第十話 吸血鬼様、帰られる 前編

麗らかな休日の午後。

昼食を終え、軽い充足感とやさしい日差し。

こんな日は読書BLが捗る。


ピンポーン


うるさい。

こういう時は居留守に限る。

多少、気分を害されたがこの程度ならもう慣れた。


ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


この反応は吸血鬼だ。

面倒くさい。

ここは無視を決め込むとする。


ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!

ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!


このままでは、コピペで文字数を稼がれてしまう。

凄く嫌だがドアに向かう。


「うるさい、吸血……き?」


ドアの向こうにいたのは、知らない女性。

キューティクルがまぶしい金色の髪が、腰の辺りで揺れている。

ルビーを思わせる紅い瞳。


「初めまして、お隣さん」


微笑みながら挨拶してくる。

今、少し口を開けたときに犬歯が見えた。

無駄に鋭く、やけに強調してくるあの犬歯。

間違いない、吸血鬼の親族だ。


「私はアリヤ・Z・アルマンデインと申します。よっシーさん、いつも愚弟がお世話になっております」


愚弟、つまり姉か。

弟と違い、礼儀正しい。

いや、引越し蕎麦を持ってきたり、意外と礼儀正しかった気がする。

言葉遣いはともかく。


「えーと、よっシーさんは呼びにくいので、よし子さんでいですよね」

「止めてください」


笑顔でさらっと命名しないでください。

決して、本名ではありませんので、お間違いなく。


「よし子さん、愚弟から話は聞き及んでいます」


もう、よし子さん呼びですか。

この人は要注意人物だと、私の第六感が告げている。


「いつも自分に尽くしてくれる下僕だと」


本当に?

え? そう思われていた?

ちょっと後で絞めに行くか。


「ああ、間違いました。下僕ではなく友達でした」


もう一回被せてくると思ったが、すぐに訂正した。

軽く毒吐くな、この姉。


「友達といっても、ご迷惑ばかりおかけしていると思います。なんといっても愚弟は超が付くほどの雑魚っぷりで、家の看板に泥を塗るほどの面汚しです」


凄い毒舌だった。

1つの会話で面汚しという意味を2回言ったぞ、この姉。


「それでも、愚弟に付き合いっていただき、姉としてお礼申し上げます」


仰々しく頭を下げられる。

そこまでの事をしているつもりは無い。

確かに苦労させられているが。


「そこで、弟を家に帰そうと思っています」


1人で暮らすのが困難なほどの雑魚っぷりだから、家族が心配するのは分かる。

家族が決めたことに口を出すことも無い。


「家から出したのは間違いでした。もう2度と人様に迷惑をかけないように、家から出さない様にします。家の一室に閉じ込め、何も知らせず、何も知らないまま、以前のように暮らすことになるでしょう」


閉じ込めるとか、流石にやり過ぎな気がする。

多少、吸血鬼として虚弱で迷惑をかけることはある。

だが、そこまでしなくてもいいのではないか。


「もう、2度と人にも会わせません」


吸血鬼の姉の言葉が冷たく耳に響いて、心拍数が上がっていく。

その声が鈍く聞こえる。


「誰とも会わないし、誰かに会うこともない」


かきピーや、大神くんや、その他大勢は吸血鬼を受け入れていて。

吸血鬼はよく笑っていて。

でも、それの笑顔は、もう見えなくて。


「もう、貴方に、迷惑がかかることは、ありません」


最弱クソ雑魚の吸血鬼だったけど。

迷惑だと思っていたけど。


「今まで、ありがとう、ござ――」

「待って! 確かに迷惑だけど、凄く迷惑だけど、このぐらいの迷惑ならなんともない」


溢れる言葉は止まることは無く。


「迷惑ぐらいかけられてやる! だから……」


だから?

だから何?

――――――――っ!


「はい、良い返事ありがとうございます」


姉はとても良い邪悪な笑顔で微笑んで。

考えがうまく纏まらない。


「何でも無いです。私は何も言っていない」

『迷惑ぐらいかけられてやる!』


ボイスレコーダー!


「言質いただきました」


こんな!

こんな古典的な方法で!

してやられた!


「連絡を受けて参りました、姉上」


件の吸血鬼が顔を出す。

仕組まれていた。

気付くのが遅かった。


「良かったわね。ウィリアム。よし子さんが面倒みてくれるそうよ」

「よし子って誰です?」


頭が痛くなってきた。

だが、またいつもの生活に戻るだけだ。

特に問題は無い。


「でも、残念。ウィリアムは家に帰します」

「姉上!?」


姉は吸血鬼の頭を掴み、私の部屋から出て行った。

その後を追うように部屋から出たものの、吸血鬼の姿は無かった。

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