第5話

 数百年ぶりに森の外に出たエメラルダは、ぼーっとしながら窓に映る景色を眺めていた。


(この街も、すっかり変わってしまったのね……。それにしても、こんな形で外に出るなんて。どうせなら――)


「――エメラルダ様」


 名前を呼ばれ、エメラルダはハッとなる。そして、警戒するように青年のことを睨んだ。


「……どうして、私の名前を知っているの?」


 ――エメラルダの名を、この男が知っているのはおかしい事。ありえない事なのだ。

 代々伝わる歴史の本でも、エメラルダの本当の名は載っていない。大体が『黒の魔女』『悪魔のような魔女』と記されてるからだ。

 故に、エメラルダは目の前にいる青年の事を警戒する以外他に無かった。しかし、エメラルダに睨まれた青年は怯えや恐怖などはなく、ただ苦笑していた。


「そう睨まないで下さい。そうですね……どこからお話ししたらよいのか。まずは、これから向かう場所についてですが、これから向かう場所は、国王の住む城になります」

「――なっ?!」


(こ、国王?!)


「そして、助けていただきたい者――つまり、私の大切な主は、王の息子である第二王子のアラン・エルリック様です。 」

「……ア、ラン?」


 その名を聞いて、エメラルダは唖然となる。それでも、青年は真剣な顔で話しを続けた。


「国王亡き今、次の国王は第一王子のスフェン王子に決まりました。しかし、スフェン王子を支援する貴族達は第二王子の存在に恐れました。アラン様は、国の民にも慕われているからです。そこで第一王子を支援する貴族達は、次々と刺客を送ったのです」


エメラルダは『刺客』という言葉に口を開け驚く。


「刺客って……」


青年はそんなエメラルダを真剣な顔で見て話を続けた。


「アラン様はスフェン様の功績や名を庇い、今までずっとされるがままでした……。それも無理はありません……お二方は、本来はとても仲の良い御兄弟ですから。……しかし、周りの貴族達の思惑は更に過激化し、ついには毒殺まで行くようになったのです」

「毒、殺……」


青年はコクリと頷く。


「はい。もう、数ヶ月前からです。大体の毒は丹精が付いているのですが、今回ばかりは……。ですので、こうやって貴女様の元へと駆けつけた次第です」


 エメラルダは膝の上にある手を握りながらフルフルと震えた。その震えは恐怖からくるものだも無い。怒りから来るものだった。


(なによそれ……)


「そんなこと、一つも聞いてないわよ……ふざけんじゃないわよ……!」


エメラルダは膝の上にある拳をぎゅっと握る。スカートも一緒に掴んでしまったがため、スカートに皺が寄ってしまったが、エメラルダはそんなことどうでも良かった。

エメラルダの怒りに青年は眉を寄せ少し悲しそうな表情を浮かべる。


「エメラルダ様。アラン様も、本当は伝えようかと思っていたと思います。言えなかったのは、エメラルダ様を心配しての事だと――」

「――わかってるわよ!……そんなこと、わかってる……。余計なお世話よ………アランの馬鹿」


不貞腐れたような顔で窓の外を見るエメラルダに、青年はクスリと笑う。

エメラルダは目を吊り上げながら青年を睨んだ。


「なによ?」

「アラン様から、貴女様の事は常々聞いていましたから、つい。失礼致しました」


青年はエメラルダに頭を下げ謝ると、アランのことをエメラルダに話す。


「貴女様の話しをするアラン様は、いつも楽しそうでした。まるで、子供のように話しをされていました。あんなアラン様を見たのは、スフェン様とすれ違う以来です。……お願い致します。あの方を、お助け下さい」


 佇まいを正すと改めてエメラルダに頭を下げる。エメラルダはそんな彼を横目で見ると溜め息を吐いた。


「勿論、助けるわよ。あの馬鹿に、一言言ってやらないと気が済まないんだから。……それに、助ける気なんか無かったら最初から馬車になんか乗らないわ」


 アランが言ったことが頭に過ぎり、青年はエメラルダを見て思わず微笑んでしまった。


(素直じゃないと仰っていましたが……ふふっ、アラン様の言う通りですね)


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