第6話

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 城に到着すると、エメラルダはアランの部屋へと案内された。ベッドには、アランが息苦しそうにうなされている。


「はー、はー、ぐっ! うぅっ!」

「お前達はもういい。ここは私達が見よう」

「はい」


 侍女達は青年に頭を下げエメラルダを横目で見ると静かに部屋を出た。


「エメラルダ様。お願いします」

「言われなくてもするわよ」


 エメラルダがパチンと指を鳴らす。すると、何処からともなくポイズンブックが現れた。


「それは?」

「これは、ありとあらゆる毒草が書かれた本よ。まぁ、私の趣味の本ね。さてと……まずは、毒を調べないといけないわね」


 エメラルダはそう言うと自分の額とアランの額を合わせる。

 それを見た青年は少し動揺した様子でエメラルダに声をかけた。

 青年の顔は赤くなっている。見た目に反して意外と初心らしい。


「あ、あの……なっ、何を?」

「これから過去を見るの。集中するから、少し黙ってて――」


 エメラルダは瞳を閉じ、小さな声で呪文を唱える。すると、エメラルダとアランの身体が薄らと発光し始めた。

 エメラルダの脳内には、今、アランの過去が見えている。まるで舞台を見ているように起こった出来事が映像として頭の中に流れてくるのだ。

 それはアランが苦しんで倒れる所から戻り、食事をしている所……シェフが料理を作っている所……何者かが厨房の者にバレないよう薬を混入させる所……薬を受け取る所――そうして、アランの過去から他人の過去、物の過去へと遡り続けた。


 全てを見終わると、エメラルダはアランの額から身体を離しノートをペラペラと捲っていく。


「この毒は、ケチョウセンアサガオね。吐き気、呼吸麻痺、最悪は心臓麻痺を起こす。とりあえず――」


 パチンと再びエメラルダが指を鳴らす。すると今度は、紫色の液体が入った小瓶が現れた。


「この薬で治るわ。後は私が看病するから、貴方も出て行ってちょうだい」

「し、しかし……いえ、そうですね。お願い致します」


 青年は何かを思ったのか、エメラルダに後の事を託すと一礼し部屋を出て行った。

 広い部屋にはエメラルダとアランの二人だけとなる。アランは、とても苦しそうな顔をしていた。


「今、薬をあげるわ」


 エメラルダは透明な瓶の蓋を開ける。そして、液体をアランの口に流した。しかし、薬は喉に通ることはなく、そのままアランの口元へと垂れてしまった。

 それだけ今のアランには飲むほどの体力も気力も無いということだ。


「…………」


 エメラルダは意を決して瓶の中の薬を口に含むと、苦しそうなアランの顔を少しだけ上げ自分の唇を重ねる。すると、アランは苦しいながらも口の中に流れてくる液体をコクリと飲んだ。

 薬を飲んだ事に安堵の息を洩らすと、エメラルダは側に置いてある小さな布巾を水に濡らし、アランの汗を拭き取った。


「まさか、国の王子だったなんて……それに、髪はカツラだったのね」


 エメラルダはアランの銀色の髪をサラッと撫でる。髪は、猫の毛のようにサラサラでふわふわとしていた。


「綺麗な髪……私の髪とは大違いね」


 エメラルダは歴代の魔女や、今まで見てきた美しい姫君達のことを思い出す。

 美しい容姿に絹のような滑らかで艶のある髪。身につける物は高価な宝石に明るく可愛らしいドレス。


(とても、私には似合わない物ばかりね……)


 自傷気味に笑うと、アランが意識朦朧の中エメラルダの腕を徐に掴んだ。どうやら、先程のエメラルダの独り言を聞いていたらしい。

 アランは、苦しそうにしながらもエメラルダの瞳をジッと見つめる。


「はぁ、はぁっ……おっ、俺は……エメラルダの髪、好きだ……瞳も、全部。……綺麗で……っ……誰よりも、優しいよ……」


 そう言うと、アランは意識が切れたように瞳を閉じ深い眠りへと入った。

 薬の効果が表れて来たのだろうか?アランの息は徐々に整い始め、苦しそうな表情も少しずつだがマシになっていた。

 しかし、エメラルダだけは違った。エメラルダの顔は熟れた林檎のように真っ赤なっていたのだ。エメラルダは口を魚のようにパクパクさせる。言葉が出ないようだ。


(な、ななっ?!)


「――っ!!」


  エメラルダは自身の胸を押さえる。心臓はドキドキと高鳴っていた。

 エメラルダは、この気持ちがなんなのかよく解らなかった。こんなにも胸がドキドキして苦しいのに、心の内は嫌でもなんでもなかったからだ。


 ――あの時……初めて、アランに手を繋がれた時みたいに。


 ……………

 ………

 …


 エメラルダは、この気持ちの正体がなんなのかアランの看病をしつつも、ずっと考えていた。

 そして、真夜中になってアランの息も正常に戻ってきた頃に気がついた。



 ――この男に〝恋〟をしているということに。



 以前のエメラルダは恋だの愛だのという物が解らなかった。人魚が王子に恋をし、人間にしてほしいと願った時など理解不能だった。

 あの時のエメラルダは、ただ単に面白そうだったから願いを叶えたにすぎない。魔女の気まぐれというやつだ。

 そして、エメラルダはそんな人魚の様子を水晶から一部始終を見ていた。

 結局、人魚の恋は実らなかった。

 王子の心臓の血を足に塗れば、また元の姿に戻れるのにも関わらず、その人魚はしなかったのだ。

 その人魚は、最期はこう言った。


「私は、この恋が実らなくても、この人を愛している……。愛する人を殺すことなんて……そんなの出来ないわ……」


 そう言って、一筋の涙を流しながら海に身を投げ泡となったのだった。


(哀れで、馬鹿な人魚のお姫様……)


 その時のエメラルダはそう思った。でも、今はあの人魚の気持ちも他のお姫様達の気持ちも何となく理解出来る。


「これが恋なのね……」


 嬉しくもなり。

 悲しくもなり。

 寂しくもなり。

 そして、何よりも愛おしいと思う。


 エメラルダは深い眠りについているアランの額にチュッと、小さなキスをするとアランの髪を優しく撫でた。


「責任とってよね……馬鹿……」

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