朋友遠道而來,不好玩 ⑮

「ハッ! ハハッ!!」


 入江は喜色満面、高らかに声を上げた。


「もはや語るまい! お前たち! こいつらを始末しろ!!」


 そこから先はほんの数瞬、半秒にも満たない間のことだ。


──李が顔を上げ、王虎が一足飛びにへ飛び──

──ファースタンバーグが入江の持つ密造拳銃の撃鉄ハンマーを狙撃し──

──スミスは身をかがめてホウプネフへ飛びつき──


「ぐっ?」


──入江の左腕が千切れ飛び──

──王虎とぼろを纏った男の頭部上半分が吹き飛ばされ──

──ホウプネフの身体はかすり傷一つ負うことなくスミスの腕の中にあり──二人は入江から少し離れたところに倒れていた。

 

 入江は辛うじて立っていたが、左腕は肘から先がもぎ取られ、傷口から血液がぴゅっ、ぴゅっ、と吹きだしている。右手はまだ密造拳銃を握っていたが、砕かれた撃鉄や銃弾の破片が顔面や首筋に多数突き刺さってもいる。そのうち最大のものは、のどを突き破り、気管と左頸動脈の双方を傷つけた。明らかに致命傷である。


「カッカカカ! なんで俺があんたを襲ったのか、理解できんようだな」

「盆暗めが。だから逃げるぞと言ったのだ」


 互いに頭の上半分を吹き飛ばされた王虎と、ぼろを纏った男が、入江を嘲った。

 王虎はぼろを纏った男に、ぼろを纏った男は劉にそうされたのだ。


「が……な……」


 それでも彼は何かを口にしようとし、ごぶ、と血を吐いて前のめりに倒れた。

 そこにいつの間にか音もなく、李が現れ、入江を見下ろす。

 先ほどのうつろな目はすでに加虐心に溢れた光を放ち、ニカッと笑った口には、大きな四本の牙が見えた。


「教えて差し上げよう。彼、李書文は我が黒龍侯家武道指導役にして我が衛士。そしてこれは一般には知られていないが」


 ぼろを着た男の頭を吹き飛ばした劉が、油断なく指剣で印を切りながら口を開く。

 すでにぼろを着た男と王虎の傷口は、しゅうしゅうと蒸気を上げながら再構築されつつあった。


「武の道を極めた末に仙となった。歴代で最も若く、最も新しい仙人だ」


 息も絶え絶えな入江が、それでも顔を動かし、わからない、と目で訴える。


「仙人となるには死を乗り越え、死を操る力を身に付けねばならない。つまり、李はすでに死んでいる。真なる祖、と言えば君もわかるだろう。王虎が君の命を受け付けず、頭を吹き飛ばされてもなんともないのは、真祖たる李の血を飲み、彼もまた真祖たる力を得たからだ。まぁ、一時的なものだが。故に、彼の主人は道士にして仙人たる李書文に上書きされたのさ」


 と劉が続けるうちに、入江の目から光が失われた。最後の言葉を入江が理解できたかどうかは、定かではない。

 この間、ジャクスンたち海兵は身動き一つできていない。

 スミスとファースタンバーグが動けたきり、ほかは眼前に集う人外の者たちの放つ『気』に圧倒され、呼吸にすら困難を覚えていた。


「さて! どうするね? 君の雇い主は死んだぞ。こちらとしては投降してもらえると、大変ありがたい」


 劉は殺気を隠そうともせずに、ぼろを纏った男に改めて向き直る。

 ぼろを纏った男の頭部は、今やすっかり元通りだ。

 彼は感心したように、顎を撫でている。


「雇い主、か。その認識は誤りだ。俺を受肉させ、命を与えた者は他にいる。が」


 顎を撫でていた手でバチン、と強く指を鳴らすと、入江の死体は瞬時に凍結。

 急激に高まった内圧で爆発四散し、はじけ飛んだ肉片も片端から塵へと返った。


「貴様とのやり取りで、力の使い方はよくわかった。感謝する」


 愕然とした表情で男を見る劉。

 術の起こりも、魔力の流れも察知できなかったのだ。


「俺にも義理というものがある。李と言ったか。死を操るものが居ったのでは、死者に口を開かせるのも容易かろう。そうされては俺の義理が立たんので、こうした。では、失敬する」


 ぼろを着た男はせいせいした様子で、いっそ爽やかに言い放つ。

 くるりと踵を返すと、すたすたと洞窟の奥に向かって歩き始めた。

 それでも周囲に放つ圧力は変わらない。

 途中、足を止め、固まって動けないジャクスンに目を合わせる。


「そんな目をするな。俺たちは近い内に、また相見あいまみえる」

「……き……貴様……何者だ……」


 ジャクスンはぼろを着た男の発する圧力、気配、殺気、そういったものがごた混ぜになった力に圧倒され、失神しかけていた。

 それでもなお自分を睨みつけるジャクスンに、ぼろを着た男は微笑んだ。

 心からの笑みだと、誰からもはっきりわかるほどの。

 それほど、温かい笑みだった。

 周りの者たちは動けない。

 動けば死ぬと、その時分かったから。


「貴様に語る名など無い。俺は現象を説明するための概念に人の魂を混ぜ合わせ、受肉した存在だ。その概念の名で呼ぶなら、うん。そうだな」


 そこでいったん言葉を区切り、再び歩み始める。

 その姿が真っ暗な洞窟に消えて、それからやっと声が響いてきた。


「死神とでも呼ばれるのが、いっそ相応しかろうさ」




「畜生、締まらねぇオチだ」


 マカオ国際空港、国際線ロビーでジャクスンは毒づいた。

 沖縄から来た時と同じような、気楽な恰好。

 左隣ではファースタンバーグがこっくりこっくりと舟を漕ぎ、右隣りにはヘルシングとケイティが座っている。

 周囲には目立たないよう、雑多な服装で劉大佐──黒龍侯太子子超の衛士が護衛配置についていた。


「同意したいところですが、今度ばかりは命あっての物種ですよ」


 ケイティがヘルシングの向こうでうんうんと頷いた。


「アノニマニシスのグールとネクロマンシーの拡散を防げた。今回はそれでいいじゃないですか。あとは偉いさんに判断してもらいましょう」


 ヘルシングがジャクスンの肩を、気にするなと言わんばかりに叩く。

 二人の視線の先にはスミスや劉たちが立ち話をする姿があった。



「この度は本当にお世話になりました」


 もう何度目になるかわからないが、劉大佐はスミス大尉に深々と頭を下げた。

 李や王虎も一緒だった。

 ホウプネフはスミスに寄り添うようにたたずんでいる。


「とんでもない、こちらこそ。最後にあの男を取り逃し、敵組織の全容につながる情報を得られなかったのは手落ちですが。まぁ、それでも彼女たちのおかげで、傍証は得られました」


 スミスは劉と両手で握手を交わすと、側に立つ秋津洲人の年若い女性たちに目くばせした。


「我々が撮影したテープは、三本ともダビングが完了しています。一本ずつ原本を持ち、ほかの二本はそれぞれのコピーです。これをもとに敵組織の全容に、漸進的に近づくより無いかと」


 黛がデジタルハンディカムのテープを、劉とスミスに差し出した。

 二人ともそれを旅行の思い出の品のように、カバンに仕舞う。

 

「以前に私たちは入江に会ってるんスよね。二〇〇八年六月、アフガニスタン。でも今回は、何の反応もされなかったんスよ。マジで意味がわかんないッス」


 瀬里沢が心底納得いっていない顔でぼやいた。


「影武者、代役、変装、いろんなことが考えられるが、あまり気にしないことだ。敵の規模がわからんからな。ともあれ、キミたちにも本当に世話になった」


 スミスが二人と握手を交わしながら感謝の念を述べた。

 横で劉が糸目をさらに細くして頷いた。


「それじゃあ、私たちはこれで。あ、私たちを追ってる来る人達を捉えても多分無駄ですよ。何度か部隊で逆尾行したり拉致したんですけど、敵中枢につながる情報はまだ得られてなくて。今は派手な動きは控えてください」


 そうして二人は二人は去ってゆく。

 ジャクスンたちは椅子に座ったまま手を振って彼女たちを見送り、黛は控えめに、瀬里沢は元気いっぱいにそれに応えた。

 どうせすぐに再会することになる。そういう確信が彼らにはあった。


「さて、俺らも行くか」


 と席を立ち、劉たちと握手を交わす。

 劉は胡散臭い中年男性の姿のまま、まるで少年のような素直さで、ジャクスンの手を握った。


「やはりあなたに来ていただいて正解でした。アノニの件もですが、私にとっても一軍人として、大変貴重な勉強になりました」

「こちらこそ。ですが軍人としての成長に恩義を感じていただけるなら、俺よりはスミス大尉と仲良くしてやってください」

「もちろんです!」


 元気に答えた劉のスミスを見る目は、明らかな尊敬と友情に溢れていた。


朋友遠道而來、不好玩友遠方より来たる、また楽しからずやというやつだな。私も弟子が何人も増えたみたいで楽しかったぞ、ジャクスンくん。みなさんも」


 李の言葉に、スミスと劉は照れくさそうにはにかんだ。

 ジャクスンはすかさず、新しいお弟子さんなら一人できましたね、と混ぜっ返し、李はこの木偶の坊、変な癖がついておってなかなか手間がかかる、と王虎を茶化した。王虎はグールの呪いを排出するため、李の下で修業中だった。


「そうだ。友人で思い出した」


 と、ポンと手を打ちながら王虎。


「ジャクスンよ。俺とお前さんには共通の友人がいるはずだ」

「あー、あいつか? ブタ箱にぶち込まれてる変態メキシコ人」

「変態にはお前さんがしちまったんだろうが。いやそうじゃなくて。お前さん、南米で拳法を習わなかったか」

「……なんでそれを知って……まさか?」


 声を引くくしたジャクスンに対し、王虎はこればかりは真面目な声音と態度で告げた。


「そのまさかだ。お前さんに拳法を教えた麻薬密売人、ウェイ・フォン・チャールズはまだ生きてる。奴もグール周りの情報を漁りに来てやがった」

「いつ」

「一年前。お前さんがヤツを逮捕し損ねて、ひと月ってところだな」



 清龍・ヴェトナム国境地帯。

 密林に包まれた山岳地帯。

 ある山麓の尾根筋にあるしげみが揺れ、そこから一人の男が這い出てきた。

 手にはナイロンバッグ。

 蓬髪、ぼろぼろの衣服。

 ジャクスン達に自分を死神と呼べと言った、あの男だ。

 しばらく尾根筋を上り、振り返る。

 清龍の大地は夜の帳に包まれ、夜空にはまばゆいばかりの星の海が広がる。

 と、その男に後ろから声をかけるものがいる。


「ご苦労様でした」


 男はゆっくりと振り返る。

 彼は何の感慨もなく、声をかけた者の名を口にする。


「入江か」


 入江と呼ばれた男は、ほんの少し唇をゆがめた。

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不思議の国の海兵隊 ~衛生兵と書いてスライムと読むことの何が悪いってんだ?  高城 拓 @takk_tkg

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