はダニエルです。よろしく」


紹介された学生は、黒髪に浅黒い肌をしたアジアンテイスト溢れる容貌だった。


「誰だよ!」


私は叫んでいた。

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