1970年、小説家・三島由紀夫は自衛隊駐屯地でクーデターを呼びかけた後、割腹自殺による壮絶な死を遂げた。内容もさることながら、ノーベル賞候補にもなった日本有数の文学者が起こしたということもあり、この事件は世の中に大きな衝撃を与えた。
この事件が未遂で終わってしまい、三島由紀夫が現代まで生き延びたifを描いたのが本作品である。
かつての怜悧さは失われ周囲からはすっかり過去の人と扱われ孤独な晩年を過ごす三島、その彼の行く先には常に一人の青年がつきまとう。彼は三島の小説を引用しながら三島の現在のあり方を責め続ける。この青年と三島由紀夫の対話がある種の三島由紀夫論になっているという構成が凄い。
三島の文体を模倣し、三島の作品を引用して、三島由紀夫本人の架空の晩年を描くという非常に挑戦的なパスティーシュだ。
末尾についている註釈の量も膨大で、これだけ大量の引用を違和感なく小説に落とし込む手つきも際立っており、筆力と熱意が両立して初めて成立できる鬼子のような作品だ。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=柿崎憲)