第7話

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 翌朝。鳥のさえずりと共に、アランは目を覚ました。


「う、ん……俺は……?」


(あぁ、そうか……また、毒を盛られたのか……)


 アランは、自分が覚えている事を思い出すと自傷気味に苦笑し、上半身を起こそうとする――が、何やら胸に重みを感じ中々起き上がれないでいた。

 ふと、胸の方を見ると、そこにはアランにとって意外な人物が居た。


「……え? え?」


(エメラルダ?)


 その意外な人物とはエメラルダのことだった。エメラルダは椅子に座りながら、アランの上半身にもたれて眠っていたのだ。


(ど、どうしてここに?)


 ふと、また思い出す。それは、エメラルダが自分の髪に触り、何やら悲しそうな顔をしていたことだった。

 その時、エメラルダは何か言っていたし、アランも何かを言ったような気がするが、残念ながらアランはそこまで覚えていなかった。


「そう言えば、昨日、居たような……」



 そう呟いていると、コンコンと誰かが部屋の扉をノックした。

 アランは「あぁ、入れ」と、扉の外で待機する人物を招き入れる。


「失礼します」


 扉から現れたのは、執事兼秘書のフォルスだった。

 このフォルスがエメラルダをアランのところまで案内したのだ。フォルスはアランの顔色の良さを見るとホッと息を吐いた。


「おはようございます」

「あぁ。おはよう。それと、心配かけてすまなかったな、フォルス」

「いえ。ご無事で何よりですアラン様」


 少し散らかっているエメラルダの周りを片付けるフォルス。


「それはそうと……これは、どういう事だ?」

「昨日、アラン様は毒を盛られお倒れになりました」

「あぁ、そこは覚えている。俺が言いたいのはエメラルダのことだ」


 未だにスヤスヤと眠りにつくエメラルダ。どうやら相当疲れているようだ。

 フォルスはそんなエメラルダの肩に薄い毛布をそっと掛けながら小声で話を続けた。


「その後、城の医師を呼んだのですが……盛られた毒の種類、解毒方法が解らなかったのです」

「なんだと……?」


 アランは怪訝そうにフォルスを睨む。しかし、それをフォルスに当たっても仕方がない。

 アランは溜め息を吐くと話しを続けろ……という仕草をフォルスにすると、フォルスはまた話を続けた。


「どうやら、この地方では手に入らない毒草らしく、詳しく調べるには時間がいるとのこと。……しかし、それまでにはアラン様の容態は間に合いません。ですので、疑心暗鬼だったのですが、以前に話をお聞かせいただいた黒の魔女に私が独断で助けを求めた次第です」

「なるほどな」


 銀色の髪を掻き上げるアランは、気持ち良さそうに眠るエメラルダの頬を優しく撫で、そっと上半身を起こす。エメラルダは一瞬身じろぎをするが、そのまま、またアランの上で眠りについた。


「……また、お前に助けられたな」


 アランの表情はどこまでも優しい笑みを浮かべていた。

 そんなアランを見て、フォルスもフッと笑みをこぼしエメラルダを見る。


「優秀と言われる医師にも治せなかったものを、こうも簡単に治せるとは驚きました。それに、他にも薬を盛った者や関わった人物全てエメラルダ様によって拘束されました」

「エメラルダが?」


 アランは顔を上げると、フォルスはコクリと頷いた。


「はい。本当に不思議な方です、この方は。魔女なので、不思議なことをやり遂げるのは理解できますが……ところで、今回もスフェン様には――」

「――いや、言わなくていい。兄上を困らせたくない」


 フォルスが最後まで言う前に、アランが首を横に振りながら言った。


「それに、俺は、もう決めた事があるからな」

「と、言いますと?」

「俺は、貿易商になる!」


 突然の宣言に執事のフォルスは唖然となる。そして、深い溜め息を吐いた。まるで手のかかる親が吐く溜め息みたいに。


「……それは、唐突ですね」

「まぁな。世界は広いし、色々あるかもしれないしさ。それこそ、おとぎ話みたいな者達とかさ。現に、魔女はこうやって存在しているしな」

「まぁ、そうですが…」


 それにしても突然過ぎることにフォルスは呆れ果てていた。

 だが、フォルスがアランの兄――スフェンの傍よりもアランを選んだのは、アランのそういう前向きで何を起こすかわからないことが気に入ったからだ。

 アランはフォルスと目を合わせると「この事は、兄上には後程こちらから連絡を入れるつもりだ」と、言った。


「きっと、スフェン様はお喜びになりますよ。アラン様からの連絡に」

「ははっ! 王権を放棄する意味でか?」

「違いますよ。久方ぶりの再会にです……全く……」


 ヤレヤレ……と言わんばかりに呆れたように首を横に振るフォルス。

 アランはそんかフォルスを見ると可笑しそうに「くくっ」と、笑う。


「そっか……そうだな。それだと俺も嬉しいよ」


 アランとフォルスはお互い笑い合う。

 主君と執事と言っても、歳も近くアランとフォルスは幼馴染みでもあるため主従関係はきちんと保っていても、時たまこうやって昔のように笑う時も話す時もある。

 フォルスがエメラルダに強くお願いしたのも〝主〟だということもあるが、フォルスは何よりも『この友人を死なせたくない』と強く思ったからだ。

 すると、眠っていたエメラルダが再び身じろぎをした。

 今回は完全に目を覚ましたらしい。それでも、まだ眠たそうな顔をしている。


「う、ううん……眩しい……」

「おはよう、エメラルダ」

「うーん……うん……おはよう……」


 子供みたいに目を擦るエメラルダにアランもフォルスもクスリと笑う。どうやら、エメラルダは朝は苦手なようだ。

 しかし、エメラルダはアランの声にハッとなりアランを凝視した。

 眠たそうな目と頭は、もう完全に覚醒している。


「ア、アラン?! もう大丈夫なの?! 吐き気とか無い!? 気持ち悪くない!?」

「あ、あぁ、大丈夫だ。だから、落ち着け。な?」

「そ、そう……良かった」


 安堵の息を吐くエメラルダ。フォルスは、二人に気を遣い小さく頭を下げると静かに部屋を出て行った。どうやら、気を利かせたらしい。


「ていうか、エメラルダ」

「なに?」

「お前、さ。今、俺の名前呼んだよな?」

「え? う、うん……呼んだけど」


 それが何?という顔をして、首を傾げるエメラルダ。

 すると、アランが「初めて、名前を呼ばれた……」と、ポツリと呟いた。


「え?」

「いや。その……初めて名前を呼ばれたなって。だってさ、今までは"貴方"とか"ねぇ"とかだったし」

「うっ……た、確かにそうだけど……べ、別にいいでしょっ?!」


 そっぽを向くエメラルダに、アランはクスクスと笑う。そして、自身のベッドについてある天蓋を見上げた。


「あーあ。それにしても、エメラルダに俺の秘密バレちゃったかぁ」

「……駄目なの?」


 まるで嫌そうに聞こえたアランの言葉に、エメラルダはムッとしながらアランに尋ねた。


「駄目じゃないさ。いつかは言おうと思ってたんだ。ただ……今は、さ。俺の身が危険だろ? エメラルダにも、危害を加えたくなかったからさ……」

「だから、あの日もう来ないなんて言ったのね」


(まぁ、馬車の中で話は聞いたから、もう理解もしてるけど)


「まぁな」

「あの時の言葉も今は理解してるわ。でも……」

「でも?」


 エメラルダは下唇を噛むと突然俯いた。肩は微かに震えている。


「エメラルダ?」


 エメラルダの俯く顔をのぞき込もうとした瞬間、その前にエメラルダが顔を上げ、アランを睨んだ。エメラルダの大きな瞳には涙が溜まっている。


「馬鹿よっ!! 馬鹿! ……わ、私が、どれだけ寂しかったかっ……どれだけっ…心配したかっ!」

「エメラルダ……」


 エメラルダはアランの胸を何度も何度も叩く。アランはそんなエメラルダを止めようとせず、全てを受け入れていた。

 エメラルダは今日まで思ったことを全てアランにぶちまけ。


「いつもそうよ! アランは、私には何も言わないっ! 話してくれない! 最初は気にしなかったけど……でも、今は、悲しいんだからっ!! 寂しいんだから!!」

「うん……ごめん……」


 アランは涙を流すエメラルダを優しく抱き締める。エメラルダもアランの背中に手を回し、ギュッとアランを抱き締め返す。

 お互いの心臓の音が胸に響く。

 エメラルダは次第に心が落ち着き、顔を上げようとした。しかし、それはアランの言葉によって止まることになった。


「エメラルダ……俺さ、この国を出て色んな世界を知ろうと思うんだ」

「…………」


(また、私を置いていくの……?)


 耳元で聞こえる言葉に胸の奥がズキリと傷む。そして、ギュッとアランの服を掴んだ。

 それでも、アランはエメラルダに聞いて欲しくて話しを続けた。


「だから、さ。その……お、俺と一緒に、着いて来て欲しいんだ」

「……え?」


 アランはエメラルダを離すと、真っ直ぐな瞳でエメラルダの菖蒲色の瞳を見つめる。その表情は、今までに見たことがないぐらい真剣な顔をしていた。


「エメラルダ。これからも、ずっと、俺の傍にいて欲しい」


 エメラルダは、またポロポロと泣き始める。アランはギョッとして様子で驚き、慌てて拭う物を探したが見当たらなかった。仕方なしに自分の腕の服でエメラルダの涙を拭う。


「そ、そんなに嫌だったか…と?」

「馬鹿、違うわよっ! 嬉しいの!!」

「……へ?」

「責任とってよねっ!? 私、その……あーもう! 貴方に恋をしたんだからぁぁ!!」


 顔を真っ赤にし、やけくそになって叫ぶエメラルダにアランはポカンするが、エメラルダにつられて次第に顔も赤くなっていた。

 そして、それを隠すように、アランは口元を手で隠す。その隙間からは、顔を赤くしながらも口角が上がっているのが微かに見える。


「そ、そうか。そ、それじゃぁ、えっと……喜んで責任を取らせていただきます」

「ふんっ! 当たり前よ!」



 ――こうして、悪戯好きで歴史にも載っているちょっぴり誤解されやすい黒の魔女は、王子との愛を知り、二人は国を出て幸せになりました。

 そして、後に王子の貿易商は大きくなり、子孫共々その後も繁栄が続くのでした。


(終)

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