二三

 その生徒を見送った後に、私は考えた。

導き出される結論は変わらない。それはつまり、単純明快な事実なのだ。私はあの女子生徒に積極的に関わるべきではないということだ。だのに、それでもまだ私は例の少女に関わろうとしている。

この段階で私は、自分の中にある『言葉にしてはならない感情』に行き着いてしまい、それをかき消そうと長く悶え苦しんだ。その感情とはつまり、私という一教師が生徒である綾倉顕子に対して恋心を抱くというもので、教師という職業に就いている以上、それだけは絶対に許してはならないのである。

けれども、その感情は消えるどころか、何度も何度も浮かび上がってくる。そしてその度に青年期以来記憶の墓場に押し込んでいたはずの、強烈な自己嫌悪が地の底から這いずり出てきて、それがまるで当然であるかのように私の隣にとん、と座り込み、にやにやといやらしい笑みを浮かべ、耳打ちし始めるのであった。

『君は一体、何を勘違いしているんだろうなあ。彼女はとっくの昔に死んでしまったではないか。君はそれをよく知っているはずであろうに。それが何故今になって、例の綾倉なる生徒を彼女の生まれ変わりだ、などと考え出すのか。全く理解に苦しむね。まさかとは思うが、君は小説と現実の区別もつけられなくなったのかい?』

 そうかもしれないな。

『そうかもしれない、と。君もいよいよ焼きが回ったね。大人しくその思い出の海溝の奥深くに沈み込んでいれば良かったのに。いっそのこと、例の少女に話してみてはどうだ。彼女と君の淡く儚い初恋と不能の物語を』

 結局、私はこれを発する私自身に有効な反証を行うことが出来ないのだ。ただ、ただその声は綾倉顕子という生徒について考察する度に、強烈な自己嫌悪と共に浮かび上がってくる不気味な泡なのであった。

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向日葵の恋慕 文乃綴 @AkitaModame

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