最後の災難

―そして休日。


私はケータイと花束を持って、バスに乗っていた。


昨夜、セツカから連絡が入った。


どうやら私の願いは叶いそうだ。


ぼんやり流れる景色を見る。


私の住んでいる場所から電車とバスを乗り継いだ所が、目的地だった。


やがて目的地にバスは到着した。


降りてすぐ、海の香りがした。


…海が目の前だ。


少し歩くと、目的の場所―墓地に到着した。


するとケータイが鳴った。


『マカ…ここって』


「ああ、お前の肉体が眠っている所だ」


ハズミ自身のことは、ソウマに調べさせていた。


だから迷わず、ハズミの墓へ向かえる。


だがそこには先客がいた。


私はケータイを切り、バッグにしまった。


先客はどことなくシヅキに似た…こちらの方が真面目そうな青少年。


彼は私に気付くと、頭を下げてきた。


「あなたは羽澄の…」


「生前、友人だった者です」


それだけ言って、墓に花束を置いた。


そして手を合わせる。


「…失礼ですけど、羽澄の彼女ではなかったんですか?」


「違いますよ」


私は女子高校生風を装った。


「本当に友人だっただけです。ところであなたは?」


「あっああ、失礼しました」


彼は律儀にも頭を下げた。


「羽澄の兄…と言っても腹違いですけど、澄夜と言います。今は中学校の教師をしています」


「―そうですか。私はマカと言います」


私も頭を下げた。


「あのっ、羽澄のことに関して、何か知りませんか?」


澄夜は青い顔で、必死だった。


「一年前…羽澄はいきなり自殺をしました。睡眠薬を大量に摂取して…。理由は未だに分かっていないんです。どうしてあんなことを…」


そう言って顔を手で覆ってしまった。


「…羽澄さんは自殺だったんですね?」


「…ええ。しかし理由が全く分からないのです」


「一年経った今でも…。いえ、彼の生い立ちを考えれば、少しは思い当たるのですけど…」


…ハズミの生い立ち。


彼は愛人の子供だった。


社会的地位のある男性が、水商売の女性との間に作った子供がハズミ。


しかし女性は病気により、ハズミが5歳の時に死亡。


ハズミは父の家に引き取られたが、本妻との仲は悪く、また本妻の子供達とも仲が良くなったと言う。


―澄夜以外とは。


しかし彼は暗い家庭の事情を感じさせないほど明るく振る舞い、大学生活も充実して過ごしていた。


…はずだった。


だがハズミは自殺した。


ある日の朝、ベッドで冷たくなっているのを、澄夜が発見したらしい。


「ホントに、何でっ…!」


澄夜は言葉に詰まり、泣き出してしまった。


未だにハズミの死が、彼を縛り付けてしまう。


「…携帯電話に、遺言めいた文章があったんです」


しかし澄夜は思い出したように言った。


「『ずっと好きだった。愛してる』と…。義弟はきっと誰かに恋をしてたんです。でもムリだと悲観して…」


…それは、私が見た夢だ。


いや、現実にあったことだったんだろう。


「あなたは知りませんか? 羽澄が誰を愛していたか!」


彼の必死の眼が、怖かった。


けれど…言うつもりは無かった。

「ごめんなさい。羽澄さんとは遊んだりするだけの仲だったので、彼の悩みとかは聞いたことがありません」


そう言って首を横に振った。


「そう…でしたか。すみません、取り乱してしまって」


「いえ…。ところで澄夜さん、あなたは誰か交際なさっている方はいらっしゃるんですか?」


「わたしですか? …いえ、羽澄が死んでからは」


澄夜は少し遠い目をして、墓を見つめた。


「羽澄が死ぬ前には、婚約していました。けれど彼の存在がどのぐらい大きかったか自覚してしまって…。解消してしまいましたよ」


「…そうですか」


そこで会話を終わらせようと思った。


私は澄夜に挨拶をし、その場を離れた。


だがすぐには帰らなかった。


浜辺を歩く。


ケータイを取り出し、ハズミを見た。


「…満足か? お前が願ったことだろう?」


ケータイの中のハズミは、泣き崩れていた。


『ちがっ…! こんなこと、望んだワケじゃっ』


「しかし狙いはあったんだろう? 己が死を以て、義兄の心を捕らえたかったんだろう?」


『うっ…!』


…何となく、気付いていた。


私は海を見た。太陽がオレンジ色に輝いている。


けれど太陽は沈み、夜が訪れる。


…同じように、いつまでも明るいままではいられなかったんだ。


ハズミは。


「お前が愛していたのは、義兄の澄夜だったんだろう?」


『ふぅっ…』


「だが義兄はお前の気持ちに気付かず、女と婚約してしまった。お前に残された道は二つ。一つは良き義弟として死ぬまで振る舞い続けるか、もう一つは…」


自らの死を以て、澄夜の心を自分のモノにするか。


そしてハズミは後者を選んでしまった。


「…このサイトに自らを縛り付けたのは何故だ? お前、女はキライじゃないのか?」


『女は…苦手だったよ』


ハズミは低い声で言った。


『母さんが苦手だった。派手に着飾った女が苦手だった。…そして義母が苦手だったよ』


「キライ、ではなかったのか?」


『…キライにはなれなかった。苦手だったけど、優しかったから。義母も…本当はオレに優しくしたいと思っていたみたい。だけど、親父を愛していたから…』


自分から一時でも愛した男を奪った女の子供を、素直に愛することは難しいだろう。


『それに義母は…兄さんを産んだ人。キライにはなれなかったよ』


私は今まで何かを強く愛したことはない。


けれど…ハズミの痛いほどの心が今、伝わってくる。


『兄さんはオレが親父の家に引き取られた時、唯一優しくしてくれた人だった。他の兄弟は嫌がっていて、兄さんは長男だったから、責任感もあったと思う』


「…ああ」


『そのままずっと十五年も一緒にいて…。気付いていたら、好きになってた。でも兄さんはオレを義弟としか見ていない。そのことが残念でもあり、嬉しくもあったんだ』

「うん」


『だけど婚約したって聞いて…。今まで抑えていた感情が爆発した。気付いていたら睡眠薬をいっぱい飲んでた。朦朧とした意識の中で、ケータイに最後にオレの気持ちを残したんだ』


誰に宛てるでもない愛の遺言。


さぞかし周囲を悩ませただろう。


『でもケータイの存在だけが、死んだ後も感じていた。そして気付いたら…』


「【携帯彼氏】になっていたのか。…さぞかしゾッとしただろ?」


『そんなことはないよ。女の子と遊ぶの、昔っから好きだったし』


「何じゃそら」


『ふふっ』


笑顔を取り戻しつつあるハズミだが、そのラブゲージは40。


「…だがハズミ。お前は彼女達には優しくなかったようだな」


ハズミの笑顔が強張った。


「どんなに自分を誤魔化そうと、お前の女性への嫌悪感は拭えなかったみたいだな。現にお前の持ち主となった彼女達は全員、ラブゲージゼロで死んだ。それはつまり、お前が彼女達に不満を抱いていた証拠だ」


ハズミの顔色が見る見る真っ青になっていく。


「現に私もお前を構うようになってから、ラブゲージには注意してたんだ。だがお前はどんなに機嫌を取っても、50以上は決して上がらなかった」


『まッマカがキライなワケじゃないよ!』


「分かってる。お前が嫌いなのは、女性という存在そのものだ」


『っ!』


「なのにお前は自分を誤魔化し、彼女達どころか私をも欺いた。…その罪、逃げられないことは分かるか?」

『…分かってるよ。オレはウソをつき過ぎた』


ハズミは観念したように、ため息をついた。


『オレを、消す?』


真っ直ぐに見てくるハズミの眼は、今までに見たことがないぐらい澄んでいた。


「…いや、それなんだがな」


『うん』


「お前に選択を与えようと思う」


『選択?』


「ああ。ルカに預けたマミヤにも、同じ選択をさせる。まあどっちを選ぶかは、お前達次第だが」


『…選択の内容は?』


「一つはこのまま消滅。私の力を使わずとも、お前らを成仏させる方法を、セツカが見つけた。痛みも苦しみもなく、解き放たれる」


『うん…』


「そしてもう一つは…」

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