第4話
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――翌朝。
エメラルダは、何やら不穏なざわめきを感じ目を覚ました。
「なんだか森が騒がしいわね……」
いつもの黒のワンピースに着替え、コートを羽織ると森の中へと入ると草をかき分け、地面に落ちている枝を踏み歩み続けると、複数の男達の話し声が聞こえてきた。
エメラルダは気配を消し、位置がバレない程度に距離を取り、会話をこっそりと聞く。
「おい、いたか?」
「いや、いない」
「情報では確かにここに王子がいると聞いたのだが……」
「この魔女の住まう森に、か。物好きな王子だ」
「しかし、ここで殺すのも魔女の怒りが降りそうだ。ここは魔女の領域だからな。こっちとしては、王子が魔女に殺される方が楽なんだがな」
「確かに、それは言える」
男達は笑いながら森の先へ進み続け、エメラルダは二人の会話に首を傾げていた。何が何だかわからなかったからだ。
(王子? 殺す?)
「殺すもなにも、この森に王子なんて来てないわ。一体なにが――――」
起きているの?と言おうとした瞬間、誰かに肩を叩かれ、エメラルダは警戒態勢に入った。相手との距離を取り、殺気と共に攻撃用の呪文を唱えようとしたのだ。
「フォレグロストロ――」
「――ちょ、ちょ! 落ち着けって! 俺だよ!」
「って、なによ……貴方だったの?」
「なによとはなんだよ」
「てっきり――――」
「ん??」
「……」
(言ってもいいんだけど、何だか、言わない方がいいような気がするわ)
「何でもない。気にしないで」
エメラルダはアランに素っ気なく言う。エメラルダが言おうか言わないか悩んでいる時、当のアランは、男達が話していた場所を密かに睨んでいた。
勿論、エメラルダにはバレていない。
「ねぇ、ちょっと」
「ん? なんだ?」
「今日は何の用があって森に来たのよ」
「何のようって……そりゃぁ、デートの誘いに♪」
エメラルダは目を見開き驚いた声を出す。
「は、はぁ?! で、デートってなによっ!!」
「え? 昨日誘ったじゃん」
「そ、それはそうだけど……でも、私、行くとは行ってないし……」
アランから顔を背け、自分の髪をクルクルと指で絡め唇を尖らせる。
「ま、まぁ……行ってあげてもいいけれど……」
「ぷっ…ふふふっ」
エメラルダの素直じゃないことにアランが笑うと、エメラルダは眉を釣りあげ「何がおかしいのよ!」と、アランに言った。
だが、それは決して本気で怒っている訳では無い。
「素直じゃねーなって思って……くくっ」
「ふんっ!」
「さぁ、お手をどうぞお姫様」
そう言うと、アランは腕をエメラルダに差し出した。それはまるで、舞踏会のエスコートをするみたいだった。
エメラルダは少し恥ずかしげにアランの腕に手を回す。
「私は姫じゃなくて、魔女よ」
「今はお姫様だよ」
「何よそれ……馬鹿みたい」
そうやって文句を言いつつも何だかんだでアランのエスコートに従うエメラルダを見て、やっぱり素直じゃないな――と思い、アランは内心苦笑したのだった。
そして、森を進むこと数分後。
「で、結局は森の中を歩くだけじゃない」
アランの腕に回しながらジトーっとした目でエメラルダはアランを見た。
アランもそんなエメラルダをジッと見つめ返す。
「仕方ねーだろ? お前はここから出たがらないんだからさ」
「うっ……。そ、それは……まぁ、そうなんだけど」
アランのズバリの指摘にエメラルダがパッと目を逸らし気まづそうな顔をした。
アランはそんなエメラルダの前を「でも、ほら、花がいっぱいだぞ?」と指をさしながら言うと、エメラルダは溜め息を吐きながらヤレヤレと言った様子で首を横に振る。
「馬鹿ね。貴方知らないの? これは、全部毒草よ」
「へぇー、マジか。こんなに綺麗なのに不思議だな」
目の端に映った一輪の赤い花に触れる。その花はルビーのように赤く、アランの住む国では見たことがない花だった。
「それはヒガンバナよ。異国の花なんだけど、いつからかこの森にも咲くようになったの」
「ほぉ。これが例の花か……」
エメラルダはアランの言葉に少し疑問を覚えたが、敢えて追求しなかった。
アランは次に白い花に触れる。その花は、まるで小さな鈴のような花弁でコロコロとして可愛かった。
「その白い花はスズランね」
「あぁ、あれか。ふーん……」
マジマジとスズランの花を見るアランにエメラルダはあることを尋ねた。
「……ねぇ。貴方、毒に詳しいの?」
「へ?……あぁ~。まぁな」
「ますます貴方の素性が解らないわ」
「俺の? 俺は………ただの夢見る商人だ」
ニコリと笑いながら言う。エメラルダは、ほんの一瞬、深刻そうな顔をしたアランを心配した自分が少し馬鹿らしくなった。
「……変なの」
「よく言われる」
頭を掻きながらニカッと笑うアランに、エメラルダはまたもや溜め息を吐く。
「もぅ……この辺りは殆ど毒草だらけよ。そうねぇ……あっちの方ならいいかもしれないわね」
「そうなのか? 俺は森は詳しくないから、よくわからないが……ま、行ってみるか!」
アランは徐ろにエメラルダの手を握ると、指した場所に向かって歩み始めた。エメラルダは急に手を繋がれたことに驚き、口をパクパクとさせる。
(何するのよって言いたいのに……)
今からでも遅くはない。この手を払い除け、いつも通りに言えばいい。けれど、その言葉は一向に出てこなかった。
(だって……不思議と嫌じゃないんだもの……)
エメラルダは、手を繋がれたのと同じぐらい自分の気持ちに困惑し驚いていた。
歩くこと数分後。
エメラルダが指した場所、そこは深い森の中なのに周りには色とりどりな花が咲いていた小さな平原だった。
「ほぉ、これは凄いな。森でも、こんな綺麗な場所あったんだな」
「ここは神聖な森よ? 当たり前じゃない。って、何やってるのよ?」
「んー? ……秘密♪」
何かを作っているのは確かだが、何を作っているのかはエメラルダには全然わからなかった。それに加え、秘密と言われ心無しかムスッとなる。
しかし、それでも何を作っているのかが気になるのか、エメラルダはジッ…とアランの手元を見ていた。
「でーきたっと♪」
そう言うとアランはエメラルダの頭にそれを被せた。ふさっと何やら頭上に感じたエメラルダは、そっとそれに触れてみる。
「これは何?」
「あらら、知らない? 花冠」
「はな、かんむり?」
エメラルダがコクリと首を傾げると、アランはニコッと笑う。
「そそ♪ 昔、兄貴とどっちが綺麗に作るれるか競争し――いや、なんだもない。……それより、綺麗だろ? エメラルダにやるよ♪ プレゼントだ」
「…………」
エメラルダは、アランがいつも大事な事を話してくれないのは百も承知で知っていたはずなのに、何故だかこの時だけは少し悲しかった。それでも、この気持ちを無視して気にしないことにする。
「これ、どうやって作るの?」
「へ?」
「私も作りたいわ」
「そ、そうか? まぁ、女の子だもんな。よし、教えてやるよ!」
真っ直ぐな瞳にジッと見つめられながら言われ、アランは気恥ずかしくなり目を逸らす。しかし、ここで変な態度をとれば、エメラルダの機嫌を損ねる恐れがあるので、いつもの笑顔でエメラルダと接し花冠の作り方を教える。
エメラルダは、アランが言うように次々と花冠を作っていく。最初の出来は、かなり酷かった。とても花冠には見えない物だった。しかし、回数を重ねる事に少しずつ上達していき、一生懸命作るエメラルダにアランはクスリと笑った。
――数分後。
「やっと、できたぁ~!」
「よく出来ました」
パチパチと手を叩くアラン。エメラルダはよほど嬉しいのか、珍しく微笑んでいた。
「っ!!」
その無意識に見せているエメラルダの笑みに心臓がドキッと鳴った。
エメラルダは、やっと綺麗にできた花冠をアランの頭に乗せると、満足したような顔になる。
「ふふっ」
「え……?」
「あげるわ。こ、これをくれてお礼よ」
少し頬を染め、そっぽを向きながら言うエメラルダに、アランは嬉しく思った。そして、お互い作った花冠を交換するのが可笑しく思いクスクスと笑った。
エメラルダは何が可笑しいのかよくわからなかったが、少しだけ心がお日様みたいにポカポカし、自然と笑みが溢れたのだった。
夕方前になると、アランはエメラルダを家の前へと送って行った。
「別に、わざわざ送ってもらわなくてもよかったのに」
「送るまでがデートなんだよ」
「ふーん」
そんなものなの?とエメラルダは内心思う。そして、目の前に立っているアランをチラッと見た。
アランは何かを言おうか悩んでいるような顔をしていた。
「どうしたの?」
「あ、いや……その……」
「なんなのよ?」
(言いたいことがあるなら言いなさいよね)
口元を片手で隠しながら難しい顔をするアランは溜め息を吐くと、エメラルダをジッと見つめた。
その瞬間、エメラルダの心臓がドキッと鳴った。
「う……な、なによ?」
「俺……もう、ここには来ないから」
「……え?」
突然の言葉にエメラルダは唖然となる。頭の中では、アランの『もう来ないから』という言葉が何度も反芻している。
次第にアランに対して苛立ちを覚え、自分の手をギュッと握っていた。
「な、なによそれ……」
「今後、エメラルダに迷惑をかけることになるから――」
「――そうじゃないっ! 私は、ちゃんとした理由を聞きたいの!」
エメラルダの怒りにアランは気まずい表情を浮かべエメラルダから目を逸らした。
「それは……ごめん。今は言えないんだ……」
「――っ!?」
エメラルダはアランに多少なりとも信頼を持っていた。アランもこんな自分を少しでもいいから信頼してほしかった。けれど、きちんとした理由を言えないということは、所詮はそこまでの関係ということ。
エメラルダは、自分の中にある糸が絡み合ったような感情に悲しくなり、腹が立ち、下唇をギュッと嚙んだ。犬歯が唇に当たり、血がじわりと口の中で広がる。
「もう、いいわよ……わかったわよっ! 好きにすれば?! それに私はね、貴方が来なくてせいせいするわ?! それじゃ、さようなら! もう、本当に来ないでよねっ! 馬鹿!!」
「お、おい! エメラ――」
――バタンッ!!
エメラルダは不満を全てアランにぶちまけると、アランが引き止める前に家の中へと入り鍵を掛ける。残されたアランは呆然と立ち尽くし、言いたいのに言えない自分に苛立ち髪をクシャっと握った。
そして、苦虫を噛み潰したような顔をすると、エメラルダの家に背を向け、渋々森の外へと出て行ったのだった。
閉まった扉を背に預け、アランの気配が消えるのを待つエメラルダ。
エメラルダの顔は、今にも泣きそうな顔をしていた。
「……なによ。なんなのよ急に……」
(人をあれだけ馬鹿にして……来るなって行っても、毎日毎日飽きもせずに森の中に来て……)
「うっ……うぅっ……ぐず……っ」
遂に、エメラルダの瞳から涙が溢れた。
エメラルダはその場で座り込み、両足を抱え蹲る。まるで、迷子になって泣いている子供のように。
(人間なんて、やっぱり嫌いよ……。利用するだけする人間なんて……)
「うっ……うう……大嫌い、なんだから……ぐずっ……」
ものの数時間前までは心が温かかったのに、今はもう凍ってしまった氷のように冷たく、そして、酷く胸が傷んていた。
エメラルダは泣き続ける。この胸の傷みがマシになるまでずっと。
そして、あれから時はあっという間に過ぎて行った。森の草木も緑色から茶色へと移り変わっている。
アランが来なくなってからエメラルダは一人の生活――いつもの生活へと戻っていた。森に出かけ、毒を調べ、精霊と戯れてみたり。
でも、エメラルダの心はどんなに時が過ぎて行っても何故だか晴れることはなかった。
「何故かしら……」
(ポッカリと心に穴が空いたような感じがする……)
室内の窓から森をジッと見つめていると、その焦燥感は段々大きくなっていき、エメラルダはポツリと呟いた。
「……寂しい、な」
自分が無意識に呟いた言葉にハッとなり我に返る。
「寂しい? この私が? あぁ……そうか……私は、寂しいのね」
あの日、アランがくれた花冠にそっと触れる。花冠はエメラルダの魔法によって色褪せる事無く、貰ったままの美しさを保っていた。
「……アラン」
アランの名を呼んだ瞬間、扉を叩く音が聞こえてきた。
エメラルダは、もしやと思い小走りで階段を降り扉を開ける。沈んでいた心は上がり寂しそうな顔も今はもう、どこか期待しているような顔に変わっていた。
「アラン! アランなの?!」
期待を込めて開けたが、扉の前には見知らぬ青年が立っていた。
その瞬間ガッカリした気持ちに一気に変わったが、エメラルダはそれを表には出さなかった。
「……誰?」
「こちらに黒の魔女がいると聞いたのですが……まさか、貴女様が――」
「そうよ。黒の魔女は私。それが何か?」
青年は「やはり……」と、呟くと目を見開き驚いていた。しかし、それも一瞬のことだった。
「実は、貴女様に助けていただきたい方がいます」
「助ける?」
「はい」
青年の真面目な表情に、エメラルダは冷たい目で青年を見る。そして、それを断るように扉を閉めようとした。
「残念だけど、私はもう人は助けないの。他を当たってちょうだ――」
「――お待ちくださいっ! お願いします! 私の主を助けて下さい! 貴女様しかいないのです!」
青年はエメラルダが閉めようとした扉に手を挟み、閉めるのを阻止する。
エメラルダはジッと青年の目を見る。
「お願い致します!」
アランと同じぐらいの青年。それでも、アランよりかは少しだけ幼く見えるような気がした。
そんな青年が、自分の主君を助けたい一心でこんな森の中まで……世界に恐れられる黒の魔女の所まで訪れた。
そして何よりも、こんなに必死に頭を下げられると断るにも断れない。エメラルダは短い溜め息を吐くと、扉を閉めるのを止め青年の話しを聞くことにした。
「……はぁ。わかったわ。話は聞いたあげる。でも、助けるかはわからない」
「有り難うございます」
青年は深々と頭を下げ礼をする。
エメラルダは、とりあえず話しを聞くために青年を屋敷の中へ招こうと扉を大きく開けた。
「中へ入って」
「いえ。中でお話しをする時間はございません。森の外に馬車を用意させてあります。その道中にお話しを」
「それだけ、その主が大変ってことなのね……」
青年は苦い顔をした。その表情は、まるで自分も苦しんでいるかのような表情だった。
「はい……とても、危険な状態です……」
「わかったわ」
そう言うと、エメラルダはコートも着ずに青年の言う馬車へと向かった。
いつもなら過去の
誰かが自分に助けを求めている――それがエメラルダの背中をひっそりと押したのかもしれない。
恐らく、その背中を押したのはアランだ。アランがエメラルダの冷たく閉じた心を少しずつ開いてくれたのだ。
(結局、居ても居なくても貴方は私を振り回すのね)
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