第2話
エメラルダは地下室の中で一人、椅子に座りぼーっとした表情で窓の外を見つめ、アランとの出会いを思い出していた。
あれは、お金稼ぎとして街で薬を売る為、森で薬草を採りに行った日のこと。
薬草を採取している最中にエメラルダは、ふと、森の精霊がざわついているのに気がついた。
(また人間が……)
エメラルダは顎に手をやると、うーんと考え始める。
(いつもなら無視してるけど、こうも興味本意で入られると癪に障るのよねぇ)
「よしっ!」
森の中に入った人間を少し脅かしてやろうと思ったエメラルダは、精霊がざわついている場所へと向かった。
そして、さぁ、脅かすぞ!と思った矢先に目撃したもの――それは、うつ伏せに倒れている男の姿だった。
「………あ、あれ?」
恐る恐る倒れている男に近づく。男は気絶しているのか、エメラルダが近くに来ても反応はこれといって無かった。
エメラルダはそこら辺に落ちている枝を広い、男の傍まで来るとツンツン…とその枝で突いてみる。
「……」
男の返事は無い。どうやら完全に意識を失っているらしい。
エメラルダは再び考え始める。
(助けるか否か。……うーん)
「でも、助けてもねぇ……また、釜戸なんかにぶち込まれたりしたら嫌だし……そもそも、もう人間なんかと関わりたくないし。かと言って、見て見ぬ振りをするのも……こう……胸が痛いというか。罪悪感があるというか。寧ろ、見捨てた後が恐いというか……。うーん……」
一人でブツブツと呟くエメラルダ。そして、遂に決心する。
「よし、見てなかった事にしよう!!」
バッと後ろを振り向き、来た道を引き返そうとした時だった。
ガシッと、徐に足首を掴まれた。
誰とは言うまでもない。何せこの深き森には、エメラルダと生き倒れている男しかいないのだから。
「……」
エメラルダはジト……とした目で掴まれた足首と男を見る。
無言で足を上下に動かすが、手は離れない。掴まれている足を何としてでも開放しようと何度も何度も足を動かす。
「ぐっ……こ、この! このこの! このこのこの!!」
どんなに頑張っても手は全然、これっぽっちも離れなかった。びくともしていない。
「な、なんていう力……そして、ある種の自己防衛……」
エメラルダは呆れながら、今だに気を失っている男を見る。どちらが根負けするのかは目に見えていた。
「はぁ……」と溜め息を吐くと、エメラルダは吐いた分の息を少しだけ吸い呪文を唱える。
「森の精霊よ聞いておくれ……風の精霊よ手を貸しておくれ……我は魔女エメラルダ。森の精霊よ我に力を……風の精霊よこの者に
そう唱えた瞬間、風も吹いていないのに森の木々はザワザワとザワつき始めた。そして、一瞬強い風がエメラルダと男に吹き付ける。
その途端、男の手がエメラルダの足首から離れ、男の身体はふわりと浮いた。
「はぁ〜……」
エメラルダは再び溜め息を吐くと、浮いている男を見て困ったような顔をし、男を連れ自分の屋敷へと戻ったのだった。
屋敷に着くと、エメラルダは男をクラシックソファーに下ろすよう指で精霊達に命じる。すると、男はゆっくりとソファーに沈んでいった。
「はぁ……めんどくさいものを拾ったわ」
文句を垂れつつ台所に向かうエメラルダ。パチンッと指を鳴らすと、辺りの電気は薄暗くなり、エメラルダはコートを羽織ると何かを作り始めた。
部屋の薄暗さと包丁の音、黒い羽織りを着ているエメラルダ――傍から見ると思わず喉を鳴らしてしまいそうなぐらい不気味で怖い。
グツグツ…トントン…グツグツ、と包丁の音と鍋が煮える音が男の居る部屋からも微かだが聞こえてくる。
「ん……ここ、は……?」
男が目を覚ました。
ぼんやりした頭で、重い身体を起こす。頭を押さえ辺りをキョロキョロと見回すが、男はその部屋に見覚えは無かった。
「誰かの家か?」
一体誰の家なんだ――と思った瞬間、男はこの家の家主が誰なのかを予想し慌てて立ち上がる。そして、部屋を出て廊下に出ると、何やらブツブツと何かを唱えているような声が聞こえてきた。
(なんだ? 独り言、か? それとも誰かと話してる声か?)
男は声のする方へと恐る恐る歩いて行く。屋敷の全体が薄暗く、壁には剥製も掛けられており不気味だ。
ギシギシ…と歩く度に床が鳴る。見てわからないが、建物自体は相当古い物らしい。あちこちに傷があり、壁が剥がれている所もあった。
男は扉が微かに開いている部屋を見つけ、その隙間から中の様子を伺う。
「あれは……女? ということは、やっぱりここは――」
部屋全体が暗く、ハッキリとその者の正体がわからない。男は確信を得る為に部屋の中の様子をもっと伺おうと開いている扉に触れた瞬間――
――ガタンッ!
扉が何かにぶつかった音がした。
「――っ!!」
(やばっ!)
その一瞬男の額に冷や汗が流れた。普通の人間なら逃げるだろう。しかし、男は逃げなかった。
背を向け何かを唱えていたエメラルダが音に気づく。動きはピタリと止まり、ゆっくりと男の方を向く。
男は、ゴクリと口の中の唾液を飲み込んだ。
――そして、お互いに目が合った。
男は、目の前のエメラルダの外見に思わず口をあんぐりと開き唖然となる。
(なっ――!!)
「これが………魔女?」
「これ、とは何よ失礼ね! 私は、ちゃんとした魔女よ!!」
エメラルダがパチンッと指を鳴らすと部屋の中が突然明るくなり、男は、先程まではハッキリとわからなかったエメラルダの顔を見て、またもや唖然となる。
エメラルダは目深く被っていたフードを取り、むすっとした顔になる。すると、フードから黒く長い髪がシュルシュルと流れた。
「お前、本当の本当に魔女……なのか?」
「むっ! だから、そう言ってるじゃない! 信じないと呪い殺すわよっ!?」
「うわ、ひど……確かに魔女だ」
あまりの横暴さに納得した男は、エメラルダの姿を上から下まで凝視する。
腰まである長い髪は、黒く緩やかなウェーブがかかり、まるで、触ったらふわふわしてそうで触り心地が良さそうだ。肌は白く、頬と唇は血色が良いのかほんのりとピンク色。長い睫毛の奥には、菖蒲色の大きな瞳。
一言で言うなら『美しい』
二言目が出るなら『全体的に黒い』という言葉だった。
羽織っているコートもそうだが、コートの中に着ているレース付きのワンピースも黒かった。
唯一黒くないのは瞳と肌。そして、腰の辺りにリボンと一緒にくっついてある蒼い薔薇だけだった。
「つかぬ事を聞くが……年を聞いていいか?」
「レディに年を聞くとは……最近の若者はなっとらんな!」
(若者って……)
いや、どう見ても同じぐらいの年にしか見えないんだけど……と、思ったが男は敢えて口には出さなかった。言葉の選択次第では再び「呪い殺すわよ?!」と言われそうだったからだ。
「いいであろう。答えてやる! 私は今年で――――えっとぉ……………」
エメラルダは得意気な顔で言うと、徐に両手の指を広げ数え始める。男は、それを黙ったままジッと見ていた。
一つまた一つと指が折られ、両手が閉じると今度は一つまた一つと指が広げられる。そして、また、閉じた。開いた。閉じた。開いた。
「~〜〜っ!!」
数えるのが焦れったくなったエメラルダは、キッと男を睨む。
「忘れた! 何千年も生きてたら年なんて忘れるであろうがっ!!」
「逆ギレかよ……おいおい……。ていうか、それって本当に魔女だったんだな」
「え?! まっままままだ信じていなかったの?!」
「まぁな。そんな直ぐに信じられるかよ。ところで……さっきから何を作っているんだ?」
(すっげー、いい匂い)
男はクンクンと匂いを嗅ぐ。すると、胃が匂いに刺激されたのか、男の腹がギュルギュルギュルーと盛大な音を立てて鳴った。
「べっ、別に貴方の為にご飯を作ってた訳じゃないぞ!?」
そう言いつつも、お玉で鍋の中のシチューをお椀に入れデーブルの上に置くエメラルダ。
「ふんっ! さっさっと食べて出て行ってよね!」
「……」
男はエメラルダを物珍しそうな顔でジッと見る。その視線にエメラルダは男から距離を取り警戒した。
「な、なによ……?」
「あ、いや、ごめん。なんつーか……その……悪魔と言われている魔女が、こうも優しいとは思わなくて、つい」
そう言うと男は素直に席に座り、差し出されたスプーンでシチューを口の中に運んだ。
「……ん?! 美味い!! めちゃくちゃ美味いな!!」
一口食べると二口、三口、四口と口に運び、中のシチューはあっという間に空になる。
エメラルダは『優しい』『美味しい』と言われ気恥しくなり頬が少し赤かった。しかし、内心は喜んでいるという事を知られたくないのか、ツンとした顔で何も言わずに空になったお椀に再びシチューを追加した。
エメラルダのその何気ない気遣いに、男はまたもや驚いたのだった。
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