美少女を空から落とす仕事をしてたときの話をする
木古おうみ
空を飛ぶ夢を見た。
それで明け方起きて、寝違えるし、二度寝したら遅れそうになるし、最悪だよ。
たまに見るんだ。たぶん前の仕事のせいだろうけどな。
辞めてすぐはよく見たんだけど、ここ最近は全然見てなかったなぁ。別に見たいわけでもないけど。
ここ来る前は何してたかって、あぁ、話したことなかったっけ。
美少女を空から落っことす仕事だよ。
あー、知らないか。今全然見ないしなぁ。
昔さぁ、よくあったんだよ。ある日空から美少女が降ってきて、そっから始まるボーイミーツガールみたいな。
あ、知ってる? 天空の……っていや、そんな大作はやったことない。
うち零細だったから。
でもそんな感じ。俺そういう状況を作る仕事してたんだよ。
通学路とか土手とか、十代のガキが通りそうなとこの真上に工場があってさ。
カタパルトってわかる?
ちょうどいい少年が来たら、ああいうので美少女を飛ばして目の前に落っことすの。
多いときは日に二十人とか落としたかなぁ。髪ピンクだったり巫女の服着てんのとか猫の耳生えてんのとかもいたよ。
最初は落とす方じゃなく、落とす前の美少女がスカートが折れてないかとか靴下が汚れてないか点検する作業でさ。
俺不器用だから、美少女の髪結ぶのとか全然駄目で、ずっと上司に怒られてたなぁ。
同僚にひとり、男なんだけどツインテール結ぶのはやけに上手いやつがいてさ。
落とした美少女がどんなに風に吹かれようが潰れようが、髪型だけは崩れないんだわ。
どうしてんのか聞いたら、ワックスでまとめたあと、髪ゴムんとこに針金入れて固定すんだって。
訳わかんないよな。暗そうな奴でさ。
いい大学出てたけど、なんであんな仕事してたんだろ。
有名な私大でさ。ラテンアメリカ文学? 研究してたらしい。ラテンって感じじゃ全然なかったけどなぁ。
いよいよ美少女落とす仕事も覚えるとなると、稼ぎはそこそこだったよ。需要あったし。
どっかの町工場で「周りが空ならうちは土だ」とか言って美少女を地中から出したとことかあったけど、まぁ流行んなかったね。
王道あっての邪道で邪道だけじゃ成り立たないとこか。
今いいこと言ったろ。
俺じゃなく針金ツインテールが前言ってたのの受け売りだけど。
でも、楽しくはなかったな。
そりゃ美少女だから可愛いけど毎日見てたら何も感じなくなるよ。ベルトコンベアの上の商品、それ以上でもそれ以下でもなし。
セットして、落として、ハイ終わり。
流れ作業って奴だ。
ミスもあったよ。
座標とか決めて落とすんだけど、うちんとこ零細だから機材もゴミでさぁ。
たまにズレるんだわ。そうすると美少女がベチャっと潰れてね。
まぁ、それも慣れだわな。
加速しすぎると、美少女は無事でも受け止めるはずの少年の方が受け止めきれずに潰れることもあった。
別に。問題にはならなかった。
美少女と違って少年はうちの商品でもないから、上司も怒らないしな。
それに“どこにでもいるごく普通の少年”って奴を狙って落とすから、ひとり潰したとこでいくらでも代えが効くんだわ。
でも、しばらくして少年が潰れた道路をたまたま通ったとき、花とかジュースとか備えてあんの見ると「うわっ」と思ったね。
粛々と日々やってた訳だけど、なんか一回すげぇ元気な新人が来たときあってさぁ。
体育大学とか出ててヤル気満々なんだよ。
どんな雑用押しつけても「はい!先輩!」とか言ってさ。
俺はコイツいつか病むだろうなぁと思ったね。ああいうのは基本クズしかできない仕事なんだわ。俺もそうだけど。
まぁ予想は的中したよ。
その新人いつも残業して美少女の点検とかしてたんだけど、ひとり腰ぐらいまである黒髪の美少女がいてさぁ。ソイツに他の美少女の5倍くらい時間かけてメンテすんだよ。
ついにイカれたかと思ったね。
俺はその新人の次に新人だったから、仕事終わるのもソイツ以外みんな帰ったくらいの時間になってやっと帰れる感じでさ。
帰り際、
「あんまりべたべた触んなよ、オリエンタル社製じゃねえぞ」とか言ってからかってさ。最低だろ。
あー、知らないか。オリエンタル社。まあ、知らない方がいいや。
そしたら、何言われてもハイハイ言ってたのが、急に険悪な顔して黙りこくってんの。
そん時はなんだよと思ってムカついたけど、後で普段あんなに真面目な奴が怒るってことは相当だろうなとか、悪かったかなと思って。
で、工場見たらまだ明かりついてたから、缶コーヒー買って渡してやったんだ。
そしたら神妙な顔して「さっきはすみませんでした」とか言ってさ。
何か言いたげだったから、とりあえず部屋真っ暗になって美少女がぞろぞろ並んでる中で隣に座ったんだ。
みんな肌とか光ってる美少女の脚と脚の間に、汚ねえ作業着のまま床に直で座ってんの。男ふたりでだよ。
で、ソイツが言うには、あの美少女が初恋の女に似てんだって。
ソイツがいた高校の新体操部の女子マネで、付き合う寸前だったけど、車の事故で死んでそれっきり。見てると思い出すんだってさ。
帰り際、もう指が痺れるくらい寒い十二月だったんだけど、元気に「先輩、聞いてくれてありがとうございました」とか言ってきてさ。
わざわざ俺のアパートの前まで律儀に着いてきてから、日付変わる頃に、白い息ゴジラみたいにはぁはぁ吐いて、走って帰っていったけどね。
ホント馬鹿だったなぁアイツ。
で、いよいよその美少女落とす日になって、新人が担当することになったんだよ。
大丈夫かなと思ったけど意外と平然としててさ。
でも、落とすとき、座標がズレたんだわ。
あぁ駄目だこれ美少女潰れるなと思ったんだけどさ。
そしたら、新人がいきなり機材ん中入って、何してんだとか言う間も無く、そのまま空中にバンって飛び出したんだよ。美少女を追って。
そりゃもう職場にいた全員唖然としてた。
そんで、空で美少女と手取り合ってさ。ゆっくり降りていくんだよね。
そんときのアイツらはマジでアニメの主人公とヒロインにしか見えなかったなぁ。
まぁ、すぐ墜落したけど。
そいつは即死だったよ。
美少女は無事だった、新人がクッションになったからな。
そっからもう大変で。
何せ美少女と一緒に知らん男が落ちてくるわ、目の前で潰れて死ぬわ、少年はビビって当然だ。ラブコメじゃなくスプラッタだよ。
笑えねえ。
仕方なく新人を美少女が戦ってた敵ってことにして、清楚な設定だった美少女を怪力系ヒロインってことにして何とか辻褄合わせてさ。
上司だけじゃなく、針金ツインテールも協力したらしくて。さすが文部卒だよな。俺はわかんねえよ。
でも、事後処理だなんだで結局仕事傾いてさ。リストラしなきゃどうしようもねえみたいな話になって。
俺は元々とっとと転職する気でいたからよかったんだけどね。
最後の日に社食でテレビ見てたら、ちょうど新人の初恋の女に似てるって美少女と少年が出ててさ。
上手くやってるみたいで。
幸せそうに笑ってるふたり見てたらさぁ、こっちは仕事でアイツの葬式もまともにやれてないのにと思ったら、もう腹立つわ虚しいわで。
まぁ、八つ当たりなんだけどな。
夜、職場に入ってさ。警備員とか雇ってないし、新人死んでから残業する奴もいないから誰もいなくて。
暗がりにズラッと美少女だけ並んでてさ。アイツとここでコーヒー飲んだなとか思って。
こいつらあん時の新人と俺を見てたのかなとか。汚い奴らふたりに間に座られて嫌だったかなとか。こんなとこじゃなく早く少年に会いたいとか思ってんのかな。落ちるの失敗して死ぬの怖いとかあんのかなとか。
ひとりくらい新人のこと覚えてる奴とかいないのかなぁとか考えてさ。
気づいたら機材動かして、工場の中の美少女ぜんぶ空にぶち撒けてたんだよなぁ。
ちょうど星もないような暗い空に、一斉にいろんな色の美少女が散らばって、星屑みたいに見えた。
まぁ、綺麗だったよその景色は。
次の朝、職場に置いてた荷物取り行ったら、もう大騒ぎ。当たり前だよなぁ。
俺は昨日はノリでやったけど、冷静になってみたら考えてみたらヤバいことしたなって思い始めててさ。
うち片親だし、金なしい、賠償とかどうなんだろとか現実的なことしか浮かばなくなって。
でも、何も言われなくてさぁ。
どうも俺じゃなく、あのツインテールに針金入れてる同僚がやったことになってるみたいなんだ。
上司にすげえ怒られててさ。
でも、ソイツ、あぁそうですかみたいな冷めた目してて。弁償しろって念書にも普通に判子押して。
何でだよと思ったけど何も言えなくて。
そのまま荷物だけ取って職場出てったんだ。
で、帰ろうと思ったら、どうもソイツも仕事辞めることになったらしくて、こっちに来てさ。
すれ違いざま「手向けの、花火だな」って言ってニヤって笑ったんだ。
一瞬何のことかわかんなかったんだけどさ。
実はアイツもあの夜同じこと考えて、職場に忍び込んでたんじゃないのかな。で、たぶん俺がやらかしたことぜんぶ見てたんだよな。
見てて、自分がやったことにしたんだよ。
俺はもうそん時馬鹿みたいに呆然として、荷物持ったまま立ち尽くしてたよ。実際、馬鹿なんだけど。
まぁ、それっきりだよ。
今じゃすっかり空から降ってくる美少女も廃れたしな。工場も次々潰れて、俺が前いたところもなくなって、今まだやってんとこなんてあんのかなぁ。
別にどうでもいいや。
あ、針金ツインテとはこの前会ったよ。
首都高のサービスエリアで。
今ハイエースでモブだかモガだかっておっさんを送迎する仕事してんだって。
訳わかんねえ。高学歴なんだからまともな職つけばいいのにな。
まぁ、どうしたって、俺らみたいなのが就けるのはこういう浮き沈みの激しい業界だけだからねぇ。
今やってるニートだヲタクだをトラックで跳ねる仕事だって来年どうなるか。
そういや、あの頃の美少女とかは何してんのかな。最初に関わばっかで最後まで見届けたこと一度もねえや。
まぁ人生そんなもんだよなぁ。
俺らだって誰も見てないのに死んでない間はやってかなきゃならないし。
廃れたら別の仕事に行くだけだ。
あぁ、もう休憩終わりか。
こういうのだけは早いんだよなぁ。
じゃあ、行こうか。
ハッピーエンドはまだ遠そうだ。
美少女を空から落とす仕事をしてたときの話をする 木古おうみ @kipplemaker
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