25.嫉妬
クランデーロはリョートの手を取り、離さなかった。それは思想的な目でではなく、実際的に、である。アスコラクたちへの目印として、燃える氷を撒いて来た。すぐにアブマンはアスコラクに見つかるだろう。
「何のつもりだ、クランデーロ⁈」
「私は決めていたのです。再び貴女の手を取ることが出来たなら、もう二度とその手を離さないと」
「貴様、私に教示を得ながら、主とやらの下僕に成り下がったか」
「逆です、我が師よ。貴女に再び会うために私は主の下僕となり、貴女様を永遠に我が元に置いておきたかったのです」
「愚かな」
「ええ。愚行ですとも。それでも貴女様は我が唯一の師。どうか私と共に来てください」
クランデーロはその姿からは想像もできないほどの力で、リョートの手を引っ張り、やがて絵からリョートを引きずり出した。そこには大鎌を携えた男が立っていた。クランデーロは初め面食らったが、天使の性質上男女の区別がないことを思いだし、リョートを引き渡した。
「おのれ、クランデーロ。この裏切り者めが」
「あのような若造に少しでも気にかけた貴女様が初めに私を裏切ったのです」
クランデーロは燃え盛るような嫉妬を隠そうともしなかった。クランデーロの心中は押して知るべしだったが、アスコラクは容赦しない。
「痴話げんかもいい加減にしろ」
二人の言い合いにアスコラクが割り込んだ。
「リョート、不死はどのような形であれ大罪だ。アブマンに施した時間を操る技術も含め、お前には償うべきところが多々ある。一緒に来てもらおう」
「主の犬めが」
リョートはアスコラクをにらみつけた。
「まあ、リョートったら、そんな口をきいて」
シャクヤはリョートをたしなめる。それは姉として当然の行為だったが、リョートは自分の姉の存在すら知らない。
「何だ、貴様は?」
リョートは自分によく似たシャクヤを気味悪がっているようだった。しかしシャクヤに聖痕があることに気付いたリョートは、目の前にいるシャクヤこそ自分の身代わりとして死なせた娼婦であることに気付いて、目を丸くした。
「では、お前が、まさか……」
さすがのリョートも言葉を失った。シャクヤは押し黙るしか出来なかった。わずかな沈黙があった。アスコラクはもちろん、クランデーロもイネイも口を挟まなかった。シャクヤは眉間に皺を寄せて決意をあらたにする。
「女王陛下」
シャクヤは言う。その声は、冷たく、固く、重い。それはシャクヤがリョートを拒絶しているようにも聞こえた。
「私が陛下の身代わりになれたのは、恐れ多くも陛下に似ていたからです。他人のそら似というものでしょう。私のような一娼婦が、陛下のお役に立てたことは、私にとっては僥倖でございました」
そう言って、シャクヤは他人行儀にリョートに向かって頭を下げた。リョートは何か言いかけて口を開けたが、言葉は発しなかった。ただ、食いしばるように口を閉ざしたままだった。アスコラクはリョートの首を刈った。すると絵は、砂のようになって消えた。任務を遂行したことを確認すると、アスコラクたちは遠い空に消えた。
マスハにある美術館では幽霊騒動は起きなくなった。くしくも、偽物が本物と入れ替わることで、絵の存在は守られた。
「時の女王」は今でも人々を引きつけてやまない。
<了>
アスコラク‐時の女王- 夷也荊 @imatakei
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