◇魔女と哀れな人魚姫
第1話
これは、まだ、エメラルダが二桁~三桁になる前の歳の話しである。
「暇だわぁ……」
(何か面白い事無いかしら?)
テーブルに頬杖をつき、何も無い天井を見ていると、ふと、昔の事を思い出した。
それは、海の王のことだった。
「そう言えば、アルカディア海で、末娘の人魚が産まれたって噂があったわね。暇だから見てみようかしら♪ どんな子かな〜」
そう言うやいなやテーブルの中央に置かれた水晶に手を
「んん?」
エメラルダは水晶の中の映像をジッと見る。そこには、綺麗な
(ふーん。優しいのね、この子)
どうやら、青年が乗っていた船は海の荒波によって大破したようだ。エメラルダは、暇潰しにその様子をずっと見ていた。そして、何となく女の子の心の声も聞き始めた。
……………
………
…
女の子は青年に恋をし、青年も助けたくれた子に恋をした。しかし、青年は違う人のことを好きになってしまった。間違えてしまったのだ。助けてくれた女の子のことを。
女の子は「私が貴方を助けたの」と言いたかったが、それは言えなかった。人間と人魚は相容れない存在だから。
それでも、女の子はその後も青年の事を忘れられなかった。忘れる事など出来なかった。
「ふーん」
エメラルダは、ジーッと水晶を見つめる。すると、また女の子の声が水晶から聞こえ始めた。
「素敵な王子様……。あぁ、私も人間になりたい……」
「人間に、ねぇ〜。変な子ね」
そこで、エメラルダは閃いた。
(そうだわ! 面白そうだから、この子の力になってあげましょう!)
エメラルダは、早速、水晶に向かって呪文を唱え始める。
「言葉は糸……言葉は縁……さぁ、我の言葉を
すると、水晶が再び光り輝き始め、エメラルダはニコリと笑いながら水晶に向かって喋り始めた。
「そこのお嬢さん♪」
水晶に映っている女の子は、ビクッと肩を上がらせ辺りをキョロキョロと見回す。女の子がいる場所は自分の秘密の部屋なので、周りには本人しか居なかった。
「だ、誰? 誰かいるの?」
「えぇ、いるわ。と言っても、そこではなく、貴女の頭の中だけどね。私は、貴女に語りかけているだけ」
「頭の中?」
女の子は自分の頭に触れる。
「そう。ねぇ、美しいお嬢さん。貴女は、今、悩んでいるんじゃないかしら?」
「え?! ど、どうして解るの?!」
「ふふふ。だって、私は魔女だもの」
「ま、魔女……」
そこで、女の子はハッとなった。どうやら何かを思い出したらしい。
「そう言えば、父様から話しを聞いた事があるわ。魔法が使え、なんでも出来る魔女がいるって。ねぇ、貴女は私の足を人間の足に変えることは出来るの……?」
「えぇ。私ならね」
エメラルダは水晶に向かって微笑む。すると、女の子は目をキラキラと輝かせ嬉しそうにこう言った。
「本当?! なら、お願いがあるの! 私の足を人間の足にして欲しいの!」
「いいわよ。だって、私は貴女の強い想いが聞こえたから貴女に話しかけたんだもの」
(まぁ、嘘だけど)
エメラルダは、子供のようにペロッと舌を出す。それは当然ながら女の子には見えていない。それが嘘だともバレていない。
「嬉しい……」
女の子は何も知らずに本当に嬉しそうな表情で微笑んでいた。
しかし、エメラルダはタダで願いを叶えるつもりは全然無かった。暇つぶしでも見返りは欲しかったのだ。
「でも、それには願いと引き換えのものがいるわ」
「引き換えのもの?」
「えぇ。そうねぇ……貴女の、その美しい声が欲しいわ」
「私の、声……」
女の子は小さく呟くと、自分の喉にそっと触れた。暫し悩んでいる様子だったが、決心はついたらしい。
「わかったわ」
頷く女の子に、エメラルダは内心喜ぶ。それはもう大喜びだった。
(やったわ! 誰もが魅了すると言われる人魚の声を貰えるわ! あー、私って何てラッキーなのかしら♪)
「ふふっ、その願い聞き入れたわ。それじゃぁ、陸に上がりなさい。そのままでは溺れてしまうわよ?」
「わ、わかったわ」
女の子は返事をすると、魚達や他の人魚に見つからないように陸へと泳いで行く。そして、小さな山みたいになっている岩へと隠れた。
「いくわよ」
エメラルダはそう言うと、小さな言葉で呪文を唱え始める。すると、陸に上がっている女の子の足は淡く光出し、みるみると人間の足へと変わっていった。
「さぁ、これで大丈夫」
「人間の、足……」
そっと自分の足に触れる。その足は、細くて長い綺麗な足だった。
「今度は私の願いを叶えてもらうわよ? さぁ、口を開いて」
女の子は頷くと口を小さく開く。エメラルダは、また、小さな言葉で呪文を唱えた。すると今度は女の子の喉が淡く光りだし、喉から小さな光の粒が出てきた。それはやがて、遠い空の彼方へと消えてしまった。
すると、不思議なことに、消えた光はエメラルダの水晶からスーと現れ始めた。エメラルダは、その小さな光の粒を透明な硝子瓶の中に入れる。
「確かに、足の引き換えの声は貰ったわよ」
女の子はパクパクと魚のように口を開いたり閉じたりする。どうやら、何かを伝えているらしい。
勿論、エメラルダは心の声を聞いているので女の子の伝えたいことは直ぐにわかる。
(有り難うございます。魔女様)
「どう致しまして。美しいお嬢さん」
エメラルダは、にこりと微笑むと、思い出したかのように女の子に大事な事を三つ伝えた。
「そうだわ。貴女に、大事な事を三つ教えるわね」
「……??」
「これは、言わば願いの代償よ。一つ……人魚の貴女には、きっと、人間の足は大きく負担がかかるわ。海にいる時と違って、自分の足で身体を支えるから。だから、歩く度に足の裏は痛むでしょう。そして、二つ目。貴女が、自分の心の中の想いを彼に打ち明けられなかった時、貴女は泡となり永遠に海の水となる。最後の三つ目。これは、元の足に戻す方法よ。それは、あの青年の心臓の血を足に塗ること――」
「――っ!?」
その言葉に女の子は酷く驚く。そして、キュッと胸の上から両手を握った。その表情は、何かを悩むように、何かを悲しむような辛い表情だった。
「大事な事は全て伝えたわよ。後は、貴女次第。頑張ってね」
そう言うとエメラルダは女の子に語りかけるのを止めた。しかし、エメラルダは女の子の様子を見ることだけは止めなかった。何となく、その人魚の行く末が気になったからだ。
エメラルダは傍観者として、人間になった人魚のことをただ見ていた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
その後、エメラルダは何日もの間、人魚の女の子の事を水晶から見ていた。
時には、囁かな手助けもしている。突如、行方不明になってしまった末娘のことを心配した姉姫達に、文書で事の成り行きを話したり……青年の侍女としてスンナリと潜入出来るようにしたり……。
無論、当の本人である女の子には、魔女が手助けをしたことなどはわからない。
そして、人間になって幾日が過ぎた後――女の子はいまだに青年に想いを伝えられないでいた。そして、それは余りにも切ない悲劇となってしまった。
それは、女の子が侍女になってから数週間後の事。青年と助けてもらった相手だと勘違いをした可愛らしい女性が結婚をする事になったのだ。
「…………」
エメラルダは、その一部始終をジッと水晶から見ていた。
哀しみに暮れた人魚の女の子は、夜、青年の寝室にこっそりと侵入し、姉姫に貰った銀のナイフで心臓を突き刺そうと腕を振り上げる。その手は、微かに震えていた。
結局、女の子が青年の心臓刺すことは無かった。人魚の女の子は涙を流す。
エメラルダは、水晶から女の子の心の声を聞いた。
(出来ない……。私は、この恋が実らなくても、この人を愛している…。愛する人を殺すことなんて……そんなの出来ないわ……)
女の子はナイフを持ちながら青年の寝室の窓を開ける。窓の下は広い海がどこまでも繋がっていた。
女の子は涙を流しながら深く眠っている青年を見ると、声も出ない言葉で青年に言う。
(ごめんなさい……そして、さようなら……)
すると女の子は窓に乗り込み、一筋の涙を流しながらそのまま海に身を投げてしまった。
海に沈む体はやがて白い泡となり、そのまま海の一部となっていった。
エメラルダは、手を水晶の前でスーと横切ると水晶は光を失い、何も映さなくなった。
エメラルダは、小さな溜息を吐く。
(哀れで馬鹿なお姫様……)
心の中でそう思いつつも、エメラルダは何もない天井を悲しげな瞳で見上げたのだった。
(終)
黒の魔女は愛を知った 月🌙 @Yodu1026ki
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